第10話 豊本胡桃一等局尉


 治安維持局とは、ざっくり言えば旧時代における警察と裁判所に近い権限を与えられている、二大企業直轄ちょっかつの組織だ。


 早い話が不審者の逮捕ないし射殺、逮捕者の罪状決定および有罪判決、量刑判断と刑罰執行、それら全てを局員個人の裁量で行える。

 そんなスバラシイ方々が真面目に働いて下さってるお陰で、新都アラトは犯罪率の極めて低い平和な楽園として機能できているワケだ。

 かなり大爆笑。


「おい」


 おっと。天下の局員サマが軽く首を傾げながら眼帯越しに右目を掻いておられる。

 の機嫌が悪い時のクセだ。あと二秒後に出てくるだろう「私を無視するな」のセリフと合わせて更にイラつかせる前に、お相手つかまつることにしようか。


「私を無──」

「これはこれは胡桃くるみ一尉いちい、ご機嫌うるわしゅう。警邏けいら隊長みずから街を巡回とは、出世しがいのない仕事だな」


 挨拶がわりに軽口を叩いて歩み寄ろうとしたところ、警邏けいら隊員一人につき二機随伴ずいはんさせる規定の部下──否、であるサイボーグ兵の一機が、すでに対異形弾を装填そうてん済みだろうマルチツール・アサルトライフルの銃口を額に突き付けてきた。こいつを至近距離で撃たれたら流石に無傷では済まない。

 これ以上は近付くなってか。いくら異形因子保持者スキルユーザー相手とは言え、ちょっとばかり警戒レベルが高すぎる上、やり方も乱暴じゃありませんかね。


「問題ない。デスクワークよりも身体を動かす方が性に合っている」


 面倒くさそうに手振りの指示で銃口を下ろさせ、胡桃くるみの方から寄ってきた。

 隊長特権のひとつとして連れているサイボーグ兵どもが流れるように俺たちを取り囲んできたが、気にしないでおこう。あまり神経質だと将来ハゲる。


 ただ、意外と短気なウチのお嬢様は、この状況に辛抱が利かなかったらしい。


「──落ちなさい」


 ヴェールの奥で紫水晶アメジスト色の瞳に剣呑な光が宿り、一瞬だけ放たれる高圧電流。


 耳を突くスパーク音。鼻に漂うオゾン臭。対応する間もなく五条の紫電に貫かれるサイボーグ兵たち。

 電気系統をショートさせられ、ばたばたと糸が切れた人形のように崩れ落ちる、天下の二大企業『ヨツカド社』と『トヨモト社』が合同で造り上げた傑作けっさく製品。

 まさしくケッサク。


「ッ」


 その光景に左目を見開いた胡桃くるみが、忌々しげにジルを睨む。


「やってくれたな、舶来はくらいの薄汚い野良猫が……!」

「あら、ごめんなさい。昔から電子機器とは相性が悪くて。大丈夫、数分で再起動するわ」


 悪びれた様子もなくクスクス笑うジル。

 まなじりを吊り上げて腰の大型徹甲てっこう拳銃を抜く胡桃くるみだが、生憎そっちも故障中だ。

 常人なら肩が砕けるほどの反動リコイルを打ち消すための機構とは言え、なんでもかんでも電子制御にするべきじゃないよな。


「可愛いオモチャね。親戚のおじさんに貰ったお小遣いで買ったの?」

「……器物損壊と公務執行妨害で連行してやろうか」

「まあ、治安維持局は立ち話も公務のうちに入ってるのかしら。羨ましいわ、暇そうで」

「羨む必要は無い、ちょうど暇な時間が終わったところだ。生意気な猫をガス室送りにする仕事ができた……!」


 売り言葉に買い言葉。元々の背丈にピンハイヒールの分も足すとジルの方が頭ひとつ高いにもかかわらず、額がぶつかるほど顔を突き合わせて言い合う二人。

 適当に頃合を見て双方の肩を掴み、引き離した。


「往来で大人げない真似はよせ。ウチのガキ共の方がまだ行儀がいいぞ」

「……はぁい」


 紙を裏返すかのごとく態度を一転。素直に従い、俺の隣に立つジル。

 胡桃くるみも舌打ちののち、眼帯越しに右目を掻きながら銃を収めた。


「で? 俺に何か用でもあったのか?」

「……別に。見かけたから声をかけただけだ」


 さいですか。

 なんかゴメンね。






 ジルの言葉通り五分ほどで再起動を果たし、整列するサイボーグ兵たち。

 工学とエネルギーをつかさどるヨツカド社の商標シンボルが押されたタブレット端末の画面を何度かタップした胡桃くるみが、表情を険しくする。


「くそっ、命令コードが一部リセットされてる……携帯端末での再入力は無理だな」

「じゃあ早く帰って? 私たち貴女と違って忙しいの」


 ひらひら両手を振るジル。

 治安維持局の人間、しかも幹部格である尉官いかんにここまでナメた態度をとれる奴なんてトーキョーに何人居るだろうか。ちょっと感心するわ。


「……そうさせてもらう。ついでに絶縁コーティングをほどこした装備への更新申請も出しておくとしよう」


 そんな捨て台詞と共にきびすを返し、つかつかと歩き去る胡桃くるみ

 十七層以上の被膜ひまく処理をオススメするぞ。それならジル相手でも丸一秒はつ。おそらく。


 …………。

 そうだ、丁度いい。コイツにも渡しておこう。


胡桃くるみ


 向こうが足を止めて振り返ると同時、例のアンプルを投げ渡す。

 受け取った胡桃くるみは薬液を人工太陽の光に透かすと、片方だけの目玉を怪訝そうに細めた。


「なんだ、これは」

「シブヤで遊んでた連中が持ってた。中身が知りたい」

「……さっきの今で、よくも私に頼みごとなど切り出せたものだな」


 ぐぅの音も出ない御意見。

 仮に俺が逆の立場なら、たぶん普通に断る。


「いいだろう。調べておいてやる」


 かと思えば、すんなり引き受けてくれた。

 人がすぎるだろ、胡桃くるみちゃん。


「四日後に局の幹部官舎まで一人で来い。話は通しておく」


 アンプルを胸ポケットに仕舞い、次いでカードを一枚投げ渡してくる。

 管理区への通行証チケット地下アンダーの住民でも持ってる奴は少数派なレア物。


「社会科見学なら大所帯の方が盛り上がると思うけどな」

「私の部屋にティーカップは二つしかない」


 なるほど。だったら仕方ないか。

 人数分の茶と菓子を用意できなきゃ、招いた側も招かれた側も気まずい。


「では四日後」

「ああ」


 再びきびすを返し、今度こそ歩き去る胡桃くるみ

 時間と会話を挟んで少しは苛立ちも晴れたのか、さっきより目に見えて足音が軽い。


「私、あの人嫌い」


 俺の肩に手を添え、そう呟くジル。

 だろうね。明らかに喧嘩腰で接してるもんね。


「役人にしちゃ、だいぶ話の分かる奴なんだがな」


 それこそ上振れの中でも更に上振れを引いたくらいには。

 一般的、平均的な地下アンダーの役人なんて、なかなか酷いもんだぞ。


「……さて。買い出しの前に軽く何か食べるか」


 ここのところ、クリーチャーを食うことの方が多かったからな。

 たまには真っ当なものを口に入れないと、マジで舌がバカになりそうだ。


「じゃあ、コーヒーとサンドイッチはどう?」

「悪くないな。いかにも文明人の朝食って感じのメニューだ」


 ついでにアイスクリームもおごってやるよ。

 凶三きょうぞうには内緒だぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る