第4話
少女は地面を強く蹴り、一直線に禍憑へ突進した。
その動きは人間離れしており、風を切る音が耳を打つ。
光を帯びた剣が振り下ろされ、禍憑の手に握られた“透明な何か”が一閃で切り裂かれた。空気が弾けるような衝撃と共に、それは霧のように掻き消える。
禍憑が低く唸り、左手の爪を振り下ろす。だが少女はその場で跳ね、近くの壁に足を掛けると、信じられない角度で駆け上がった。
壁を走りながら禍憑の背後に回り込み、その首元へ一直線に刃を走らせる。
――シュッ。
赤い光が一瞬だけ閃き、禍憑の体が硬直する。
そのまま膝を折り、重い音を立ててアスファルトに倒れ込んだ。動かない。
少女は軽やかに地面へ降り立つと、腰のポーチから小型の金属製のケースを取り出し、倒れた禍憑に近づく。
何事かを小声で呟きながら、そのケースを首元に押し当てた。低い駆動音が響き、蓮は何が起きているのか理解できないまま、ただ見つめていた。
「……あんた、一体何者なんだ?」
蓮が声をかけると、少女は顔を上げてニヤリと笑った。
「お礼くらい言ったらどう?」
「……ありがとう」
蓮と美咲は渋々声を揃えた。
少女は剣を腰に戻しながら、さらりと言った。
「私はハンター。別にあんたのストーカーとかじゃないよ。さっきの眼鏡で探知したら、引き寄せやすいヤツがいたから来ただけ。それがたまたまあんただったってだけ」
蓮は眉をひそめた。
“引き寄せやすいヤツ”――それは一体、どういう意味なのか。
透明な何かが消えた途端、悠斗の体を縛っていた力が解けた。
膝から崩れ落ちるように座り込み、大きく息を吐く。
少女――ハンターは悠斗のもとへ歩み寄り、無言で腕や首筋を念入りに調べた。
やがて、彼女の視線が悠斗の右腕に止まる。
そこには、赤黒く光る奇妙な紋章が浮かび上がっていた。複雑な線が絡み合い、見るだけで胸の奥がざわつく。
少女は短く息を吐き、蓮へと視線を移す。
「……こいつはもうすぐ禍憑になる。最後の挨拶をしとけ」
その言葉は、三人の胸を氷のように冷たく締めつけた。
蓮は言葉を失い、美咲は唇を震わせながら悠斗を見た。
「……私が、もっと早く気づいていれば……ごめん」
美咲の声は掠れ、目には涙が滲んでいた。
蓮は俯いたまま黙り込む。
少女がそんな蓮を見て、挑発するように言った。
「君は、何も言わないのか?」
蓮は顔を上げ、その目を真っ直ぐに向ける。
「……悠斗を元に戻す方法はないのか?」
少女は一瞬だけ黙り、視線を逸らした。
「……あるにはあるけど、不可能に近い」
「少しでも可能性があるなら、それを信じてやるんだ」
その強い目に、少女は言葉を失った。
数秒の沈黙の後、彼女は小さくため息をつき、説明を始める。
「禍憑が人間を禍憑にすると、その人間の体に“紋章”が浮き出る。禍憑になった者がさらに別の人間を禍憑にすると、同じ紋章が現れる。つまり――その紋章を持つ元凶の禍憑を殺せば、同じ紋章を持つ全員が人間に戻る」
美咲が僅かに息を呑む。蓮は即座に問い返した。
「悠斗の紋章の元凶は?」
少女の口元が固く結ばれる。
「……ハンター界で知らぬ者はいない、最凶の禍憑」
その言葉に空気が重くなる。
だが蓮は迷わず言った。
「なら――俺をハンターにしてください」
少女は目を細める。
「簡単に言うな。お前じゃ無理だ」
「なんでもする。どんな訓練でも、どんな条件でも」
蓮の言葉は真剣で、一歩も引かない。
少女は数秒見つめた後、不意に笑みを浮かべた。
「……いいだろう。面白い。OKだ」
その横で、美咲が呆れたように眉をひそめる。
「……なんて女なの」
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