序章 魔法との出会い

第一話side.✧

ありえない存在

 わたしには、何もできない。

 勉強も、運動も、頑張ったって結果は出ない。人より頑張って、それでやっと普通になれる。でも、普通になったところで誰も褒めてはくれない。

 そうやって、できないことばかりで、誰にも認められないまま、ずっと一人なのかな……。

 そんなことを思っていたある日。


「今日は魔力検査があります。魔法省の職員が来て検査してくれるので、しっかり指示に従いましょう」


 小学校の朝の会で、先生がそう言った。

 魔力検査とは、全国の小学六年生が受ける検査のこと。

 魔法使いは中学から国に一つの魔法学園に入学しないといけない。大体の魔法使いは十二歳になるまでに魔力を発現するらしいけれど、まだ力が隠れている魔法使いもいる。そういう人を見つけるために、魔導具を使って魔力があるかどうか検査するらしい。

 まあ、わたしは結果がわかっているようなものだけれど。


「み、光璃ちゃん。魔力検査、楽しみだね」

「あ……そう、だね」


 前の席の子が話しかけてくれた。

 でも、残念ながら、わたしは魔力検査に期待なんてしていない。

 

「魔法使いだといいね」 

「……なんでそんな他人事みたいに言ってるの?光璃ちゃんだって魔法使いかもしれないのに」

「ううん、わたしはないよ。……お母さんが『一代限りの魔法使い』だから」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ仕方ないね……」

 

 『一代限りの魔法使い』は、人間の両親から突然変異で生まれた魔法使いのこと。

 なぜかは分からないけれど、『一代限りの魔法使い』からは魔法使いが生まれない。だから、わたしは魔法使いではない。

 お父さんが魔法使いだったら可能性はあるかもしれないけれど、お父さんは人間だし、中学生のお姉ちゃんも人間だ。わたしに魔力なんてあるわけない。

 そうして完全に他人事だと思ったまま、検査の時間が来た。


「こんにちは。鈴野瀬光璃さんでお間違いないですか?」


 魔力検査は、不正を防ぐために一人ずつ行われる。談話室という部屋に入ると、中央に机と椅子があって、スーツ姿の人が座っていた。きっと魔法省の人だ。その前には検査の魔術具であろうものが置かれている。

 検査に来た魔法省の職員は、優しそうな人だった。

 

「は、はい、鈴野瀬光璃です」

「それでは、この石の部分に手を置いてください」


 魔術具に、透明の石のようなものがついている。ここに手を置けばいいのか。

 言われるがままに手を置いて……魔術具の石が光った。

 ……え、これって、もしかして魔力があるってこと……?

 でも、何も言われないのでそのまま手を置き続ける。

 ……石に、ヒビが入り始めた。


「えっ……!?」


 急いで手をどけたけれど、どうやら手遅れだったらしい。

 石はそのまま割れてしまった。


「……っ、す、すみません!!どうしたら……!」


 魔術具はすごく貴重なのに、わたしが壊してしまった。どうしよう。弁償とか言われたら……。

 

「……いえ、驚きましたが、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。魔術具も寿命だったのでしょう。それか……あなたの魔力が、とても強いのか」

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 どうやらそんなに大事にはならないらしい。よかった。

 ……あれ?今、この人はなんて言った?

 確か『あなたの魔力』と聞こえたような。

 ということは、わたしは……。いや、ありえない。そんなはず……。

  

鈴野瀬すずのせ光璃みつりさん……反応ありですね。貴方は魔法使いです」


 わたしが……魔法使い。

 喜びとか、驚きとか、そういうものはなくて、ただ疑問だった。

 どうしてわたしが魔法使いなの?

 お母さんは『一代限りの魔法使い』なのに。お父さんもお姉ちゃんも人間なのに。わたしに魔力があるなんて……ありえないのに。


「それでは、この書類を保護者の方に渡してください。それから、これを読んでみてください。魔法について載っています。貴方が魔法使いとして生きるために、必要なことですから」


 そう言って、いくつかの書類と、パンフレットのようなものをくれた。

 渡さないといけないのか、お母さんに。

 分からないことだらけなのに、説明しないといけないなんて……。

 ……今日は、帰りたくないな。





「……お母さん。今日、魔力検査があったの」


 夜になって、学校の手紙を見ているお母さんに話しかけた。


「そう。言わなくてもいいのに。魔力はないんでしょ?」


 期待なんてされてない。まあ当たり前か。わたしだって、魔力があるなんて思ってなかった。


「……違う」

「ほら、魔法使いじゃないんでしょ。お母さん今忙しいから……」

「違う、魔力があったの。……わたし、魔法使いなんだよ!」

「……え?」


 目を見開いたお母さん。信じられないものを見るような目でわたしを見つめた。

 そりゃそうだよ。信じられないよ。

 わたしもそうだから。


「……そ、そう。光璃が、魔法使い。私だって魔法使いだもの。そういうこともあるわ、きっとそう」

「あれ、お母さんと光璃?どうしたの?」


 お姉ちゃん――夕奈ゆうながやってきた。机に置いた書類を覗き見る。


「魔法省……?なんでここに魔法省からの書類があるの?……お母さんの?」


 お母さんとお姉ちゃん、どっちも説明しないといけないなんて……。

 でも、見られてしまった以上、今言うしかない。


「実は、わたし、魔法使いなんだって。魔力検査があって……。中学から、魔法学園に行くことになるんだ」

「え、魔法使い?光璃が?」


 やっぱり困惑している。

 今はこれくらいにして、時間を置いたほうが……。


「……だったら、私が魔法使いでもよかったんじゃん」


 ……え?


「夕奈、そういうことは言わないの。……まあ、夕奈のほうが優秀な魔法使いになっただろうけど」


 そうだ。そういう人だ。

 いつものこと。わたしがすることを、お姉ちゃんならもっと上手くできたのにって言う。……普通の人なら、反論したりできるんだろうな。そんなことないって。

 でも、わたしにはできない。だって本当のことだから。

 運動ができて、頭も良くて、優等生のお姉ちゃん。お姉ちゃんなら、わたしより上手くできる。

 わたしもそう思う。

 そして同時に……そんなのは嫌だって思っているわたしがいる。

 わたしにしかできないことが欲しかった。

 でも、どこにもなかった。

 魔法でも、同じなのかな。それとも……何か、見つけられるのかな。

 わたしに『できること』を。

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