第3話『不協和音のソナタ**』
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月曜の朝。清掃業者が、神崎健人のオフィスが入る高層ビルの、専用エレベーターの扉を開けた。そして、絶叫した。
エレベーターの内部は、赤いスプレーをめちゃくちゃに噴射したかのような惨状だった。壁、床、天井。そして、その中央には、まるで現代アートのオブジェのように、肉塊と骨が散乱していた。頭部、胴体、腕、脚。それはかつて、一人の人間だったものだ。
「……きれい」
自宅のソファで、由奈はそのニュース速報の映像を、うっとりと見つめていた。画面の向こうのアナウンサーが、金曜の夜から行方不明だったデータサイエンティスト、神崎健人の名前を口にする。
私の最高傑作。私の、健人くんへの愛の最終楽章。
計画の始まりは一ヶ月前。健人の浮気を確信したあの日から、私の日常は「準備」に変わった。まず、健人が役員待遇で使っている、カードキーがないと誰も乗れない専用エレベーターの構造を徹底的に調べた。メンテナンス業者を装ってビルに潜入し、設計図のデータを盗み見て、内部の寸法をミリ単位で把握した。
次に、ホームセンターで最も硬く、最も細いピアノ線を大量に購入した。0.8ミリ。人の指では切れない、しかし、凄まじい張力と速度が加われば、骨すら容易に断ち切る、死の弦。
そして、金曜の夜。
私は、健人の会社のエレベーター制御システムに、外部からハッキングを仕掛けた。
あらかじめ、エレベーターのかごの内部、壁から壁へと、蜘蛛の巣のようにピアノ線を張り巡らせる細工を、数日かけて深夜に少しずつ行っておいた。それは普段、天井裏に巧妙に隠されている。
「健人くん、今夜も遅いの? 心配だわ」
電話口で、私はか弱い妻を演じた。
「ああ、悪い。最終チェックがあってな。これから帰るよ」
その言葉が、最後の合図だった。
健人が専用エレベーターに乗り込み、1階へのボタンを押す。その瞬間、私はエンターキーを押した。
制御を乗っ取られたエレベーターは、通常の数倍の速度で、一気に最上階へと暴走を始める。そして、同時に、天井裏に隠されていた無数のピアノ線が、設定された位置へと一斉に射出され、エレベーター内部に張り巡らされた。
健人は何が起きたか理解できなかっただろう。
急上昇のGに体が床に押し付けられ、次の瞬間、まるで巨大なチーズスライサーを高速で通過するように、彼の体は、張り巡らされたピアノ線のグリッドを突き抜けた。
**ザシュッ、ブシュッ、グチャッ!**
皮膚が裂け、筋肉が断たれ、骨が砕ける音。
悲鳴を上げる間もなかったはずだ。コンマ数秒の間に、彼の体は、頭、首、胴、腕、脚、指の一本一本に至るまで、設計図通りに正確にスライスされた。それはもう、解体だった。
不協和音だらけだった私たちの関係。
お前が他の女と奏でた、汚らわしい三重奏。
それらすべてを、私はこの完璧な演奏で終わらせた。お前の五体をバラバラにすることで、ようやく私たちの愛は、静寂という名の美しい和音を取り戻したのだ。
ニュース映像に、鑑識官が何かを拾い上げる様子が映る。薬指だ。そこには、私が贈った結婚指輪が、血に濡れて鈍く光っていた。
「愛してる」
私は、テレビ画面の指輪のかけらに、そっと口づけをした。
「これで、お前の指も、腕も、唇も、もう二度と、私以外の女に触れることはないね」
永遠に。
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