第1話:役立たずの【アイテム編集】
「おい、レン! ポーションはまだか! ぐずぐずするな、無能が!」
けたたましい怒声が、薄暗いダンジョンに響き渡る。声の主は、勇者アレク。白銀の鎧に身を包み、腰には聖剣を差しているが、その顔は不機嫌さで醜く歪んでいた。
「は、はい! ただいま!」
俺、レンは慌てて駆け寄り、腰のポーチから赤色の液体が入った小瓶を取り出す。これが回復薬(ポーション)だ。俺はそれにそっと手をかざし、意識を集中させる。
【アイテム編集】
脳内にスキル名が浮かび、目の前のポーションが淡い光を放つ。
《低級ポーションの回復量がわずかに上昇しました》
心の声のようなシステムメッセージが聞こえる。これがおれのスキル、【アイテム編集】の能力だ。
過労死した俺がこの世界に転生した際に、神様から授かったスキル。だが、その効果はあまりにも地味だった。ポーションの回復量をほんの少し上げたり、鈍った剣の切れ味を一時的に戻したり、汚れた水を真水に変えたり。できるのは、その程度の「編集」だけ。
「ちっ、まだ傷が痛むじゃねえか。てめえのスキルは本当に役に立たねえな! ゴミスキルが!」
アレクはポーションを呷(あお)ると、空き瓶を俺の足元に投げ捨てた。パーティーの他のメンバーも、俺を冷ややかな目で見ている。回復魔法の使い手である聖女セリアも、高位の攻撃魔法を操る魔導士リカードも、アレクの言葉を否定する者はいない。
このパーティーで、俺の役割は雑用係だ。戦闘には一切参加させてもらえない。野営の準備、食事の用意、装備のメンテナンス、そしてアレクの機嫌取り。前世でシステムエンジニアとして奴隷のように働いていた俺は、転生してもなお、似たような境遇にいた。
「レン、早くアレク様の剣を磨いて差し上げろ。次の戦闘に間に合わなかったらどうするつもりだ」
リカードが、まるで汚物でも見るかのような目で俺に命令する。俺は「はい」とだけ答えて、アレクが乱暴に置いた聖剣を手に取った。ゴブリンの脂で汚れたそれを、布で丁寧に拭っていく。そして再び【アイテム編集】を発動する。
《聖剣の切れ味が一時的に回復しました》
この作業を、俺は日に何度も繰り返している。俺がメンテナンスをしなければ、このパーティーの継戦能力はガタ落ちするはずだ。ポーションだって、俺が品質を少しでも底上げしているから、聖女セリアの魔力(マナ)消費を抑えられている。野営地だって、俺がスキルで水場を確保し、地面の凹凸を「編集」して寝心地を良くしている。
だが、そんな地味な貢献に気づく者は誰もいない。彼らにとって、俺は「ゴミスキル持ちの雑用係」でしかなかった。
「……いつまで、こんな日々が続くんだろうな」
誰にも聞こえない声で、そう呟く。視線の先では、アレクがセリアの肩を抱き、リカードと次の獲物の手柄話で盛り上がっている。そこに俺の居場所はなかった。まるで、システムから切り離された不要なモジュールのように、俺はただそこに存在しているだけだった。
それでも、俺は生きるしかなかった。このパーティーから放り出されれば、日々の糧を得る術もない。理不尽な扱いに耐えながら、ただひたすらに手を動かす。それが、今の俺にできる唯一のことだった。
この時の俺はまだ知らなかった。
この地味で役立たずだと思われているスキルが、実はこの世界の理すら書き換えるほどの、とんでもないバグ――いや、可能性を秘めていることなど、想像もしていなかったのだ。
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