第32話 鎮石の悪霊
「どうやら、本当に霊力をものにしてみせたらしい」
「……菅」
悪霊の霊力を吸い込む指輪に腕輪、そして胸元で依然として輝いている銀色のロケット。追いかけていた人物像そのままに、自分から僕の前に姿を現した男は相変わらず派手な装飾品に身を包んでいる。
「……少し驚きましたよ。春香の霊力を辿って来てみれば、まさかまだこんなところにいたなんて」
それに、あんな下らない演技をして僕を試す真似までして。犯人は現場に戻るものとはよく言うもので、この交差点は春香を奪われた路地裏からそれほど離れていない。
「日課の夜の散歩中だったんだ。人間観察、とも言えるかな」
菅は僕から五メートル程離れた場所、横断歩道から外れた交差点の中央付近で立ち止まると、落ち着き払った眼差しのまま繁華街に散りばめられた明かりの数々を見渡す。
「ここはいい場所だよ。数多の欲望が渦巻き、燻り続けている。悪霊の補充にはもってこいの場所だ」
「…………」
落ち着いているように見えて、菅の暗い瞳には隠し切れない獰猛さが見え隠れしている。
「それで、一体何をしに来たんだい?」
分かっていながらあえて試すように、菅はひどく軽い声色で僕に話しかけてくる。
「まさか、立花クンを取り戻そうとでも? 彼女はキミにとって、如月桜花の代わりに過ぎないというのに」
「代わりなんかじゃありません」
迷うことなく言い放ち、菅の眼差しを正面から見据える。
「桜花は桜花、春香は春香ですから」
ついさっきまでは散々悩んでいたものの、自分自身の想いを知った今なら自信を持って答えられる。
「……ほう」
菅は僕の内面の変化さえ汲み取ったのか、笑みの形を描いている片眉を微かに上げる。
「どうやら、変わったのは技量だけではないようだ」
「…………」
鋭利なものを含んだ菅の顔から目を逸らすことなく、牧浦さんと春香を手中に収めている屍術師に向かって歩みを進める。
「……何故キミを再び幽世に招き入れたのか、分かるかい?」
歩き出したその先で、菅の胸元のロケットからはいつかの黒靄が少しずつ漏れ出している。
「立花クンを手に入れた時に決めていたんだ。成瀬クン、もしもキミが悪霊になることなく、生きたままワタシの前に現れることがあったら」
黒い霊力はいよいよ菅の周囲を埋め尽くし、四つの横断歩道に囲まれた交差点の只中で僕の足を立ち止まらせる。
「その時は今度こそ、この手で始末してみせると」
ロケットの蓋は開かれ、内側に残っていた霊力を余すことなく解き放つ。地表に蟠っていた黒雲は溶け合い、混ざり合い、膨れ上がり、数えきれない変化を遂げた末に新たな人影を二つも作り出していく。
「……あの人達は」
神秘的な雰囲気を漂わせる純白の和服姿の女性に、可憐なピンクドレスで着飾った人形を抱きしめているカーディガンの制服姿の女の子。白髪や赤い瞳といった春香と同じ特徴を備えて、少しずつ晴れていく黒靄の中から見覚えのある彼女達が姿を現す。
名前は、確か
「楠木秋穂、澤井夏絵」
一方は聞き覚えのない名前、もう一方は思い出しかけていた名前。菅は二つの名前を慣れたように口ずさむと、二人の背後で勝ち誇ったようにも見える不敵な笑みを浮かべる。
「鎮石の力を秘めた悪霊二体、キミの命を終わらせるには十分過ぎる布陣だろう?」
「鎮石……」
以前菅の口から聞いたことは覚えているものの、あの時は結局どんなものかさえ分からずじまいだった。
「そう、鎮石。特異の霊力を秘めた霊物だ」
訳知り顔の菅は一歩分だけ前に踏み出し、二人の幽霊の背中へそれぞれ手を伸ばす。
「……!」
物を扱うように乱暴に、菅は和服姿と制服姿の背中に自らの腕を突っ込む。
「……一体なんのつもりだ」
突然過ぎる行動の意図を掴むこともできず、楠木秋穂に澤井夏絵、二人が菅の手で体の内側をまさぐられている異様な光景を目の当たりにすることしかできない。
「…………」
菅がどれほど体内を弄んでも、二人は無表情を保ったまま顔色を一切変えようとしない。実体の無い幽霊である以上、例え背中に穴が空いたとしても痛みに悶え苦しむことはあり得ないのだろう。
「……よくも」
それでも僕の目には、二人の表情が張り裂けんばかりの悲痛に見舞われているように見えてしまって。物扱いされている有様を見ているだけで、思わず歯ぎしりをしてしまうぐらいに熱いとぐろがお腹の中で渦を巻く。
「手短にだが話してあげようじゃないか。一時的だったとはいえ、半人半霊だったキミには鎮石について聞く権利がある」
吐き出す息が荒くなってきた頃、何かを掴み取ったらしい菅は二人の中に沈めていた両手を引き抜く。
「お守り……」
「この袋の中に入れてあるんだ。少々無骨な見た目をしているから、せめて見かけぐらいは整えておきたくてね」
楠木秋穂、澤井夏絵から取り出された緑色の巾着、青色の巾着。二人の霊核らしいお守り袋は菅の手に収まったまま、紐で縛られた開け口を独りでに開かせる。
「あれが……」
二つの袋口からは極小の物体がそれぞれ姿を現し、無遠慮で乱雑な軌道を空中に描いて浮かび上がる。
「あれが鎮石……?」
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