第2話

 そのまま深く眠っていて記憶も曖昧なので、昨日の夜の出来事はやはり夢だったようだ。

 一階のリビングに降りると低い木製のテーブルに目をやる。

 昼前まで寝ていたようで、両親は朝ご飯を作り置きして仕事へ行ったようだった。

 カーテンの開いた窓の外に目をやると、庭に積もった雪が太陽の光を反射していて、日常的な冬景色を描いていた。

「そういえば明日から学年末テストか…」

 祝日を満喫したいのに、私を憂鬱にさせようといつもの日常を左脳が邪魔をする。

「今さら慌てて勉強したってねえ。たいして変わんないよ」

 そう呟きながらテーブルに置かれた朝ご飯を電子レンジに入れ、朝の支度を始めた。

 コートを羽織り一眼レフを持って家を出ると、少し歩いて地元のまあまあ広い公園へと向かった。

 公園にはそれなりの雪が積もり、午前中に子どもたちが遊んでいたであろう痕跡が残っていた。

 その一つに大きな雪だるまと、子ども二人ぐらいなら入れそうなかまくらがあった。

「おっ、手間が省けるじゃん」

 そう呟いて、まるで自分が作ったかのように、その雪だるまを撮影しようと一眼レフを構えた。

 この一眼レフは多趣味なじいちゃんから貰った大切なカメラだ。

 じいちゃんにはマニュアルで露出やシャッタースピードなどを設定して写真を撮れと言われているが、私はカメラの力を信じてオートで撮る。それほど写真を撮ることに愛着があるわけでもなく、あくまで部活動のために撮っているだけである。

 まあ写真を撮るのは嫌いっていうわけではないのだけど。

 脇をしめて左手でレンズを持ち、カメラがブレないように、対象の雪だるまとかまくらの構図を考えながら左右に移動してみる。

 今の時代、スマホできれいな写真を撮ることは出来るが、カメラがメインの一眼レフにはまだ勝てない。

 画素数ではスマホも負けていないが、レンズの大きさやレンズの交換ができる一眼レフの方が写真の幅も広がるからだと私は思った。ちなみに私が今付けているレンズは標準レンズである。他にもレンズは欲しいのだが、カメラ本体より高い物なども多く、高校生の私では手が届かない。

 そんなことを考えていると、ふと真っ白い蝶がファインダー越しにフェードインしてきた。

 私はすぐにシャッターを五回ほど切って、白い蝶を写真に収めた。・・・はずだった。

 だが、撮った写真を見るための液晶を見直しても、その白い蝶はどこにも写っていなかった。

「あれ、おかしいな。気のせいだったか?」

 呟きながら辺りを見回してみたが、きれいな白い蝶の姿は見られなかった。

 少し期待したので裏切られた気分になったが、すぐさま切り替えて違う獲物を物色する。

「何か面白いものないかな……」

 辺りをもう一度見渡すと、ブランコに座っている人影を見つけた。

 ここから少し離れたブランコに座っている人物を、カメラのファインダー越しに三倍ズームで覗き込んだ。

 深緑色のミリタリーコートを着ているその人は、体格と髪型から男性だと確認できる。

 俯いているので顔はよく見えないが、おそらく四十代のおじさんだろう。なんとなくそう感じた。

 ブランコに座っているのに微動だにしないその姿からは、何か哀愁のようなものが漂っていた。

「いいの、みっけー」

 私は雪だるまの前へと移動し、雪だるまとブランコのおじさんの直線状の場所でしゃがみ、一眼レフカメラを構えた。

 構図の奥にいるおじさんにピントを合わせ、手前の雪だるまをボケさせてシャッターを切った。

「うん。おっけー」

 カメラの液晶を確認して私は満足した。

 とはいえ、他の人が見たら厳しい批評も覚悟しなければならない。私の写真の芸術性の基準値は低いと思うからだ。 

 高校の写真部に入っているので、週一で撮った写真をみんなで評価しあうのが主な写真部の活動なのだが、元々写真やカメラが好きなわけじゃない私は、週一しか行かなくていいという甘い蜜に誘われて入部しただけなのだ。

 なので、自分の撮った写真には評価が甘いのは仕方がない。

 ふと、カメラの紐を肩にかけ、私は遊具のある方へと歩いた。

 四十代のおじさんが座っているブランコから少し離れた滑り台に着くと、雪の中しゃがみこんだ。

 素手で冷たい雪玉を丸く握って持つと、少し塗装の剥げた滑り台の階段を上る。私は滑り台にそっと雪玉を置いて転がした。

 なんだか小学生の頃に戻ったみたいだ。懐かしい記憶が蘇る。

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