第4話 シンジュク教会


 西暦二〇三〇年ちょっと……俺が製造つくられる十年以上も前には廃線だったシンジュク駅近くに建つ教会。

 別に神も仏もうやまっちゃいないが、わりと建物の状態が良かったため、一年ほど前から拠点ホームとして使わせてもらっている。


「……三、四……六……九……」


 鉄柵と生垣で囲った敷地内から響くガキ共の声。

 耳を澄ませて音を聞き分け、人数を確かめる。


「十二……十四」


 よし。今朝増えた分も含めて全員居るな。

 声色、足音、心音、身体の動かし方。何やら一人しょぼくれた様子ではあるが、ひとまず肉体的な健康状態は総員異常無し。

 ガキはすぐ不調を隠す。面倒見る側は気を遣う。






 教会の裏口側に回り、三つの南京錠で閉ざした裏門を飛び越える。

 この方が鍵を開けるより手っ取り早い。


 ──ピリピリと、首筋に静電気が伝った。


 で俺の接近に感付いてたか。まったく便利な異能だ。


「お帰りなさい、逆叉さかまたくん」


 視線を向けて最初に映ったのは、陽光を溜め込んだようなつやはらんだ金紗きんしゃの髪。

 薄地の修道服を纏い、顔を覆うヴェール越しに俺を見る紫水晶アメジスト色の瞳。


「毎度毎度わざわざ出迎えなくていいんだぞ、ジル」

「貴方こそ、表口から入ってくればいいのに」


 ジリアン・エッカート・佐倉崎さくらざき。縮めてジル。

 五十年前のトーキョー封鎖に際し、収容人数の限界によるまぬがれた数少ない外国人を祖とする北欧系のクォーター。


 今や外人の血は希少種だ。べ六〇〇万人にわた地上アウター地下アンダーの総人口をひっくるめても、間違いなく六〇〇人を割る。およそ一万人に一人の計算。

 そのせいで幼い頃からタチの悪い連中に目をつけられ、異形因子スキルの移植手術を受けて自衛手段を得るまでの間、何回さらわれかけたか本人すら覚えていないほど。


 ちなみにシスターの格好こそしているが、キリスト教の信徒というワケではない。なんなら俺以上の無神論者だろう。この前、まき代わりに聖書燃やしてたし。

 服装の理由は掻い摘まんで言えば「手持ちの服で一番可愛いから」だ。よく見れば生地も縫製ほうせいも安っぽいし、スカートには深々とスリットが入ってるし、元よりコスプレ用のパチモンだと思われる。

 まあ服なんてサマになってればなんでもいいわな。


「俺を見たらガキ共が泣いてうるさい」

「いつも返り血まみれで帰ってくるからでしょう?」


 食べこぼしのドス黒い血糊ちのりでべっとり濡れた袖や胸元を指差される。

 変異状態の耳元まで裂けた口周りだと、どうしても綺麗に食うのは難しいんだよな。


「いちいち始末つけてから戻れってのかよ、めんどくせぇ。こんなもん軽く洗ったくらいじゃ落ちねーぞ」

「ふふっ、そうね。貸して」


 ジルが手を差し出してきたので、染み込んだ血で重くなった上着を脱いで渡す。

 コイツの手にかかれば、こんな有様でも明日には綺麗に洗濯されて返ってくる。素晴らしい特技だ。


「さっき湯沸かし器を動かしたから、シャワーならすぐに使えるわ。私が背中を流しましょうか?」

「それくらい自分で出来る。お前らが見境なく拾ってくるガキ共と一緒に扱うのはよせ」

「一緒に扱ってるつもりはないけど」


 なお悪いわ。


「新入り二人の様子は」

「レイくんは問題なさそう。でもシロウくんは……少し時間がかかるかもしれないわ。唯一の肉親だったお姉さんを亡くしたばかりみたいだから」


 肉親ね。似たようなのは居るものの、今ひとつ俺には理解しがたい概念だ。

 そもそもガキのメンタルケアなど完全に門外漢。得意なのは腹の傷を縫ったりする外科的処置。腹の中に手ぇ突っ込んで内臓引き抜くのは更に得意。


 兎にも角にも、拾った責任含めて、お前たちでどうにかしておけ。

 しょぼくれたガキのツラなんぞ、視界に入れるだけで不愉快だ。


「あとでこっそり食わせてやれ。他の奴に見られるなよ」


 店で貰った板チョコをポケットから引っ張り出し、ジルの胸元に突き付ける。

 地上アウターじゃ指折りの高級品だが、どうせ俺が持ってたところで食わないしな。






 この教会を拠点ホームにしているデカい理由のひとつに、井戸がある。


 水源は埋蔵量が基準値に達しておらず採算が取れないため、二大企業の管理下に置かれていない地下水脈。

 基準値未満と言っても、俺たち程度のグループで独占するなら十分すぎるほどの量。


 しかもジルが居れば使。水を汲み上げて敷地内の上下水道に流すための電動ポンプはもちろん、室内灯や湯沸かし器、果ては旧時代のアニメや映画などのアーカイブを大量に保存したパソコンまで動かせる。

 教会ここより設備が整った施設なんて、地上アウターじゃチュウオウ区を除けば冗談抜きに両手で数え足りるだろう。


「着替え、置いておくわね」


 頭から爪先にかけて流れる温水を堪能していると、扉越しにジルの声。

 ……そのまま服を脱ごうとする音が鼓膜を掠めたため、名残惜しいが蛇口を閉め、バスタオルで髪を拭いた。


「明日は地下アンダーまで食料を買いに行く。一緒に来るか?」

「んー、そうね。きょうちゃんも明日は出掛けないって言ってたし、それに通行証チケットの有効期限が切れそうだから協会まで更新に行かないと」


 暗黙の了解として、俺たち三人の誰かは必ず拠点ホームに詰めている。

 ウチに手出しするバカがシンジュクに居るとは思えないが、あえて出来心をくすぐるような真似をするのも悪趣味だしな。


「そう言えば凶三きょうぞうは帰ってるのか? 俺を探してたみたいだが」

「お昼頃に貴方と連絡がつかないって飛び出して、さっき戻ってきたけど、また出て行っちゃったわ」


 入れ違いか。

 間の悪い女だ。






 ガキ共と顔を合わせて泣かれたり怖がられたりするのも面倒ゆえ、拠点ホームではあまり出歩かずに過ごす。

 基本的には裏口近くの離れで寝泊まりしている。こっちでも水は使えるし、特に不便は感じていない。

 主屋と繫がってる渡り廊下は昼間でも薄暗い上に床を覆う赤いカーペットが不気味だからか、ガキ共も滅多に来ないしな。


「ジル。漫画これの六巻どこにあるか知らねぇか?」

「一昨日くらいにきょうちゃんが読んでたけど」


 あの女、読んだら元の棚に戻しておけと何回言わせりゃ気が済むんだ。

 片付けくらい野良犬でもできるぞ。犬以下かよアイツ。


 ……などと内心で毒づいていたら、噂をすれば影、というやつだろうか。


「帰ったみたい」


 裏門の方に視線を向け、呟くジル。

 ややあって、離れの勝手口が勢い良く開け放たれる。


逆叉さかまた!」


 通りの良い声と、金属音を帯びた独特な足音が、室内に響き渡った。


 しゃらしゃらと鳴る銀紗ぎんしゃの髪。紅玉ルビーを想起させる真紅の瞳。

 強化外骨格で下肢と右腕をよろい、その上から黒基調の派手な着物を一枚羽織り、細い帯で適当にめたの格好。


「やっと見つけた! 探したぞ! なぜ通信に出なかった!」


 動くたび合わせの甘い襟からこぼれそうになる、俺に拾われた時の痩せっぽちが記憶違いだったのではないかと思わせるほど膨れに膨れ上がった胸。

 暴れる胸元にはオルカのトライバルタトゥー。山に海洋生物をませるセンスよ。


「お陰で私は四時間も貴様を探し回った! とんだ浪費だ!」


 機械仕掛けの鞘と柄でこしらえられた太刀を壁の定位置に立て掛け、詰め寄ってくる背の高い女──凶三きょうぞう

 このおよそ女らしさの欠片もない名前をつけたのは俺だ。昔こいつを拾った際に本人からねだられ、その時近くに一ページだけ落ちてたラノベかなんかの登場人物名を適当にもじって決めた。つまりあんなところに落ちてたラノベが悪い。

 なお名字は無い。正確には親と過ごした記憶が無いため知らない。地上アウターじゃ珍しくもない。


「うるせぇよ。まず声のボリューム落とせ。喚かなくても聞こえてる」

「そっちこそ、まず謝れ。心配かけてごめんなさい、と」

「お前に心配されるほど軟弱になった覚えはねぇな」


 険しい目つきで見下ろしてくる凶三きょうぞう

 読んだ漫画も棚に戻さないくせ、ヘンに心配性の神経質め。今にハゲるぞ。


「で? 俺を探して四時間も駆けずり回るほどの用ってのは、一体なんなんだ?」

「っ、そうだ! 言い争っている場合ではなかった!」


 だから目の前でデカい声を出すなっての。

 耳がイカレる。


逆叉さかまた!」


 はいはい逆叉さかまたさんですよ。


「今からホウライの連中を潰しに行くぞ!」


 …………。


「あァ?」


 何言ってんだコイツ。

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