第8話

 放課後の廊下や各教室は、生徒たちが忙しそうに文化祭の準備をしていた。各クラスが、喫茶店やお化け屋敷、ゲームコーナーなどの準備に追われている。

 私はまわってきた仕事の、ゲームコーナーのポスターを貼るために廊下を歩いていた。

 玄関前の掲示板が運よく空いていたので、パソコン部で作ったポスターに画びょうを刺して貼った。

 突然、ドンッと肩に衝撃が走る。誰かがぶつかったのが分かり振り返ると、そこにはナヅキとレナとタケダがニヤニヤと笑って立っていた。

 そして、ナヅキは私の持っていたポスターと画びょうが入っているケースを取り上げる。

「だっせーポスター」

 笑いながらレナが一枚一枚破っていく。

「お前のクラス可哀そう。お前がいるせいでクソみたいな出し物なんでしょ」

 そう言うとナヅキが画びょうのケースを開けて、私に投げつけてきた。      

「いたっ」

 私が嫌がると、三人は笑いながら去っていった。

 こうなることは分かっていたんだ。我慢しなきゃ……。

 それからというもの、トイレから出た瞬間にバケツに入った水をかぶせられたり、下駄箱にあった内履きが消えて隠されていたり、机の中に入れてある教科書やノートに落書きをされていたりと、ドラマや漫画のような王道のいじめが続いていた。

 一度、廊下で三人に囲まれて罵られていた時に、カワシカマヤが向こうから歩いてきたが、身をすくめながら見て見ぬふりをして通り過ぎて行った。

 まあ、普通そうするよなと私は思い、特にそれ以上は何も思わなかった。

 数日経って、私は朝起きて学校へ行こうとすると、頭痛や腹痛に襲われようになった。

 だが、それでも学校へはなんとか登校し続けた。どうしてもあいつらに負けたくなかったのだ。

 とはいえ、休み時間には保健室へと逃げるように通っていた。逃げるが勝ちという言葉があるのだから、逃げることへの抵抗はなかった。むしろ、あいつらに勝っているとさえ思っていた。

 今日も堂々と保健室へ逃げてやった。

「ササキ、最近よく来るけど大丈夫か?」

 白衣を着たシバヤマ先生は、そう言いながら心配そうに私に体温計を渡してきた。

 熱はもちろんなかった。だが、体調は本当に悪かった。

 シバヤマ先生は黙って私を保健室で休ませてくれた。

 いじめられていることをシバヤマ先生に言えば楽になるかもしれないのに、何故かそれは出来なかった。

 最近、たまに会うアサミにも元気がないと心配されたが、いじめのことを絶対に気付かれたくなかった。

 周りに心配されたくないのか、いじめられていることがかっこ悪いと思っているのか、自分でもよく分からなかったが、自分の中に言い知れぬ思いを閉じ込めておくことしか出来なかった。

 

 文化祭の日も明後日になろうかという日、校門に文化祭の入場アーチが完成していた。

そのアーチを感心しながら眺めている、季節外れな半袖のシャツを着ているおじさんが立っていたが、用が済んだようで原付バイクに乗って去っていった。

 私はそのアーチをくぐって帰ろうとした時、いつもの三人に呼び止められた。

「待てよ、クズやろう」

 ナヅキの言葉にどっちがクズだと心の中で思いながら振り向く。

 そこには、三人の他にカワシカマヤの姿もあった。

「今からこの転校生に万引きさせるから、お前も付いて来いよ」

 釣り目がさらに釣りあがったように見えるレナが、私の肩を強く押してくる。

 私は無視して帰ろうかと思ったが、なんとなくそれはいけないような気がしたので付いていくことになった。

 私とカワシカマヤは談笑して歩いている三人を背に、黙々と歩いていた。私がよく行っていた駄菓子屋の前に着くと、ナヅキがカワシカマヤの制服の襟を掴んで私に言った。

「やっぱりお前がやれよ。それとも転校生に万引きさせる?」

 私はこぶしを強く握って俯いた。

「嫌だよ……。どっちも」

「はっ?ふざけんな。じゃあ、転校生にやらせるからお前は見てろよ」

 ナヅキはそう言うと、カワシカマヤの背中を押して駄菓子屋の店内に入れようとした。

「待って。分かった。それなら私が……、やるから」

 私はそう言うと、ナヅキとカワシカマヤを押しのけて駄菓子屋に入った。

 店内には客はおらず、いろいろな駄菓子が陳列されていた。

 レジには恐らく走ることの出来ないであろう、年老いたお婆さんが丸椅子に座ってテレビを観ていた。

 私が立った店内の真ん中には陳列棚があり、入り口とレジからは死角になっていた。

 私はポケットに入れられそうな小さめの駄菓子の前で、悩んで立ち止まっていた。

 心臓がバクバクと鳴っている。店内に入ったときに見た、レジのお婆ちゃんの穏やかそうな表情が頭から離れなかった。

 サッとポケットに入れてしまえばバレないが、それを頭の中でシミュレーションすると、胸に鋭い物が刺さったように痛みが走った。

 それでも私はどうすることも出来ないので、駄菓子に手を伸ばそうとした。

 その瞬間、私の腕は誰かの手に掴まれて動かなくなった。

 振り返ると、知っている顔がそこにはあった。

「お前らしくないな、こんなことしようなんて」

「なんでここにいるの?」

 そこにいたのは幼馴染のリュウタだった。私の腕を掴んだままのリュウタの目は見れず、俯きながら聞いた。

「たまたま通り過ぎたときにお前らが話してるのが見えてさ。なんか様子がおかしいから少し離れて聞いてたんだ」 

「……そう。ごめん」

「とりあえず外に出よう」

 リュウタは私と一緒に駄菓子屋から出ると、苦そうな顔をして立っているナヅキと三人に言った。

「お前らこれ以上、ナナハに何かさせたら許さないぞ」

 小学生の時に私に泣かされていたのに、そんなリュウタが信じられないほどにたくましく見えた。

「タケダ、あんたこいつボコッてよ」

 ナヅキがタケダの後ろに回って言った。

 だが、体格のいいタケダが三歩ほど後ずさった。

「いや、こいつ空手の大会で優勝した奴だぜ。無理に決まってんだろ。わ、悪いけど俺は先に帰ってるわ」

 そう言うと、タケダは踵を返して一人で逃げて行った。

「ちょ、待ってよ。……卑怯だぞ」

「何が?」

 ナヅキは冷や汗をかきながら私に言ったが、リュウタが凄んだので俯いた。

「とにかく、次にナナハに何かしたら女だろうが容赦しないぞ」

 リュウタがそう言うと、ナヅキとレナは黙って頷き、ブツブツと何か言いながら帰っていった。

 カワシカマヤは気まずそうに立っていたが、私は気にも留めずにリュウタにお礼を言った。

「リュウタ、ありがとう。助けてくれて……」

「気にすんなよ。それにしても久しぶりだな。全然学校で会わないもんな」

「本当にね。久しぶり……」

 私は安心感からか泣きそうになったが、グッと堪えて会話を続けた。

「そういえばナナハのクラスは何するんだ?文化祭」

「えっと、ゲームコーナー」

「そうなんだ。俺のところはお化け屋敷やるんだけど、それより空手の形を体育館で披露しなきゃいけないのが憂鬱でさあ」

「へえ、てか、あんたいつから空手なんてやっていたの?」

「いや、小学校低学年からだけど。知らなかったっけ?」

「あははははは。うん、知らなかったよ。泣き虫だったし」

「そ、そんなの昔の話だろ」

 笑いながら、私たちは久しぶりに話をして帰路へとついた。

 それからはパタッといじめはなくなり、あの三人と関わることもなくなった。

 そして文化祭も無事に終えて、私は残りの中学生生活を無欠席で過ごした。

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