みんなもっている
すぱいく
第1話
日はとっくに沈み、街灯に照らされた真っ白い雪が反射して、視界は明度の高い白色に支配されている。
サクッサクッと雪を踏みしめる自分の足音が、心地よく後ろからついてきていた。
「あぁ、さむっ」
私はコートのポケットに手を突っ込み、白い息を吐きながら空を見上げてみた。
灰色の空から、ちらちらと雪が舞い落ちてくる。
「そういえば今日は二月二十二日か……」
ササキナナハとして生まれて今日で十六歳になる私は、年齢的に大人になる一歩手前でもあり、今まで生きてきた子どもの部分と、だんだんと芽生えてきた大人の部分の狭間で揺れ動く、感情や思考に戸惑い悩むこととかは・・・別になかった。
昨年の大雪とは打って変わって今年は暖冬らしく、昨日までちらほら雪が降る日もあったが、一センチも積もることはなかった。
それが今日は三センチほどとはいえ積もってくれたので、午後からずっと下校時間が楽しみで授業には集中できなかった程だ。
もう、今年は雪は積もらないんだろうなと、少し残念な気持ちがどこかにあったので、このサプライズは嬉しくてたまらなかった。もしかして誕生日プレゼント?
おかげで高校から家までの中間辺りの位置で、私は未だにノロノロと歩いていた。
普段は三十分くらいで家に着くのだが、バスも乗らずに寄り道しながら遠回りして歩いているので、軽く二時間以上は経っていた。
この調子だと家まで、さらに二時間はかかってしまうだろう。
ふと、後ろを振り返ると、自分の辿ってきた足跡が雪の上に続いていた。
くねくねと蛇のように蛇行した跡が残っている。
「酔っ払いか私は」
自分に突っ込み、前を向くとまた蛇行しながら歩きだした。
まあ、これは小さい頃からの癖というか……。
小学生の頃から、下校途中は右へ行ったり左へ行ったりと、真っすぐに家路につくことはなかった。
きっと両親が共働きで、しかも帰ってくるのが夜の十時とかだったので、今思えば静かで寂しい家に帰るのが嫌だったのだと思う。
それでも、両親からの愛情不足を感じたこともなく、大雪で結構な雪が積もった時には、仕事から帰ってきたパパと一緒に、雪だるまや大きなかまくらなどを作った事もあった。
その日は、ママに思いっきり叱られたが……。
そりゃ、小学生が深夜二時まで庭で遊んでいたら仕方ないけどさ。
ちなみに、パパは私の三倍くらい怒られて泣きそうになっていた。
あの時のパパの表情は、今でもはっきりと覚えている。
そうそう、次の日にママがパパにお仕置きだと言って、パパのおしりをかじった時は、私は思わず大爆笑して笑い死にしそうになった。
そんな事を思い出しながら、降り落ちてくる雪が、髪や顔につくのも気にせずに蛇行して歩き続けた。
寒さで赤くなったほっぺたのせいで、いつもとは顔は違う。普段はキリっとした眉毛に、少しだけ釣り目、口は大きい方。痩せ気味で身体の線は細いが、運動神経はまあまあそれなりのはず。雪で少し濡れた髪は肩上までの長さだ。
髪の長いママと同じにしたくてずっと伸ばしていたのだが、高校に入ってすぐにばっさりと切ってしまった。理由は特になく気まぐれである。
性格はどちらかというと男っぽいとよく言われる。
小さな頃から女の子とおままごとをするより、男の子と戦いごっこをする方が断然楽しかった。
そういえば、明るくて変わっているとも言われるけど、自分ではそうは思っていない。
あとは声がでかいとよく言われるが自分ではわからない。
とにかく、私はそこら辺にいる普通の女の子の一人だ。
なんとなく自分を客観的に見ながら寒空を歩き続けた。
「あっ、そういえば今日はスーパームーンだった!」
ふと、今日の朝にニュースで言っていたことを思い出した。
だが、空を見上げると、厚い雲に覆われて雪を舞い散らせている天には、月明かりさえ全く見えなかった。
「あーあ、見たかったなあ」
一年で地球と月が最も接近し、その時に満月であるとスーパームーンと言われる、円く大きな月が見られるのだ。
その美しさにも魅了されるのだろうが、スーパームーンという名称がカッコイイので私は気に入っている。
とはいえ、今日は久しぶりに大好きな雪が降り積もってくれたので、晴れてほしいとも願えない。
「スーパームーンに照らされた雪の景色はどれだけ綺麗なんだろ・・・」
私は辺り一面真っ白な世界に浮かぶ、美しくて大きな満月を想像しながら呟いた。
…突如、強い風が吹いたかと思うと辺りはすぐに猛吹雪になっていた。
冷たい風と雪が、露出した顔面を容赦なく襲い掛かってくる。
それをなるべく避けようと、右手を額に当てて俯きながら歩く。
しばらくすると、寒さで耳が麻痺しているのか、強い風の音も車道を走る自動車の音も、何もかも聞こえずに、静寂に包まれた異世界を歩いているかのような錯覚に陥っていた。
どれだけ時間が経ち、歩き続けたのだろうか。
やっとのことで家に着き、かじかんた手で何とか鍵を開けて中に入ると、安堵のため息をついて、玄関に腰を下ろした。
ベッドで何度も寝返りをうつが眠れなかった。
目覚まし時計を見ると、深夜一時をまわっていた。
一階に降り、冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐと、一気に飲み干す。
暗闇に目が慣れてうっすらと見えるが、暗く静まり返った一軒家には、やはり不気味さを感じた。
小さい頃からの事だから慣れてはいたはずだが、今日に限っては何だか嫌な雰囲気が漂っている気がする。
まあ、気のせいだろうと、私はいつものように思考を切り捨てて二階に上がり、自分の部屋へと戻った。
「そういえば雪…、止んだかな?」
ふと気になって、カーテンに手を伸ばして開けてみた。
「うわっ」
思いがけない眩しさに驚き、一歩後退しながら目をギュッと瞑った。
「えっ?なんだ?」
ゆっくりと目を開けると、青白い光が強く窓から差し込んできていた。
一瞬、朝日が昇ったのかと思ったが、時計の針は午前一時過ぎを指している。
私は窓に近づきカーテンの隙間から外を覗き見た。
あれだけ吹雪いて積もっていたはずの雪が嘘のように消えていた。
そのまま空を見上げると、青白く光るとても大きな球体が夜空に浮かんでいた。
「うわぁ、きれい。あっ、これがスーパームーンか」
私は、その球体に吸い込まれるように魅入っていた。
……が。
「えっ、嘘…。どういうこと?」
青白く光る大きな球体の向こうにはいつもの見慣れた、より少しばかり大きめな満月があったのだ。
あれが月なら、その三倍ほどの大きさで光を発しているこの球体は何なの?
「これ、夢じゃ…ないよね」
私は軽く混乱しながら、ベッドにうつ伏せに飛び込んで、枕で頭を隠した。
一分ほどして私は呟いた。
「まあ、いいや」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます