第28話

 拠点の重たい鉄扉が閉じられ、外から差し込んでいた街の光が遮断された。

分厚い閂がかけられ、重苦しい音と共に「閉ざされた」感覚が全員を包み込む。中にはもう入れない。


血と焦げ臭い匂いが立ち込める道路で、蓮は激しく息をつきながら篠森に向き直った。

「――なんでだ! なぜ、あんな無差別に人を殺した!」

その怒声は、今まで冷静だった蓮からは想像できないほど鋭く、拠点の壁に反響して響き渡った。


篠森は目を細め、静かにしかし断固とした口調で言い返す。

「禍憑になった時点で、人間じゃない。あれはもう敵だ。倒さなければならない」

その声には迷いも揺らぎもなく、長年ハンターとしてやってきた者の確信だけが宿っていた。


蓮は食い下がる。「だとしても……まだ意識があった! あの目は助けを求めてただろ!」


しかし神谷が重々しく頷いた。「篠森の言う通りだ。禍憑になった時点で、俺たちにできるのは止めを刺すことだけだ。情に流されれば全員が危険に晒される」


「神谷さんまで……」蓮は苦しげに呟いた。


灰原と真堂にも視線を向ける。

「お前らはどう思ってるんだ! 本当にそれでいいのか!」


灰原は少し視線を伏せたが、やがてきっぱりと答える。

「……篠森さんの言葉が正しいと思う。俺たちは生き残るために戦ってるんだ」


真堂も無言で頷いた。重い沈黙が流れ、蓮の胸を締め付ける。


蓮は唇を噛み、神谷に問う。

「……夜嵐は、どこにいる」


神谷は目を伏せて答える。「わからない。奴の動向を掴んだ者はいない」


その言葉を聞くと、蓮は背を向け歩き出した。

「……なら俺が探す」


「待って、蓮!」鷹真が声を荒げ、真堂も腕を伸ばす。

だが蓮は聞く耳を持たない。その背中には迷いのない強い意志が滲んでいた。


――その時。


「……行くな」


拠点の薄暗い廊下に、人影が現れた。黒い羽織をまとい、静かに立つ男――黒瀬だった。

冷たい眼差しで蓮を射抜き、低く響く声で言う。


「その先へ行くなら、俺を倒してからにしろ」


蓮は振り返り、睨み返す。

「……どけ、黒瀬」


「嫌だ。お前のやり方は危うい。俺はそれを止める」


黒瀬はゆっくりと鞘から刀を抜いた。刃が鈍い光を放ち、空気が緊張で張り詰める。

蓮も迷わず剣を構えた。


「やめろ!」鷹真が叫び、神谷も前に出ようとする。しかし二人の間に流れる殺気が、誰も入り込めない結界のように阻んでいた。


黒瀬の姿が一瞬消えた。次の瞬間、蓮の胴に鋭い切り傷が走り、血が飛び散る。

「ぐっ……!」

蓮は歯を食いしばりながらも剣を振るい、黒瀬の刀にぶつけた。金属音が拠点に響く。


その背後から、闇の中に潜んでいた狐の影が飛びかかる。禍憑の式神か。

牙が蓮の首筋に迫った瞬間、彼は渾身の蹴りで狐を弾き飛ばした。

そのまま勢いを乗せ、黒瀬に上段から剣を振り下ろす――が。


黒瀬の動きは目にも止まらぬ速さだった。

「……遅い」


刹那、空気が切り裂かれ、蓮の体が崩れ落ちる。道路に血が広がり、膝をつきながら剣で辛うじて身体を支えていたが、限界は近かった。


「やめて!」鷹真が叫んだが、黒瀬は蓮の体を背負い上げると、冷徹に告げた。

「……ついてくるな」


その一言を残し、闇の中へと消えていった。


――目を覚ますと、蓮は見知らぬ部屋の中にいた。

まだ痛む体を押さえながら起き上がると、椅子に腰掛ける黒瀬がこちらを見ていた。


「気づいたか」


「……ここは……」


「俺の隠れ家だ。安心しろ、外には誰もいない」


黒瀬は立ち上がり、ゆっくりと蓮に近づく。その表情はどこか苦しげで、怒りとも悲しみともつかない影が宿っていた。


「俺は――半禍憑だ」


蓮の目が見開かれる。


「禍憑の血を取り込み、人間の枠を超えた。強大な力を手に入れたが、その代償として人間でも禍憑でもなくなった」


黒瀬の声には自嘲が混じっていた。

「……だからお前にも勧める。蓮。禍憑になれば、誰も救えなかったお前の無力さを埋められる。仲間を守れる力を手に入れられるんだ」


だが蓮は即座に首を横に振った。

「……俺は人のままでいい。禍憑の力なんていらない」


その瞳には決意が宿っていた。


黒瀬はしばし沈黙し、やがて吐き捨てるように呟いた。

「……そうか。お前は俺と同じにはならないってわけだな」


蓮が部屋を後にすると、黒瀬はその背中を憎々しげに睨みつけた。

「……偽善者め」

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