合流

 勇者パーティの進軍を止めうる戦力は、幸か不幸か進軍先の方角にはいなかった。

 そもそも正面から止める戦力のアテがあるなら、街を丸ごと人質にとった包囲戦なんて回りくどい真似をする必要はなかったのだから、当然といえば当然だ。


 結果として、彼らは包囲を突破した。

 しかし、彼らに付いて行こうとした兵士たちは違う。道中の魔物に少しずつ削られ、気付けばもう誰もいない。


 勇者に追いすがり勇敢に戦ったものたちが死に、劣勢でじわじわ殺されている逃げ腰の兵士が生き延びているのだから、何とも皮肉な話である。

 もっとも、後者の兵士たちも時間の問題かもしれないが。


「……」

「どうしました?」


 突破した包囲を、振り返って睨み付けるアンドリューと、それを怪訝に思って問いかけるシャーロット。


「いや……この混乱に乗じれば、もう少し『取れる』かなと」

「……微妙ですね。問題はこの混乱がどれぐらい続くのかわからない所です」

「私は賛成だね。来てる時はがめつく行かなきゃ」


 クラウンの強気な発言を聞き、少し考えてアンドリューが言う。


「よし。俺だけで単騎駆けしてくる」

「大丈夫ですか?」

「行って逃げるだけなら問題ない。それに……」

「それに?」

「いや、なんでもない」


 晒してない手の内もあるからな。

 アンドリューはそれを言うのを止めた。


◆◇◆◇


 アンドリューが駆ける。

 消滅と出現を繰り返し、すれ違いざまに切り刻む通り魔の様なやり口で魔物を殲滅していく。


 そうして魔王軍全体を丁寧に見返してみると、面白いことに気付く。

 混乱の度合いが、魔物の階級によって違うのだ。より低級な魔物ほど混乱が深く、強力な魔物は全く混乱していない。極端なものでは、混乱のあまりに死んでしまったと思しき死体もあった。


 ただの不意打ち、直接操作の中断でこうはならない。

 クイームが一体魔王相手に何をしたのか、疑問は深まるばかりだ。


 だが、今そんなことはどうでもいい。『なぜこうなっているか』ではなく、『こうなっている今、自分はどうするべきか』を考えた方が建設的というものだ。

 そういう風に考えるなら、とにかく今は幹部クラスの斬首戦術に徹する事。これが最善。


 ここで幹部クラスを発見した。ビジュアルは大豚で、とにかく大質量で押しつぶす戦法の魔物か。


 魔法の出力を一段階上げる。

 傍から見ればアンドリューが数人に分裂したかのような速度で、瞬間移動を繰り返す。


 魔物は、何かがいる事は察知しているのだろう。それが自分にとっての敵であることも察しているのだろう。

 しかし自分の周囲を超高速で動く存在を射止める手札は無いのか、まるで無視でもしているかの様にじっとして動かない。


 諦め、とは少し違う。

 これは出来ない事を出来ないと割り切って、チャンスが来るまで待ちの姿勢を貫く潔さ。


 魔物と言うのはいつもそうだ。

 どいつもこいつも高い知能と強い肉体、そして魔力という特権すら持っているのに、傲慢さが無い。ただただ冷徹に人間を駆除しようとする。別段食う訳でもないのに、何をそんなに敵意むき出しで襲ってくるのかは知らないが、襲ってくるなら仕方がない。


 魔物の周囲を飛び回りつつ、全方位からの多重斬撃。しかし魔物は魔力を全身にみなぎらせ、防御を固めてこちらの手の内を観察してくる。


 こういう時に、アンドリューは自分の魔法を『器用貧乏』だと痛感する。

 魔法を応用した多重斬撃は確かに強力な攻撃だが、いざ通じないとなるとそれ以上の事が出来ない。


「やっぱ皆も連れてきた方が良かったかな……」


 生存率だけを見て単騎駆けしてきたが、撃破効率はやはり全員そろっている時が一番だ。

 もっとも、所詮は無い物ねだり。諦めて出来る事をやるとしよう。


 アンドリューに出来る事は、結局敵が死ぬまで斬撃を重ね続けることだけだ。

 とはいえあまり時間を掛けたくも無いので、少し工夫することにした。


「プギィ!?」


 まずは両目。

 全身を均等に切り刻むのではなく、急所を狙って戦力を削ぐ。


 次は足の腱。元から堅い部分が魔力で更に固くなっているが、少しでも削れれば御の字と考える。

 そうして機動力を奪うつもりだと魔物が察して、足に意識が向いて魔力が揺らいだところで。


 これまで見せていなかった、全く同じ軌道で複数の斬撃を集中させ、頑丈な皮膚に守られた頸動脈へ叩き込む。


「うん、仕留めた!」


 手応え十分。事実、断ち切られた頸動脈。


 故に生まれた、隙。


 魔物はそれを逃さなかった。


 命の灯が急激に光を失っていく中で、むしろ今こそ輝き消えろと言わんばかりに肉体を躍動させた魔物は、その足でアンドリューへと蹴りを放つ。

 アンドリューが気付いた時には、既に避けることも魔法を使う事も出来ないところまで、蹴りが迫っていた。


 しかしその蹴りはアンドリューの頭上を掠め、明後日の方向に振りぬかれ、虚空を泳ぐ。 


「遅かったな」

「お前は油断が早すぎだ」


 気が付けば、魔物の足は沈んでいた。地面にではなく『自分の影の中』に。

 そして体勢が崩れたから、蹴りを外したのだ。


「特攻隊から生き残った感想はあるか? クイーム」

「思いのほか清々しい気分だ」


◆◇◆◇


 魔王の遺体が完全に焼却されたことを見届けたクイームは、とりあえずアンドリュー達との合流の為に動いた。

 魔王城へ向かう際は、すべての魔物に決して気取られる事の無い様に、迂回したり潜伏したり……出来るだけ地面に足を着けずに足音を立てないように移動していた。そうしてえっちらおっちら進んで1週間の道のりだったのだ。より正確には、魔王城の攻略も考えて、魔王城までの道のり5日程度だった。


 何もかもかなぐり捨てて速度だけに特化すれば、必要な時間は信じられないほど短くなる。 

 魔力という要素のあるこの世界において、それを操る魔法使いという人種の『全力』と言うのは人体の限界を遥か彼方へ置き去りにするのだ。


 一度通った道という事で、道中への慣れが若干ながら育っていたことも功を奏した。


 そんなわけで、元居た街にそこそこ近付いてきたクイームだったのだが。


「アンディはどうした?」

「ッ!? クイーム!?」

「生きてたのか!!」

「いや待て待て待て。アンディだけ別行動してるのはまあまあの緊急事態だから、こっちの事はもう少し落ち着いてから説明するから」


 シャーロットとクラウンと出会ったのは良いものの、アンドリューがいない。

 聞けば、混乱が思ったより深そうだから、生存率の高いアンドリューだけでもう少し欲張りに行ったそうだ。


「ははぁ、なるほど。で、お前たちはこの穴倉の中にいろと」

「あんたが居なかったおかげで、これ以上に良い感じの隠れ場所が無くてね」

「そりゃそうだ」


 例え移動できなくとも、影の世界に入門できるのはクイームだけだ。そしてそのクイームが影の世界に入ってしまえば、新しく誰かを入門させることは出来ない。

 金庫を開ける鍵を金庫の中に閉じ込んだような、まさに鉄壁の守り。これ以上に安全な空間はまず無いと言って良いだろう。実際、クイームが参加してからの野営は影の世界の中で全員が熟睡して誰も見張りをしないという、野営を舐めてるとしか思えないスケジュールだった。


「しかし今から影の世界の中に隠れては、それこそアンディと合流できないだろうし……よし、俺はアンディの援護に回ろうかな」

「危険です! ただでさえここまで相当に強行軍だったでしょうに、そこから更に戦闘なんて」

「大丈夫大丈夫、生存力ならアンディの次くらいにはあるし。まあ、ここで最強だからって言えないのが暗殺者のサガだけど。クラウンはどう思う?」

「……まぁ、良いんじゃないかい? でも、出来るだけ暗殺者らしく、正面戦闘なんてするんじゃないよ? そう言うしんどい所はアンドリューに任せるんだ」

「なるほど……まあ、折角だし楽させてもらおうか」

「待ってください」


 シャーロットが堅い声で呼び止める。


「言っとくけど、俺は行くぞ?」

「ええ、それはもういいです。ですから、お祈りだけ」


 水筒を取り出し、親指を少しだけ濡らしながら、シャーロットが言葉を続ける。


「『主よ、慈しみ深い我らが神よ、彼に息災を、彼に安寧を、彼に幸運を』」


 シャーロットの魔力がうねり、魔法となってクイームを包み込む。

 無防備にそれを受け入れたクイームは、皮肉気に笑った。


「お前が神へ祈るとはな」

「えぇ、だって私、これでも聖女ですから」

「けぇーっ、どの口で言いやがる……」


 それだけ言い残して、クイームは姿を消した。

 影の世界に生物がいる限り移動することは出来ないのだから、移動したクイームが影の世界を使っていないことは明白だが、それでも魔法の様に。


「シャーロットってさぁ……」

「なんですか」

「結構露骨だよね」

「……」


◆◇◆◇


「で、俺がやって来たってわけ」

「ちょっともうどこから突っ込んだらいいのかわからん」


 最下級の魔物が全て死に、それ以上の魔物も大体死に、数少ない幹部クラスも結構な数を討ち取り。

 気が付けば、魔王軍はまさかの全軍撤退。街はほとんど無傷で生還というまさかの偉業であった。


 そんな偉業を達成した勇者一行は、見捨てるつもりだった街へ凱旋するという罪悪感をちくちく刺激されるイベントをこなし、抑えておいた宿に集まって、クイームから事の顛末を聴いていた。


 まずは5日間の強行軍。そして2日での魔王城攻略。タイミングを見計らっての奇襲攻撃。

 そして、なぜか聖剣も使わずに倒せてしまった魔王。

 自分でも信じられなくて死体を念入りに火葬したとか、証拠代わりに魔王の服飾品を1つかっぱらっておいたとか、城の間取りがどう見ても素人建築だったとか、そんな小噺も色々あったが。


 やはり一番気になるのは、魔王を討伐するのに聖剣が必要無かったという事実だった。


「だって、それで良いんだったら、最初からクイームに暗殺の依頼出せばよかっただけじゃん?」

「いやまぁ、俺も魔王が操作に集中してなかったら、あそこまで完璧に不意打ちが出来たとは思わなかったけど……まあ、聖剣で止めを刺すって言う縛りが無ければ、勇者パーティなんてことしなくて良かったのは間違いない」

「それこそクイームに依頼を出すでもいいですし、軍を起こすでもいいですし……ああでも、国の軍隊って大体出払ってるんですよね……」

「そうだね、ここみたいな大きめの街でも無けりゃ、治安維持すらままならないってのが現状だったし」


 聖剣が元々安置してあったのは、教会の元締めである教国だ。魔法使いを『使徒』として収集し、魔法を奇跡と称して布教を続け、絶対的な影響力を持っている。

 教国が位置するのは大陸北部で、魔王城があったのは大陸南部。聖剣を安全に魔王の元まで護送するためという理由で、勇者パーティの旅の出発点は教国だった。


 結果として、彼らは大陸中を練り歩く諸国漫遊の旅へ漕ぎ出すことになった。


 その道中で見てきたものは多岐にわたるが、なにせ今はどこもかしこも戦乱の時代。国境を超えるだけでも一苦労だったのだ。

 おかげで醜く汚いものも随分見てきた。街の若い衆が自警団をやっていて、彼らでは手に負えない存在をこっちで始末してやった、というようなことも何度かあったのだ。


「だとしても、教会だって武装神官団ぐらい保有してますし、私たちだけで派遣された理由は結局謎なんですよね……」

「元々違和感だらけの仕事だったが、ここにきて一気にキナ臭くなってきたな……」


 アンドリューは元々傭兵だったので、依頼内容で釣り出して『騙して悪いが』と奇襲を受けたことぐらいはあるし、そうでなくても依頼主の真意が不明な仕事も多くこなしてきた。

 そんなアンドリューをもってしても想像を遥かに超える、壮大な計画の一部に組み込まれているかもしれない。

 そう考えると、たとえ自分には無害であっても恐ろしいものだ。


「まあ、真意はともかくとして、だ。これの仕掛け人は、恐らく『聖剣で魔王に止めを刺すこと』を目的としていた。聖剣でないと云々はそう誘導するための真っ赤な嘘。ここまでは多分確定だろうな」

「問題は、その仕掛け人が誰かって事だよ」


 聖剣でないと魔王に止めを刺すことは出来ない。

 これを元々言っていた人間を照合すると、クイームは依頼主の国王から、シャーロットは実質的な教国のトップである教皇からだ。クラウンとクイームは後から加入したので、その時に2人から聞いた。


「国王と教皇か……情報元としては最強だな。疑う理由が無さ過ぎる」

「全くだ。この二人に嘘を吹き込んで自由に言わせるってなると、こりゃもうそいつが真の魔王だぜ」

「言えてる」

「だが、とりあえずそいつを特定する情報は無い。となると次にどうするかを考えるべきだと思うが?」

「確かにな……」


 ちら、と外を見る。

 随分日も暮れて、もう少しで日没。そろそろ何か灯りが欲しい頃合いだ。


「一旦、休憩時間にするか。その間に、各自で何か案を考えておく、という事で」

「異議なし」

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