突撃

 赤髪の勇者、アンドリューが懐中時計を睨みつける。

 作戦決行のタイミングまで残り1時間。周囲を探れば、この街の常駐戦力どころか、志願兵の士気まで高まっている。


 1週間後までに援軍が来なければ、この街を救うためにこちらから仕掛けると通達すると、あれよあれよという間にこうして戦力が膨れ上がってしまった。

 今回の作戦は脱出が本命なので、行動を共にする部隊は身軽であるほど良い。そういう意味では、今回集まった志願兵は最悪だ。なにせ言葉を選ばなければ素人の群集団、烏合の衆でしかない。


 さりとて、足手纏いだからと却下する事も出来ない。

 表向きはあくまでもただの出撃であり、ならば戦力は多い方がいいからだ。そして如何に烏合の衆でも「突撃」と「撤退」だけならそれらしい動きが出来る。

 その上、後々のプロパガンダの為にアンドリューは勇者的な言動を徹底しなくてはならない。出撃した奴はほぼ100%全滅するだろうから、ある意味気にしなくて良いかもしれないが。


 ハッキリ言って、止めようがないのだ。そういう意味で、魔王軍の戦略は効果的に機能していると言える。


「まあ、別に俺とクラウンは何とかなると思うが……問題はシャーロットか」


 勇者パーティの面々は途中で合流したクイームも含めて、全員が極めて希少なかつ強力な魔法使いだ。特に魔王への唯一の対抗手段である聖剣を託されたアンドリューの実力は頭一つ抜けている。

 一方で、シャーロットは教会の権威付けの為に配属されたという側面が強く、その実力は他の面々と比べてやや劣る。

 比較対象が悪いといえばそれまでなのだが、それぐらいのぶっちぎった実力が無ければどうにもならない状況なのも事実。


「シャーロットを庇う分だけ進軍が遅れるとして、どのルートで脱出するか……」


 本命が大都市直通の幹線道路、対抗がより小規模な集落への移動、穴が山林地帯でのゲリラ戦、大穴で魔王城へ進軍。

 候補としてはこんな所か。


 しかし本命であるほど、それはそのまま魔王軍がそこに罠を理由になる。

 となるとバランスが一番良いのは山林に突入してのゲリラ戦という事になるのだが、この場合の最高戦力であるクイームが離脱しているという間の悪さ。


 いや、そもそもクイームが居れば魔王軍の現在の配置が詳細にわかり、次の手も考えやすい。

 一応アンドリューも似たようなことは出来るが、やはり隠密としての専門的な訓練を受けたクイームとは効率が違う。


「はぁ……ほんと、クイームの力はこれからも必要だよなぁ……」


 アンドリューとてそんなことは分かっている。

 同時に、聖剣という特効薬がそれ以上の価値を持っていることも。


 実際問題、この手しか無かったとは思う。

 しかし、他にもっと冴えたやり方もあったのではないか、とも思うのだ。


 そうして物思いにふけりながら、やがてその時が来る。

 クイームの奇襲攻撃まで、残り15分。


◆◇◆◇


 正午の少し前。

 聖剣に選ばれた勇者、アンドリューが外壁の上に立ち、集まった兵士たちへ演説を始める。


 それをどこか上の空に聞き流しながら、シャーロットは開いた教会の経典を指で撫でる。

 シャーロットは聖女などという立場に祭り上げられてこそいるが、神の存在を信じていない。より正確には、信じ崇め奉るに値する神の存在を信じていない。もしそんな存在がいるのだとしたら、この世界の奇跡は偏り過ぎているからだ。


 同時に『祈り』という行為が人類に備わった本能であることも理解している。

 だからこそ、神でも何でもない、不定形で曖昧模糊とした『何か』に祈る。


 自らの無事、彼の無事、作戦の成功、安らかな眠り、彼らの生存……そういった色々なものを。


 自分が何を何に祈っているのか、シャーロット自身もよくわかっていなかった。しかし、定義すら他力本願な願望の垂れ流しこそを祈りと定義するシャーロットは、これこそが祈りであると確信していた。


 その漠然とした祈りが、彼女の魔法の源泉となる。


「行くぞぉぉぉぉおおおお!!!」


 アンドリューが声を上げ、門が開く。

 それと同時に、シャーロットの魔法が光の波となって友軍の全てに行き渡る。


「おぉ……これは……」

「まさに奇跡だ……」

「神の軍勢、俺たちは神の軍勢だ!」

「戦え……戦え。戦え、戦え戦え戦え戦えぇぇぇぇぇええ!!!」


 熱に浮かされたように士気を上げる兵士たち。

 それと対照的に冷淡なまま経典を閉じるシャーロット。


「神様の慈悲、ってかい?」


 からかうような口調でクラウンが言う。


「合理性の話ですよ。最低限は戦えるようになってもらわなければ、こんな徴兵まがいの事態と割が合いません」

「だから、全員死兵にするって?」

「その覚悟も無いくせに魔物との戦場に出ようと言うのなら、どうせ死ぬのですから同じ事でしょう」

「後は戦意を保ったまま、苦しむことなく一息に、か……」


 確かに怯えて腰砕けになるよりは、前のめりに剣を振るった方が活路はある。だから本来の人格をある程度封じ込めて、強引に剣を振るわせた方が良い。

 とはいえ、結果的に命を救うのだから人道的、とは言い切れないのも事実。


 その上で、クラウンは複雑で苦々しい思いを飲み込んで、兵士たちが死兵になる事を黙認した。

 飲み込めるようになってしまった自分を、どことなく嫌悪しながら。


「じゃ、アンドリューの所に行こうか」

「はい。よろしくお願いします」


 クラウンの背中に飛びついたシャーロットは、そのままクラウンの体を抱きしめ、両手両足で自分の体を固定する。

 魔王征伐の道中にてアレコレ試行錯誤したが、結局このスタイルが一番早かった。それ以来、進軍速度が必要な時はこうするようになったのだ。シャーロットは顔が良いし、クラウンも負けず劣らずのイケメン女子なものだから、無駄に目を引くのが難点である。


「来たな。準備は?」

「万全」

「忘れ物も無し」

「よし……突撃ィイイ!!!」


 アンドリューの絶叫に合わせて、兵士たちが走り出す。

 勇者パーティの3人は、その集団の先頭を行く。


 当然、最初に魔物と接触するのは彼らだ。


「俺が攻める。クラウンはシャーロットを守ってろ」


 返事も効かずに、アンドリューが消える。

 次の瞬間、魔物の背後に現れたアンドリューが聖剣を振るうと、明らかに剣が届かない場所にいた魔物を含めて、周囲の魔物が同時に切り刻まれた。


 聖剣は、魔王に止めを刺せる唯一の武器とされているが、魔王以外に対してはただただ頑丈なだけの長剣に過ぎない。魔物の存在を持ち主に伝える機能こそあるが、その警報は抽象的で弱々しく、適合していない人間が持っても聞き取ることは出来ないという、『聖剣』を冠するにはちょっと残念な剣だ。


 つまり、この異常な斬撃現象は全てがアンドリュー個人の能力によるものである、という事だ。


 長い事一緒に旅を続けているクラウンやシャーロットも、アンドリューの魔法がどのようなものであるかは知らない。

 こうして後ろで見ていても、まるでアンドリューだけが別の法則で動いているかのような意味不明っぷり。


 居なくなったかと思えばどこぞに現れ、周囲を切り刻んでは消えていなくなる。

 瞬間移動と多重斬撃による無限奇襲戦法、とでも言おうか。


 クラウンがこうしてアンドリューが戦う姿を見る度に、なるほど勇者なんてものに選ばれるだけの事はある、と納得してしまう。

 自分やクイームも魔法使いとしてはアタリの部類だとは思うが、アンドリューはモノが違う。


 最も、一番無法な力をしているのは、今背負っている聖女シャーロットだとも思うが。


「ん」


 クラウンの肩がシャーロットに叩かれる。シャーロットの指さす方向を見ると、明らかに他の魔物とは一線を画する存在がこちらを睨みつけていた。


「アンドリュー! 7時の方向に幹部クラスがいるぞ!」


 古き良き『大声』という伝令によって脅威を素早く伝えたクラウンは、そのまま自分も魔王軍幹部へと迫る。

 それを背中で感じたシャーロットが、クラウンの耳元でささやく。


「『彼が言う。汝の敵を愛せよ。他人を理解し逆手に取るなら、無尽の愛こそ武器となる』」


 言い終わった後のシャーロットはまた背中に引っ込んだが、ここからはクラウンの仕事だ。


「骨格は人型、身長は2m前後、体重は90㎏前後、毛皮で筋肉質、攻撃方法は爪、牙、魔力砲撃……」


 視界に納めた敵について、本来視界に納めただけではわからない様な情報まで手に入れ、戦法を組み立てていく。勿論シャーロットへの負担も少ない様に、だ。


 もっとも、そんなものは常に一つしかない。


「つまり全部フィジカルでねじ伏せる!」


 思いっきり地面を踏み込んで加速し、距離を一気に詰める。

 様々な中遠距離攻撃で接近戦を嫌うその魔物だったが、その全てを正面から跳ね返して、最も得意な至近距離へ。

 そして全員の筋肉を総動員してその場でパワーを溜め込み、右拳に集約させて解き放つ。


 とても素手による打撃とは思えない轟音が鳴り響き、魔物は1m程浮かび上がる。

 苦痛と浮遊で無防備になった魔物に、アンドリューの多重斬撃が襲い掛かり、バラバラ死体の完成である。


「さて……」


 ひと段落したところで、クラウンが周囲を見回して戦況を見立てる。アンドリューが盛大に散らかした所に兵士たちが食い込み、腰が引けている魔物を一方的に攻撃できる構図になっている所は優勢だ。しかし、逆にそれ以外の所は全て劣勢といった感じ。


「……まぁ、魔法使いじゃない人間の戦力なんてこんなもんか」


 見ていてあまり気分のいいものではないが、同時に予想できていたことでもある。衝撃そのものはそう大きくなかった。


 最下級の犬だか豚だかよくわからない様な魔物相手でこれだ。

 それ以上の存在が何千何万と投入されている現状が、如何に絶望的であるかがよくわかる。


 言ってしまえば魔法、ひいては魔力がもたらすアドバンテージが極端に大きいだけだが。全員が魔力を使える魔王軍がそれだけ脅威的という事でもある。


「クラウン、作戦に集中してください」

「あぁ……そうだね……」


◆◇◆◇


 アンドリューをはじめとする勇者パーティが大暴れする中、突如すべての魔物に衝撃が走る。

 最下級の魔物が周囲へ無差別に攻撃をはじめ、動揺した中位の魔物が数を頼みにした最下級の魔物に次々落とされていく。それを見て部隊を取りまとめようとする幹部級の魔物だったが、その指揮にキレは無く、変に権力があるものだからかえって混乱を助長するばかり。


「来た」


 この異常事態をクイームによる特攻の成果と判断したアンドリューは、速やかに残りの2人と合流した。


「これって」

「間違いない。クイームがやったんだ」

「ッ! ……急ぎましょう。いつまでこの好機が続くか」

「勿論だ。南東に向けて包囲を突破する」


 南東。その方角は、この街から魔王城へと向かう方角である。

 候補としては大穴。自爆特攻に近い選択だ。


「大丈夫なのか?」

「本当は山林でゲリラ戦と行きたかったんだが、クイームがいないのでは片手落ちだからな。これ以外だと罠が張ってある可能性も出てくる」

「分かりました。それで行きましょう」


 全員が口に出さなかったが、同時に全員がなんとなく『もしクイームが生きていたら合流しやすいだろう』という楽観的な思いもあった。

 そんなわけがない、という理性が強く働いているから誰も言わなかったし、変に期待なんてしない方が良いという発想が染みついていた。


 結論から言えば、その楽観こそが真実を突いていたわけだが。


◆◇◆◇


 魔物の混乱に対して即座に進軍方向を南東に変えた勇者パーティの動きは、他の兵士たちも見ていた。

 それを『混乱に乗じて指揮官を狙い撃ちにするつもりだ』と解釈することはそう不自然な事ではない。そして、シャーロットの魔法で若干狂戦士になっている兵士たちが、その後ろを追いかけたことも。

 主な目撃者が勇者パーティの近場、つまり魔物相手に善戦していた連中と言うのもこれを助長する。


 そして、勇者パーティの進軍先にいた『一際強力な個体』を、今回の包囲戦における前線指揮官であると誤認したことも。


「おうおう、まさか出撃してくるとは思わなかったが、それ以上にウィードの雑魚どもがこんなことになるとは思わなかったなぁ」


 その魔物は、鳥の要素を全身にちりばめた人間の様な見た目をしていて、人間と同じように言葉を話した。


 人間の知能に、動物の能力。

 少し考えるだけでも、それが如何に脅威的であるかわかる。おまけに、魔力を使えて敵対的と言うのだから、人類の天敵と言っても過言ではない。


「これはそっちの策略かい? だが……」

「答える必要はない。俺はお前を倒す為にここに来た!」


 完全にフカシだったが、状況的にも説得力があったし、アンドリューはこういうなんかいい感じの勇者っぽい振舞いが割と板に付いていたので、とりあえず誰も疑わなかった。


「ほーう? 地を這いずるだけのゴミが、言うじゃねえか!」


 両腕に力を込めた魔物が高速で飛び上がる。

 それと同時に、シャーロットが声を上げる。


「『すべての命は海から来て、地を揺すり、海へ還る』」


 言葉を言い終わった瞬間、魔物が飛行能力を失った。


「は……?」


 呆然とする魔物。空を飛ぶのに特別な能力など必要無かったこの魔物は、故に特別でない力さえ奪い去られたことに動揺を隠せなかった。


 そしてそんな動揺を見過ごす程、アンドリューは甘くない。


「じゃあな」


 魔物の傍に瞬間移動したアンドリューが、聖剣を振って大量の斬撃を生み出し、魔物を粉みじんにした。


 即座にシャーロットに瞬間移動したアンドリューが礼を言う。


「ありがとう、助かった」

「いえ。翼を奪わないと時間が掛かり過ぎますからね」


 声に出さず、怖いわー、とだけ頭の中で念じるクラウン。

 実の所、クラウンを除く全員がクラウンに対して同じことを思っていたりもするが。


「では進みましょう」

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