第22話
「驚いたか? 最初からすべては俺の計画通りだ。」
目の前に広がるのは、キングが放った強烈な一撃で敵の背後にあった巨大な壁が粉砕される光景だった。アレクセイ・ヴォルコフはその拳を真正面から受け、凄まじい衝撃に巻き込まれながら背後の壁ごと吹き飛ばされる。その光景だけで、キングの拳がどれほどの破壊力を持つかは明らかだった。現れたばかりのA級構成員は、何もできぬままその場で絶命した。
残されたカラス団の者たちは、ただ立ち尽くすしかなかった。恐怖で体が固まり、反撃する気力すら奪われていた。頭目である“カラス”も血溜まりに沈み、荒い息を吐くばかり。アジトは完全に制圧され、混乱の極みに達していた。
「お前を殺すのはまだだ。あの方がそう望んだからな。」
声を発したのはクレイスだった。彼はキングと共に現れ、アコウの計画通りカラス団の残党を掃討するために来たのだ。
時を戻すと、屋敷でアコウはゾアに命じていた――カラス団が現れた際、派手に力を誇示せよと。それはカラスを怯えさせ、最強の構成員を呼び寄せるためだった。本来なら、キングとクレイスが待ち伏せし、その場で全員を始末する手筈。しかしナサニエルが異変に気づき、撤退したため、アコウは予備案を発動――先の戦いで密かにナサニエルの上着へ、自作の追跡装置を仕込んでいたのだ。
そのおかげでカラス団の潜伏場所を突き止めたアコウは、信頼できる二人――キングとクレイスへ座標を送った。
セシリアを今回の作戦から外したのは、同日にケンの処刑が行われると知っていたからだ。それは彼女を深く傷つける可能性があり、アコウはそれを避けたかった。彼は常に目標を達成しつつも、被害を最小限に抑えることを心がけていた。
アコウがシドのカラス団加入を予想できた理由は、以前からの疑念にある。ゾアの話によれば、入学試験の際、A級の実力を持ちながらシドは怪物から逃げ回るばかりだった。それは怪物を生かし、他者に被害を与えるため――そしてアックが救援要請を果たせない無能であると証明するためだった。さらに彼は謎の方法でケンの行動を封じていた。
しかしその一件すらアックの計画の一部にすぎなかった。アコウは、アックがシドを戦力として期待していないと悟り、むしろ怪物による損害を狙っていると見抜いた。おそらくは後で“英雄”として現れ、セシリアの前で怪物を討つつもりだったのだろう――だがゾアの登場がそれを台無しにした。
ゾアはセシリアを支援するために派遣された。それはアックとシドが対立関係にある証拠でもあった。そしてアコウは推測する――アックが勇敢に戦い、市川を圧倒する姿を見て、シドは苛立ち、自らも“格好よく”ありたいと望むだろう。その感情が辿り着く先は一つ――カラス団だ。
加入の正確な時期は分からなかったが、クレイスに頼み、シドを救護へ運ぶ際に位置発信器を仕込ませていた。そしてナサニエルとシドの位置が重なった瞬間、アコウは確信した――シドはカラス団の一員となったのだ。
そして皮肉なことに、その日はアコウがカラス団へ“見せしめ”を行う日でもあった。
――
戦場に戻ると、突如としてザイファが現れ、キングへ襲い掛かる。轟音と共に廃工場の一角が吹き飛び、煙と砂塵が渦巻く中、憤怒の表情を浮かべたザイファが姿を現した。
「やっと会えたな、このクソ野郎!」
キングは体の埃を払い、紅い殺気を立ち上らせる。その眼光を受けた瞬間、以前の敗北が脳裏に蘇り、ザイファは一瞬身を震わせた。
だが今回は負けられない。発光する手を構え、爆発を蓄えるザイファに、全身を赤く染めたキングが拳を突き出す。二つの力がぶつかり合い、凄まじい爆音が辺りを呑み込んだ。
爆風は弱者たちを吹き飛ばし、クレイスは咄嗟に霊魂を召喚して自分と瀕死のカラスを守った。遠くでナサニエルは爆発を目撃し、目を見開いて戦場へ急行する。
キングとザイファの戦いは続く。拳と爆発が交錯し、熱気と殺気が充満する。キングは笑い、ザイファも次第にその狂気へ呑まれていった。
赤熱の拳と巨大な爆発がぶつかり、煙が晴れると、傷だらけのキングが立っていた。ザイファは血を吐き、痩せた体を晒す。キングは歓喜に満ちた声を上げる。
「これだ! これがお前に見たかった!」
怒りと恐怖が入り混じるザイファは、最後の力を込めた閃光を放つ。キングは避けずに正面から受け止め、笑みを浮かべながら一撃を返す。その拳はザイファを吹き飛ばし、腕を折り、血反吐を吐かせた。
それでも立ち上がるザイファに、キングはさらに笑みを深める――。
一方クレイスは、わずかな時間でカラス団のA級能力者全員を血塗れで地に伏せさせた。シドもその一人で、怒りと屈辱にまみれ、ただ敗者として横たわっていた。
「女にまで手を上げるのか、この下衆…」
赤髪の美女、エカテリーナ・ザイツェワが吐き捨てる。だがクレイスは容赦なく蹴りを叩き込み、彼女を気絶させた。
ナサニエルがアジトから離れていたのは、アコウの偽地図に騙されたからだ。それは全てのカードの位置を示すと信じ込ませる罠だった。アコウは戦闘中に自然な形で地図を落とし、ナサニエルはそれを真実と思い込んだのだ。
こうしてナサニエルが戻った時には、全てが終わっていた。
血に染まる戦場。カラスは息も絶え絶えに倒れ、高位の構成員も全員無力化されている。砂塵の中からキングが現れ、気絶したザイファをナサニエルの前へ放り投げる。
「これはアコウからの警告だ。我々に恨みはないが、彼の仲間に手を出せば――次はもっと酷い目を見る。」
クレイスとキングはナサニエルの横を通り過ぎた。
「全部…お前の仕業か、アコウ…」
ナサニエルは唸るが、今は復讐を考える時ではなかった。
「復讐はやめろ。お前に分からせるためにやった――誰に喧嘩を売るべきではないかをな。」
瓦礫の上に現れたアコウが、真っ直ぐナサニエルを見据える。ナサニエルは怒りを抑え、やがて静かに笑った。
「参ったよ…お前には何か特別なものがある。…だが、まさかこのタイミングとはな。」
「カラス団は当分この大会に出られそうもないな。」
「確かに。こんな腑抜けども、俺と共に歩む資格はない。…お前となら優勝できただろうがな。」
「俺は悪党になる気はない。誘うのはやめてくれ。」
月明かりの下で、ナサニエルは静かに告げた。
「次に会う時は容赦しない。油断するな。」
アコウが去ると、ナサニエルは廃墟の中で呟いた。
「結局…お前が何者か分からない。慈悲深い人間か、全てを操る怪物か――」
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