第29話

 拠点を出た後、蓮の背中に緊張が張りつめていた。

そこへ鷹真が駆け寄ってきて、不安げに問いかける。


「蓮! 何があったの?」


蓮は立ち止まり、握りしめた拳を震わせながら低く答える。


「俺に……計画がある。黒瀬は、人間じゃなかった。あいつは半分、禍憑だった。……だから、俺が止める」


その言葉に鷹真の瞳が大きく揺れる。

彼女は首を振り、必死に叫んだ。


「ダメ! 今の蓮じゃ勝てない! それに……もし殺されちゃったら、私……」

言葉が詰まり、涙混じりの声になる。


そこへ神谷が歩いてきて、二人を見やる。


「何があった?」


蓮は短く状況を伝えると、神谷は眉間に深いしわを刻み、重く唸った。


「……黒瀬が半禍憑、か。最悪の事態だな」


そして真剣な眼差しを蓮に向ける。

「で? その“計画”ってのはなんだ」


蓮は一瞬、二人の視線を避け、そして何かを心に決めたように小さく頷いた。

「……二人にしか話せない。俺の考えは――」


二人に短く耳打ちをした後、蓮は無言で歩き出した。

神谷はその背中を見送るしかなかったが、やがてきっぱりと口を開く。


「俺も一緒に戦う。お前一人に背負わせる気はない」


蓮は首を振った。

「いや、これは俺が――」


「一人で戦うよりはマシだろうが。無茶するな」

神谷の声は強く、拒絶を許さなかった。


鷹真はそのやり取りに目を見開き、呆然としていたが、やがてぎゅっと拳を握りしめた。


「なら、私も行く。……蓮を一人で行かせるなんてできない!」


予想外の強い言葉に、蓮は言葉を失う。

神谷はわずかに笑みを浮かべ、鷹真に頷いた。


こうして、孤独に戦うつもりだった蓮は、気づけば二人の仲間と共に歩き出していた――。


三人は黒瀬を追って、再びアジトへ戻った。

一歩踏み入れた瞬間、そこはまるで迷宮だった。

入り組んだ通路が複雑に重なり、左右どちらへ進んでも似たような光景が広がる。石壁は湿り気を帯び、滴る水が足音と混ざり合って響いた。


「……ここ、さっきも通ったよな」神谷が低く呟いた。

「違う道を選んだはずなのに……」蓮は唇を噛み、焦燥を隠せなかった。


そんな時、通路の奥から不気味な声がした。

禍憑の群れが影のように現れ、三人へ迫ってくる。

「来るぞ!」蓮が剣を抜いた。神谷も構える。


だがその瞬間、鷹真が一歩前に出た。

「邪魔よッ!!」

閃光のような剣撃が走り、禍憑は一瞬で真っ二つに斬り裂かれる。

悲鳴を上げる間もなく、黒煙となって掻き消えた。


「……っ」蓮も神谷も息を呑む。

だが鷹真は一向に気に留めず、苛立ちを隠さず神谷を睨みつけた。


「ねぇ! いつまで迷ってるの!? 全然進めてないじゃない!」

「お前だって道わかんねぇだろ!」神谷も声を荒げる。

「同じとこぐるぐる回ってるだけじゃない! どうするのよ、これ!」


神谷が半ばやけになって吐き捨てる。

「だったらもう……壁でも壊せばいいだろ」


冗談半分の言葉だった。

だが鷹真の目は真剣そのものだった。


「……そうね。その手があったわ」

次の瞬間、彼女の剣が振り抜かれた。


轟音。

石壁が粉砕され、破片が飛び散る。

通路の奥に、新たな空間が無理やり切り開かれていた。


「お、おい、本気でやるなよ……」神谷は呆れ声を漏らす。

だが鷹真は振り返りもせず、「行くわよ」と進んでいく。

蓮は黙ってその背を追った。胸の奥に渦巻く感情を抑え込むように。


――黒瀬を止めなければならない。

その一心だけが蓮を突き動かしていた。


幾度も壁を壊して進んだ先、視界が急に開けた。

広大な空間。冷たい石床が広がり、天井は高く闇に溶け込んでいた。

中央には、一脚の椅子。そして、そこに腰を下ろした黒瀬がいた。


彼は目を閉じ、まるで深い眠りに落ちているかのように見えた。

しかし足音が響くと、ゆっくりと瞼を開き、無言のまま蓮を見据えた。


「……来たか」

その声は低く、冷たかった。


「黒瀬……!」蓮は一歩前へ出た。

心臓が痛いほどに鼓動する。視線を逸らすことなどできなかった。


「正体を表せよ、クソ野郎!」

蓮は初めて口汚く叫んだ。その声は空間に鋭く響き渡る。

神谷も鷹真も驚き、息を呑む。


「お前が……夜嵐なんだろ!」


静寂。

黒瀬はしばし無言で蓮を見つめ、やがて口角を吊り上げて笑った。


「……気づいていたか」

低い声で呟く。

「まあ、当たり前か。そう、俺が夜嵐だ」


その瞬間、空気が一変した。

冷気と殺気が入り混じり、まるで空間そのものが黒瀬の意思に支配されていくようだった。


黒瀬が立ち上がる。

その瞳には、今まで見せたことのない怒りの炎が宿っていた。

彼は腰の刀に手をかけ、ゆっくりと抜き放つ。


――キィィン。

鋼の響きが石の広間に反響する。


次の瞬間、黒瀬の姿が掻き消えた。

「避けろ!」神谷が叫ぶ。


蓮の首を狙う刃が目前に迫る。

だが狐が飛び出し、鷹真を押し留めた。


「鷹真、下がれ!」

神谷が叫ぶと同時に、彼は剣を交差させて黒瀬の刃を受け止める。

金属が火花を散らし、轟音が響き渡った。


「くっ……!」神谷は押し返されながらも隙を作る。

「今だ、蓮!」


その声に応じるように、蓮は全身の力を剣に込めた。

頭で考えるよりも先に、身体が勝手に動き出す。


彼はただ黒瀬へと突き進んだ。

剣が導くままに、心の奥底に燃える怒りを刃に乗せて。


――黒瀬と蓮の戦いが、ついに幕を開けた。

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