第16話

 禍憑の灰が風に散り、炎の赤が夜空に吸い込まれるように消えていった。

 燃え残る木材の匂いと、血と煙の混じった重たい空気が、誰の喉にも刺のように絡みつく。


 蓮は肩で息をしながら、剣を地面に突き立てて膝をついた。

 両手はまだ震えている。今しがた握っていたのは、ただの刀ではなく――自分の命そのものだったように思えた。

 耳の奥で、まだ爆炎の轟きが残響している。


「……やった、のか?」

 背後で、煤まみれのハンターが呟いた。

 しかし、誰も返事をしない。皆、確かに勝ったはずなのに、その実感が湧かない。

 禍憑の断末魔はなかった。灰となるまでのわずかな瞬間、その瞳は、まるで笑っているように見えた。


 白神がゆっくりと蓮の隣に歩み寄る。

「立てる?」

 差し出された手を、蓮はしばらく見つめてから掴む。

 立ち上がると、剣の赤い紋様が淡く脈動していた。

「お前……限界を越えてたな」

 白神の声には、怒りよりも呆れと心配が混じっている。

「……あいつを倒さなきゃ、もっと死んでた」

「だからって、命を捨てる覚悟を簡単に使うな。お前はまだ――」

 白神の言葉は、遠くから響いた低い音で遮られた。


 ゴォォ……。

 煙の向こう、炎が完全に消えたはずの場所から、黒い波紋のようなものが広がっていく。

 地面が微かに揺れ、灰になったはずの禍憑の残骸から、何かが溢れ出していた。


「……おい、あれ……」

 誰かが震える声で指差した。

 それは液体にも気体にも見える、形を持たない闇だった。

 闇は地を這い、焼け跡を飲み込みながら、空中にゆっくりと立ち上る。

 そして、形を成し始めた。

 ――頭、腕、尾……禍憑とは違う、獣のような輪郭。


 白神の上司である男が、一歩前に出た。

「やはり核を破壊できていなかったか」

「核……?」蓮が問い返す。

「禍憑は倒しても、核が残れば再生する。今のは、第二段階だ」

 淡々としたその声が、逆に背筋を凍らせた。


 闇の獣は、咆哮と共に周囲の炎の残り火を吸い込み、体を赤黒く染めていく。

 その姿は、先ほどの禍憑とは比べ物にならない圧力を放っていた。

 ハンターたちは一斉に武器を構えるが、疲労と怪我で足が重い。

 蓮の体も限界に近い。呼吸は乱れ、握力は剣を落としそうなほど弱っている。

 ――だが、逃げる選択肢は最初からなかった。


「蓮」

 白神の声が、戦場のざわめきの中でもはっきりと届く。

「今度は、私と一緒に核を斬るぞ」

 蓮は頷き、深く息を吸った。

 恐怖を飲み込み、膝に力を込める。

 カルマレッドの紋様が再び輝き、刃先が低く唸るように震えた。


 闇の獣が跳躍した瞬間、戦場の時間が一気に加速した。

 爆風が頬を打ち、瓦礫が宙を舞う。

 その中で、蓮と白神は左右に分かれ、同時に駆け出した――。

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