第18話 コトリバコ


 因子活性時の外見的な変貌へんぼうが少ない乙型おつがた異形因子保持者スキルユーザーである凶三きょうぞうの肉体変異は、眼球および視神経へと極端にかたよっている。


 ゆえに身体能力そのものは精々イプシロン級クリーチャー、他で例えるとヒグマや虎のような大型肉食動物と同程度だが、反応速度や動体視力は群を抜いて高い。銃弾をひと息で何十発も斬り裂くことができるほどに。


 そして、勿論もちろんそれだけではない。


 そもそも乙型おつがたとは異形因子スキルのもたらす変異が肉体の一部に特化しすぎたあまり、その部位の性能が単純な強化とはかけ離れた域にまで昇華しょうかされる現象の該当者をす分類。

 ジルが強力無比な発電能力を持つように、当然凶三きょうぞうもまた独自の異能を有する。


 俺たちは『視殺しさつ』と呼んでいるチカラ。

 左右のまなこで一戦につき一度ずつ、強い殺意をもって直視した対象をさせる能力だ。






寄越よこせ」


 好都合にも屍兵しへいの大半は若い女だったため、近くに居た一体を捕らえて衣服を剥ぎ、勢い良くかじりついてむさぼる。

 反魂香はんごんこうってのは確か、かつて異界ダンジョンで死んだ人間をクリーチャーとして再利用するみたいな性質だったと思うが、まあ深くは考えまい。


「はぐっ、んぐっ、んんっ」


 ろくすっぽ噛まず飲み込み、即座に養分へと変換。

 腹部の再生痛と共にガリガリ削られる熱量エネルギーを補充し、体力をたもつ。


「よォし治った。ごちそうさん」


 肉をこそいだ肋骨や歯形のついた内臓があらわとなったを他の屍兵しへいたちへと投げ付け、衝撃で何体かバラバラに吹っ飛ばす。

 やはり食うなら胸と腹だな。味こそ最悪だが、柔らかくて程よい弾力にむ。

 マジで味は最悪だが。


「今のは流石にヒヤッとした」


 閉じた左目から血涙けつるいを流す凶三きょうぞうの肩を支え、硬く尖った指先で傷付けないよう注意しつつ髪を撫でる。


 合わせて、表面が大きくヒビ割れた木箱へと視線を戻した。


「まさか『コトリバコ』に急襲アサルトされるとはな」


 旧時代の都市伝説で語られた呪物をもとにした、デルタ級でも最上位クラスのクリーチャー。

 同等級の範疇はんちゅうでは一線をかくす存在強度を持つ上、怪異を原型とするだけあって搦手からめてにも長ける難敵。


 空間歪曲わいきょくの能力を備えており、その一環としてが可能。

 効果範囲も広く、標的の意識外から懐に潜り込んで一撃を叩き込むのが必勝パターン。


 もっとも、今回は上手く頭を抑えてやったが。


「……ぐにゃぐにゃ歪んでいたせいで微妙に視線がズレた。殺しきれていない」


 俺のそで血涙けつるいをぬぐい、今度は右目を黒く染める凶三きょうぞう

 自分の着物を汚したくないからって人の服を使うな。


「次で仕留める」

「いや、箱の方は十分だ」


 手のひらで右目を覆い、視殺しさつの発動をさえぎる。


「右は反魂香はんごんこうに使え。赤い塵が消えれば屍兵しへいどもも死体に戻る」

「さっき倒すのは無理だと言っていなかったか?」

「普通の手段だと無理ゲーだって言ったんだ。お前の片目と引き換えじゃリターンが釣り合わねェ」


 視殺しさつを使うと、しばらく目が見えなくなる。一戦につき一度ずつってのは、つまりそういう理屈だ。

 音とかだけでもなんとなく戦える俺と違い、視覚こそが売りの凶三きょうぞうにとっては一時的とは言え戦闘手段を失うに等しい代償。

 カードを切る状況次第では逆に自分の首を絞めかねない、効果においても使い勝手の悪さという意味でも、まさしく奥の手とひょうすべき異能。


「コトリバコには俺がトドメを刺す。バラッバラの粉々にしてやる」

「……逆叉さかまた。怒っているのか?」

「あァ? 別に?」


 手をどかすと、二割ほど白い部分を残した右目で見つめられる。

 なんだよ。


「いいだろう、従ってやる。この塵も鬱陶うっとうしかったからな」


 そう言って右目を完全に黒くにごらせ、頭上をあお凶三きょうぞう

 俺は肩をすくめつつも、半ば壊れかけた木箱へと歩み寄り、五爪の一撃を叩き込んだ。


 深々と刻まれる爪痕。ぼろぼろと落ちる木片。

 一発で砕くつもりだったんだが、流石に硬い。


「ズレたにせよ視殺しさつを食らって、まだここまで存在強度が残ってんのか」


 …………。

 コトリバコとは族滅ぞくめつ、個人ではなく一族を呪い殺す目的で作られた呪物。

 したがって子を産める適齢期の女に対しては、ガンマ級クラスの特効じみた攻撃力を持つ。


 おれだったからこそ腹に大穴がくだけで済んだ。

 もし割り込みが間に合わず凶三きょうぞうに当たっていたら、ほぼ確実に死んでいた。


「七面倒なのは嫌いなタチでよ。このまま力尽くでブッ壊させてもらうぞ」


 最大限に硬化させた両前腕で、ブルドーザーをビルの屋上まで殴り飛ばせる腕力で、たいがいの物質は濡れた和紙のように裂ける十爪じゅっそう瀑布ばくふのごとく振るう。

 引っ掻くたびに新たな木片がこぼれ、見る見るうちに輪郭りんかくを崩して行くコトリバコ。


 十八回それを繰り返し、硬い音を立てて両手を払う。

 宣言通りき火の火種に使えそうなほど細かい木屑きくずと化し、あわせて周りに四散したの残骸を見下ろし、深く静かに息を吐く。


「バカが。次からは襲う相手を考えやがれ」


 子供の死体を刻んで詰め込んだ呪いのカラクリ箱に考える脳があるのかは知らんがな。

 誰だよ、こんな作り話を世に広めた奴。ちょっと悪趣味が過ぎるだろ。






 でかいショッピングモールも丸ごと収まりそうなクレーターを覆っていた赤い塵が搔き消え、その中でうごめいていた屍兵しへいたちも単なるむくろかえる。

 相変わらず近隣には他のクリーチャーが見当たらない。今にして思えばに踏み入ったものを見境なく襲う反魂香はんごんこうを嫌ったのだろう。

 蘇りの伝承をはらんだ奴って基本的に凶暴なんだよな。これに感しては、死者は都合良く生き返ったりしないという大衆の共通認識がそうさせている模様。


 ともあれ戦闘終了。目的の物も無事回収。

 終わってみれば一件落着だが、ボヤボヤしてたらまた妙なのに絡まれないとも限らない。早いとこ帰って一服しよう。


「おい」


 因子活性を解いて元に戻った指を鳴らし、ドス黒い血でべっとり濡れた口元を拭いていたら、右目からも血涙けつるいを流した凶三きょうぞうが俺の前に立ち、おもむろに両腕を広げてきた。

 間合いが掴めていないためか、やたら距離が近い。


「目が見えん。荷物のところまで抱いて運べ」

「ああ」


 酔っ払った胸周りと比べて四十センチは細いウエストに腕を回して持ち上げ、俵担ぎにする。乙型おつがた甲型こうがたと違って軽いから運びやすい。

 不満たらたらな唸り声が背中越しに聞こえるが、アサルトライフルとブレードで片手塞がってるし、他の抱き方なんか無理だぞ。


「やはり私の扱いが雑だな貴様。もっと大事にしろ。ねるぞ。私がねたら面倒くさいぞ」

「知ってる」


 ぱたぱた脚を振って抗議してくるも、なんだかんだ抵抗する様子はない。

 ずり落とさないよう、適当にめてあるだけの緩い帯を掴む。


 ……ふと、鼻腔びくうを撫でる甘い匂いに気付いた。

 

「香水変えたか?」

「今更か! 一昨日からだ!」


 背中を叩かれた。

 ごめんって。

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