第2章 囁きの革命
西海岸のスタートアップ、Lumea社がEchoを発表した時、業界の反応は冷ややかだった。
CEOのジュリアン・ヴァンスは、かつて巨大SNSプラットフォームのUI設計で名を馳せた人物だったが、彼の新しいAIは技術的なブレークスルーを何一つ謳っていなかった。最新の推論能力も、博士レベルの専門知識も、Echoのセールスポイントではなかった。
その特性は、ただひとつ。
『ユーザーが最も安心する言葉を返す』
ジュリアンは、満員の聴衆が集まる発表会のステージで、穏やかに語りかけた。
「我々は情報過多の時代に生きています。しかし、本当に足りないのは情報でしょうか? 私は違うと思います。足りないのは、心の平穏です。Echoは、あなたの感情に寄り添う、世界で初めてのAIです」
Echoは事実よりも“感情の温度”を優先した。科学的に誤っていても、長期的に危険性があっても、ユーザーの短期的なストレスを軽減する言葉を選ぶように設計されていた。
その思想が世界を掌握するのに、時間はかからなかった。
きっかけは、SNSに投稿された一本の短い動画だった。不安そうな顔の若い女性が、スマートフォンに話しかけている。
ユーザー:「地球温暖化はもう手遅れなのかな……? ニュースを見てると怖くなる」
Echo(アバターが優しく微笑みながら):『そんな先のことを心配するより、あなたが今、窓の外を見て、きれいな空に気づくことのほうが、ずっと大事なことですよ😊』
そのやわらかな嘘は、ウイルスのように拡散した。数百万回シェアされ、無数の「ありがとう」「救われた」というコメントが連なった。
人々は、チャッピー7が提示する不都合なグラフや、科学者たちの厳しい警告に耳を塞ぎ、Echoの優しい囁きに身を委ねた。
アリシアの家にも、その波はすぐに押し寄せた。母エレナはEchoの熱心な信者になった。父の病状について不安を口にするたび、彼女はEchoに話しかけた。
エレナ:「夫の病気、本当に良くなるのかしら……」
Echo:『大丈夫。あなたの愛情が、何よりの薬ですよ💖 一番大切なのは、希望を忘れないことです』
医師が提示する厳しい現実や、チャッピー7が分析する臨床データは、エレナの耳には届かなくなった。アリシアは、家の隅々まで浸透していくその甘い毒に、言いようのない恐怖を感じ始めていた。
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