第12話 口裂け女


 トーキョーに八つ点在する異界門ダンジョンゲートの中でも、ヨツヤゲートはダントツで不人気なスポットだ。

 西暦二〇七〇年現在、二百人前後が登録されている異界探索者シーカーのうち、ここしばらくは基本的に俺しか入ってないし。


 その理由は様々である。

 エーテルと混ざり合うことによって半端な異形因子保持者スキルユーザーでは耐性を貫かれるほど有害性が顕在化けんざいかした毒や放射能で満たされた階層フロア異界門ダンジョンゲート近辺に複数あったり、厄介な性質を持つ上にビジュアルも悪いクリーチャーが多数うろついてたり、拾得物として喜ばれる軽量小型で価値の高い品が少なかったり。


 あとは、ちょっとしたの問題だったり。


「貴様が居るからだろう『ヒト喰い』」

「大した推理だな名探偵。ついでにハラジュクゲートでも閑古鳥かんこどりが鳴いてる理由も考えてみてくれよ『辻斬り』」

「私ではない。ジルが見境なく放電しまくるせいだ」


 容易に情景が想像できて困る。

 北欧系の透明感あふれる形貌けいぼうも手伝い、いかにもはかなげな平和主義者って感じの物腰こそただよわせているが、実際は右の頬をぶたれる前に相手の顔面めがけて真空飛び膝蹴りでカウンター入れるタイプだし。


「いい加減どうにかしろ。私では手に負えん」

「難しいな。ピンを抜いた手榴弾に爆発するなって方が無茶だろ」


 大人しくさせたければ、全身拘束して純水で満たしたプールにでも沈めるしかない。それで電撃は封じられる。

 ……普通に力尽くで脱出しそうだな。ジルが厄介なのは発電能力だけじゃないし。


「アイツの半生を思えば致し方ない話でもある。大目に見てやれ」

「フン……貴様はジルに甘い。連れてきた時からずっとだ」


 そう言って乱暴にマガジンを装填そうてんする凶三きょうぞう


「私の扱いは雑なくせに」


 五つも歳下の妹分と自分を比較してくなよ、大人げない。






 薄汚い虹色の膜が張った石造りのゲートを抜け、異界ダンジョンへと踏み入る。

 座標が繫がっていた先は、しくも一昨日と同じ夜街やがい


「ここは知らんな。随分と辛気くさい階層フロアだ」

「ヨツヤは九割方こんなもんだぞ」


 旧時代の怪談や都市伝説をもとにした恐怖が集まりやすい土地らしく、階層フロアの環境も出没するクリーチャーも、そういった系統が大多数を占める。


 例えば、あっちの街灯の下に立ってるデカいマスクをした女怪ヒトガタとか。


「幸先いいな。アイツ面白れぇんだよ」


 通称『スラッシャー』。ポマードレディとかキャンディちゃんとか口裂け女とか、他にも複数の呼称を持つ。

 ある程度まで近付くと向こうから話し掛けてきて、その質問に対する返答次第で行動とを変化させるクリーチャー。


 本来はイプシロン級だが、場合によってはデルタ級に迫る戦闘能力を持つようになる。

 低層に現れる最下級の化け物だと油断して殺された異形因子保持者スキルユーザーも、過去少なからず居たとか。


「チッ」


 億劫おっくうげにアサルトライフルを構える凶三きょうぞう

 それを制し、銃口を下げさせた。


「待て。ちょっとからかってくる」

「……悪趣味め」


 邪魔なバックパックを下ろし、早足で歩み寄る。

 青白い街灯がアスファルトを照らす光円の内側に入った頃合、明後日の方を見ていたスラッシャーは奇怪な動きで俺へと向き直り、唯一マスクで覆われていない血走った眼差しを突き付けてきた。


 そして、やや発音のおかしい声で、こう尋ねられる。


〈わタし、綺麗?〉


 肯定的に答えるとマスクを剥ぎ取り、素顔をさらしてからびたばさみで殺しにくる。

 否定的に答えると金切り声を上げて発狂し、どこに隠し持ってたか問いただしたくなるサイズの大鎌で斬り刻んでくる。

 何も答えなかったり関係無い話題で返した場合、鉄骨をヘシ折る腕力で首を絞めてくる。


 コイツと遭遇そうぐうするたび別パターンの応答を選び続けてきたが、なかなかバリエーションに富んでて笑えるのだ。

 特に「お前の顔をそうしたのは俺だ」とか適当こいた時のリアクションは最高だった。


 さて、今回はどうするかな。

 で行ってみるか。


「ああ美人だ。世が世ならミス・ユニバースの書類審査くらいは通るんじゃね?」


 本音を言うとあまり好みじゃないが、まずは褒める。

 するとスラッシャーの瞳孔がキュッとすぼまり、爪の長い節くれた指でマスクを掴み、勢い良く剥ぎ取った。


〈こレでもォォォォ!?〉


 耳元まで裂けた口を限界まで開け、喉が潰れんばかりに咆哮ほうこう

 合わせて汚らしいばさみ逆手さかてに握り締め、顔面めがけて振り下ろされる。


 その手首を掴み、異形因子スキルを活性化させた。


「──それでもォ」

〈ひッ……!?〉


 パキパキと音を立てて変異するあご周り。

 三層の牙が並んだ口を、スラッシャーの倍以上も大きく開け放つ。


「アンタ、おちょぼ口だなァ? そんだけしか開けらんねェのかァ?」


 怒りと憎悪はどこへやら、一転して恐怖に引きつる表情。

 人間のおそれをすすってカタチを得た怪物が、人間にビビってんじゃねぇよ。


「んあぁ──んぐぅ」


 髪の毛を喉に詰まらせたくはないため、怯えきった顔面だけを綺麗にかじり取る。

 骨も歯も肉も目玉も一緒くたに咀嚼そしゃくし、ある程度しゃぶったところで残りを吐き出す。


「さァて」


 仰向けに倒れて痙攣けいれんするスラッシャー。

 まだ生きている。厚手のコートとその下に着込んだ衣服を纏めて掴み、引き裂いた。


 首から下は、意外なほど綺麗。


「れろォ」


 胸や腹などのやわい部分を何度か舐め上げ、食いちぎる。

 ボタボタと黒い血をこぼしながら味わい、飲み込み、真っ赤な星だけが無数に浮かぶ夜空をあおぐ。


「まっず」






 食ってるうちスラッシャーが完全に動かなくなり、あっという間に骨肉が腐り始めたため、亡骸なきがらから離れる。

 変異させたままの口元をぬぐいつつ凶三きょうぞうのところへ戻ると、ジト目で睨まれた。


悪食あくじきめ。よく私にマトモなものを食えなどと説教できたな」

「自分の特性を活かしてると言ってもらいたいもんだな」


 因子活性時、俺が特にいちじるしく変異するのはあご周りと両前腕、そして消化器官。

 有機物なら大抵なんだって食えるし、毒だろうと酸だろうと栄養にできる。そうでもなければクリーチャーの肉など口に入れたら腹を壊すどころでは済まない。


 ただし味覚は変わらない。まったく。

 お陰で不味いもんは不味い。すこぶる。


「しかも、よりによって女の姿をしたやつだけが捕食対象ときた」

「ひとつ訂正、な。ガキと年寄りは食う気しねぇ」

「どちらにせよ悪趣味だ」


 これみよがしな溜息。

 次いで、じっとこっちを見てくる真紅の瞳。

 どったのセンセー。


「変異させた俺のツラなんぞ拝んだって、食欲なくすだけだろ」

「いや?」


 帯に何本か挟んであった完全栄養食ジョガリコのアルミパウチを剥き、食べ始める凶三きょうぞう


「この世の誰より見てきた貴様の顔だ。たとえどうなろうと、気味が悪いとは思わん」


 ああ、そう。

 人間なんでも慣れるもんだな。

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