第5話
悠斗は、蓮と女のやり取りを黙って聞いていた。
その顔に浮かんだのは――いつもと変わらない、あの柔らかな笑顔だった。
「……がんばれよ」
その声は軽い調子に聞こえたが、奥底には諦めにも似た響きがあった。
蓮の胸が締めつけられる。
堪えていた感情が溢れ、頬を熱い涙が伝う。
「……絶対、人間に戻すから」
その声は震えていたが、言葉には迷いがなかった。
悠斗の笑顔を失わせたくない――その一心だった。
少女は黙って二人を見つめていた。
その瞳の奥に、わずかに揺れる何かが宿っていたが、誰もそれに気づく者はいなかった。
悠斗の体が、糸が切れた人形のようにガクリと崩れ落ちた。
焦る蓮の前で、女は無言のまま素早く縄を取り出し、悠斗の手足を縛る。
次に腰のポーチから金属製の筒を取り出し、迷いなく悠斗の首筋へと突き立てた。
わずかな音とともに透明な液体が注入され、悠斗は静かに瞼を閉じる。
「眠らせただけ。……今のうちに、保護施設に運ぶ」
女はそう言い、悠斗を肩に担ぎ上げた。
そして懐から一枚の紙を取り出し、蓮の胸に押し付ける。
「ハンターになりたいなら――ここに行け」
そこには住所と、見慣れない印章が記されていた。
立ち去ろうと背を向ける女に、蓮が呼びかける。
「……名前は?」
一瞬だけ足を止め、女は振り返らずに答えた。
「――白神カナメ」
その名を残し、女は路地の奥へと消えていく。
蓮はしばらくその背を見送った後、美咲に向き直る。
「……一回、帰ろうぜ」
美咲は黙ってうなずき、二人はゆっくりと家路についた。
家に帰り着いた蓮は、玄関で靴を脱ぐ間もなく母親に声をかけられた。
「遅かったじゃない。買い物、ちゃんと――」
言葉を遮るように、蓮は今日の出来事を一気に話し始めた。
路地裏で悠斗が禍憑に襲われていたこと、白神カナメというハンターの女が現れたこと、そして悠斗が……もうすぐ禍憑になってしまうこと。
母親は顔をこわばらせながらも、最後まで黙って聞いていた。
「……無事で、本当に良かった」
深く息をつき、安堵の色を浮かべる。
だが蓮が「俺、ハンターになる」と告げた瞬間、母親の表情は一変した。
「何を言ってるの! あんな危険な仕事、絶対に――」
「やめろって言われてもやめない」
蓮は強く言い返した。
「悠斗は……もうすぐ禍憑になる。でも、根源の禍憑を倒せば人間に戻せるんだ。俺は……絶対にあいつを元に戻す」
母親は黙り込み、しばらく蓮の瞳を見つめた。
その眼差しに、恐怖も迷いもなく、ただ固い決意だけが宿っているのを見て――ゆっくりと目を閉じる。
「……わかった。好きにしなさい」
短く、しかし重みのある言葉。
蓮は深く頭を下げ、拳を固く握った。
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