炎浄巫女☆ゆきりん

maru.

ゆきりんとテンプレ謝罪文

「やば……また炎上してる」


制服姿のままベッドに座る女子高生・ゆきは、スマホを握りしめてつぶやいた。


タイムラインは、ある芸能人の不祥事で埋め尽くされていた。

画面に映るのは、白背景に黒文字だけの“謝罪文”画像。


《この度の件に関しまして、多くの方々にご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます……》


投稿から数分。怒りのコメントが吹き荒れる。


「テンプレじゃん」

「顔出して謝る気ないの?」

「で、結局なにしたかは書かないんだ?」


そのとき、スマホが震えた。


《エンジョー出現:渋谷スクランブル交差点付近》


「……やっぱり!」


画面の隅に、雪の形をしたマスコットAIがぴょこんと現れた。

その名もバズ丸。


「来たっすねエンジョー! 今回はかなり暴れそうっす!」


バズ丸がくるりと回転し、目をきらりと光らせて声を張る。


「説明しよう!!

この世界には、エンジョーと呼ばれる怪異がいるっす!

ネットに渦巻く怒りや悪意が凝縮し、人型や獣型になって現実世界に出現するヤベぇやつ。


ただの怪異じゃなく、存在そのものがネットとリアルをつなぐケーブルみたいになっていて、暴れれば現実の街が壊れるし、同時にSNSや動画配信、通信の仕組みまでバグらせるっす」


「本当、困った怪異だよね」


「っす!  道路がノイズみたいに崩れたり、ビルがエラー画面になったり……放置すればあっという間に世界は壊れるっす!」


ゆきはスマホを胸の高さに掲げ、目を細めた。

「今日は早く寝たかったけど……行かなくちゃ」


スマホの画面の奥で、雪の結晶が浮かび上がる。

次の瞬間には光が炸裂!

部屋の空気が一気に凍りつき、きらきらと雪の粒が舞い降りた。


「変身モード、起動っす〜!」

バズ丸の声が、鐘の音みたいに響く。


制服が光にほどけ、細かな雪片になって四方へ飛ぶ。

淡い水色の巫女風ドレスが咲くように現れ、手の中で光がねじれ氷の杖となる。

先端の雪の結晶が静かに回り始めた。


「インターネットの平和は、この私が守る!」

ゆきの声が、張りつめた空気を切り裂く。


「──炎浄巫女⭐︎ゆきりんっ!」


バズ丸が勢いよく跳ねた。

「決まったっすね! ちなみに“炎浄”って書いて“えんじょう”と読むっす! 炎上を浄化する巫女で覚えてくださいっす!」


「いっぱい説明してくれてありがとう。……さ、行こっか」



渋谷の夜。

吐く息が白く凍る冷たい空気の中、スクランブル交差点の上空に黒い“文字の炎”が渦を巻いていた。


“逃げた”

“もう信用ゼロ”

“結局黙秘かよ”


怒りの言葉が看板の映像を乱し、街灯の光を吸い込んでいく。

それらはひとつに集まり、黒いもやに包まれた人型を形づくった。

全身を這い回る罵声の文字が、吹き出しのように漏れ続けている。


「出たっすね──群体型エンジョー!」

バズ丸の声が弾む。


「芸能人の謝罪文炎上に、過去の発言掘り返し、ファン同士のケンカ……さらに煽り記事や動画まで混ざってるっす。複数の炎上が合体してるタイプっすね」


冬の風が文字を震わせ、ネオンが不規則に瞬く。黒い人型がじりじりと近づき、看板の映像がざらついていく。


「攻撃力も再生力も高くて、放置すればこの一帯のネットも街もバグバグになるっす!」


ゆきは眉をひそめ、杖を握り直した。

「うわ……厄介だね〜」


「まずは熱を下げるっす!」


「了解! ……じゃあ、ちょっと冷ましてあげよっか」


杖の先端に雪の結晶をかたどった魔法陣が、ひゅるりと回転しながら浮かび上がる。

「クールスタンプ、ぺたっ♪」


雪の結晶スタンプが次々と飛び、黒文字の表面にパチンと貼りつく。

触れた瞬間、怒りの熱がじわじわとしずまり、青白く凍りついた。

ビルのノイズが消え、ネオンが色を取り戻す。


だが、その一瞬の静けさを裂くように、黒い文字の奥底から、押し殺されていた言葉が暗い光をまとって噴き上がる。


“顔も見たくない”

“信じてたのに”

“さようなら”


吐き出された言葉は、怒りの奥に隠れていた悲しみを震わせていた。


「……冷やすだけじゃ、消えないね」


バズ丸がすぐに解析を告げる。

「炎上のトリガーは“本人の沈黙”っす。何も言わないことが、怒りの燃料になってるっぽいっす!」


「……わかるよ、その不安。返事がなくて、置き去りにされたみたいで、苦しいよね」


──あたしも、そうだった。

前に好きな人が炎上したことがある。

その人にどれだけ救われたかを思い出しては、どうにか擁護したくて必死に言葉を探した。

でも、何を書いても火に油を注ぎそうで、結局タイムラインをそっと流した。

その時の後悔は、今も胸に残ってる。


「だから……今度は沈黙じゃなくて、言葉で守る」


ゆきりんは一歩、エンジョーのもとへと踏み込む。

吹き荒れる怒声が頬をかすめ、杖の結晶が淡く光った。


「クールリライト!」


冷たい光が杖の先端から放たれ、怒りの言葉ひとつひとつに触れていく。


バズ丸が素早く解説する。

「これが“クールリライト”っす! 炎上した言葉の熱を奪って、隠れていた想いを引き出す技っす!」


触れられた黒文字は、やわらかい光に包まれ、優しい響きへと変わっていく。


ゆきりんは杖を構えたまま、静かに言葉を紡ぐ。

「“嘘つき”の裏には、“信じてた”がある」

「“消えろ”の奥には、“もっと見たかった”がある」

「“最低”の中には、“あの時救われた”がある」


凍りかけた文字が、一瞬だけあらがうように揺れる。

やがて、ひときわ強い黒い言葉が震え、その隙間からかすかな言葉が漏れた。


「……まだ好きでいたいんだ」


「じゃあ、その“好き”ごと、わたしが守る」


その瞬間、人型を覆っていた黒文字が一斉に凍り、砕け散った。

夜空に残ったのは、切ない余韻を持つフレーズたち。


“信じてたのに”

“どうして何も言わないの”


ゆきりんはそっと目を閉じ、深く息を吸い込む。

「最後は“言葉”で癒す番だね」


雪の粒が、杖の結晶に吸い寄せられていく。

凍った光が一瞬、花のように咲いた。


「ヒール・ザ・ワード!」


雪の結晶が舞い──

バズ丸が横から声を飛ばす。

「これは、怒りや悲しみを“やさしい言葉”に書き換えて、完全に鎮める必殺技っす!」


砕けた黒文字ひとつひとつに、あたたかい言葉が溶け込んでいく。

怒りの形はやわらぎ、悲しみも抱きしめられるようにほぐれていった。


「ずっと応援してた」

「あの笑顔に救われた」

「信じてるよ」


やさしい雪が世界を塗りかえ、エンジョーは完全に溶けた。

残ったのは、ひとつのメッセージ──


やっぱり大好き


その文字は、雪明かりとネオンに照らされて、冬の星よりもあたたかく瞬いていた。



戦いの後。

コンビニ前のベンチで、ゆきはホットいちごミルクを飲む。


街はすっかり静けさを取り戻していた。

けれど、それはあくまでSNSの産んだ“怪異”が消えただけ。タイムラインの向こうでは、まだ現実の炎上が続いている。


ゆきは夜空を見上げ、小さく息を吐く。──さっき守った“好き”が、誰かの胸で灯ってますように。


ふと、スマホが震えた。

今回炎上した芸能人の新しい投稿がタイムラインに現れる。


《何も言わないことで、もっと傷つけてしまったと気づきました。だから、これからは自分の言葉で話します》


ゆきはホットいちごミルクを一口飲み、ふっと口元をゆるめた。


「……それが、いちばん」


バズ丸がにこにこ回転する。

「さっきの浄化、チートすぎて草っす!」

「ネットスラングやめい!」

「でも好きっすよね?」

「……まぁね」


夜風が、少しやさしくなった気がした。

ネオンの色が、ほんのりと雪色に変わっていた。

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