[1-2]真実

  ──幼い頃、親に連れられて親戚の集まりに行ったとき。

  和室の居間に置かれた机を皆が囲みながら談笑していて、窓の外は真っ暗。そんな空間で、会話に混ざることなく、母親の膝の上で眠る。

 今、その記憶が鮮明に蘇っていた。

「あ~、それでセイカが殺さなかったんだー」

 女性の、少し低めの声が耳に入ってくる。だが、俺は膝の上に頭を乗せたまま眠っていた。指先で畳を撫でながら、俺自身も頭を撫でられる。

「……そうなの。私、見つけたら即殺せって言ったんだけどさー。まぁ、さすがに緊急事態だったし、そこは怒らないけど……」

 多分、茶髪ウェーブボブの人物の声だろうか。周囲よりも落ち着いた、それでいて不安げな声だった。

「……問題は、上にどう伝えるかよ。私も、部下の命の恩人を殺したくはないしぃ……」

 その時、それが初めて”自分の話”だと気がついた。

「……あー」

 恐る恐る声を発すると、俺を撫でていた少女が「んー?」とこちらを見下ろす。

「……あ、起きちゃったの……」

 茶髪ウェーブボブがより一層不安げな声で言う。

「まぁいいじゃないですか。これで事情を聴けますし」

 頭を上げて机の向こう側を見てみると、青髪おかっぱの少女が見えた。三白眼で、その雰囲気はどこか少年に近い。

「あ、こんちゃっす」

 少し照れながら頭を下げるのを見るに、こちらを敵視しているわけではないらしい。

 その時、隣に座っていた茶髪ウェーブボブが咳ばらいをする。

 そちらを見ると、くりっとした可愛げな目で、真剣に見つめられた。

「……あなた、名前はある?」

 恐る恐る尋ねられ、こちらも緊張感に包まれる。

「……木原数きはらかず、です。カズが、名前デス……」

「そう。カズちゃん」

「あ、男です……」

「あっ、そうなの」

 そこまでやり取りして、茶髪ウェーブボブは初めて表情を緩めた。そこで「ちょっと失礼」と言い、紙コップのお茶を一口飲む。

「ミハリ~、こいつは生前の記憶があるんだぞー」

 俺を膝に乗せていた少女が言い放った瞬間、ミハリと呼ばれた茶髪ウェーブボブが茶を吹いた。

「うわっ、きたなっ」

 青髪おかっぱの少女が驚いて立ち上がるが、ミハリという人物は驚くどころか笑っていた。

「そ、そ、そんなこと、ある!? マジで!? マジマジマジマジのマジなのー!?」

 先ほどまでの落ち着いた雰囲気は壊れ、完全に笑い狂う狂人と化したミハリを見て、俺も釣られて口角が上がる。

「いや、お前は笑わなくていいぞ」

 が、すぐに口を押さえられる。見上げると、淡い赤髪の少女は三白眼をとがらせ、本気の顔をしていた。

「ミハリ。いまの私はマジだ。だから、マジで冗談じゃないぞ。だから、マジだ。マジでマジだ。マジでマジの私が言ってるんだから、マジでマジのマジに決まってる」

 ゲシュタルト崩壊を起こす俺だったが、そんなことはお構いなしに、事は進んでいく。

「……え、セイカちゃん、マジなの……?」

 ミハリが笑うのをやめ、淡い赤髪──セイカに尋ねる。すると、セイカはヘビメタ歌手のヘドバンのようなうなずきを見せた。あまりの勢いに髪が大きく舞っていた。

「……そぉれぇがマジならー、ヤバくないですか?」

 青髪の少女が零れたお茶を吹きながら口を挟んだ。余裕そうに聞こえる声だったが、顔は不安げだ。

「ヤバい……とかの問題じゃない」

 ミハリは呟くように言うと、すぐさま俺の顔を見た。じっと見つめた。

 沈黙の後、ゆっくりと口を開く。

「本当かどうか、確かめさせて……」


 それからは、もう長い尋問だった。

 通っていた学校名、両親の名前、家族構成、楽しかった思い出や、辛かった出来事、性癖まで、すべて聞き出された。プライバシーも糞もなく、全部吐かされた。

「へー、カズ君は”おっきいの”が好きなのね……」

「ごめんなー、私たち全員貧乳だー」

「いやー、なんか実際聞いてみるとキモいっすねー」

 人生でトップ5に入る屈辱の時間だった。

「──あー、こりゃマジで”記憶持ち”ね」

 だが、それを乗り越えて、俺はようやく信用されることとなった。

 ミハリが尋問を終えると、間が開いた。俺はすかさず質問を差し込む。

「あの! ……俺って、どうなったんですか?」

 すると、セイカを除いた一同は難しい顔をする。

「……あー、あなたは、『コピーガール』になったの……」

「コピーガール……」

 そういえば、姉からも民衆からも言われた気がする。「コピーガール」。以前にも、どこかで聞いたような気がした。

「……ほら、けっこう前から日本に大量発生してる、白髪はくはつおかっぱで13~14歳くらいの女の子の……」

 そこまで言われて、俺はようやく思い出した。

 いや、むしろなぜ忘れていたのだろうか。それくらいに、テレビでもネットでも、よく聞いていた単語だった。

「……それになったの。あなたは」

 ミハリは気まずそうにスマホをこちらへ向けた。パシャっという音がしたかと思うと、「ほら」と直後写真を見せられた。

「……はぁ?」

 そこに写っているのは、”俺”ではなかった。いや、体も縮んで、声も変わっていたので分かってはいたが……。

 白髪おかっぱで、目は三白眼。顔つきから骨格まで、まったく変わっていた。

「……コピーガール」

 ニュースやSNSで見た画像そのもの。「この髪にこの顔を見かけたら、すぐ逃げて通報!」と謳われていた少女の姿だった。

「俺が……?」

 直後、心臓の鼓動が速まるのが分かった。俺は、本当に俺でなくなってしまったのだ。俺が俺だと裏付ける根拠は、もうどこにもない……。

「おれ……? わたし……? きはらかず……? こぴーがーる……?」

 わたしは、だれだ?

 わたしは、どこのどなたさまだ?

 どこ?


 ここは、どこ?




 え?




「──しっかりしろ!」

 鋭い声と共に、鋭い痛みが手のひらを襲った。

 ハッと我に返ると、ナイフが手のひらを突き刺していた。

「あ、ちょっとユウコ! さすがにやりすぎよ! まだ慣れてないんだから」

 ミハリがそう言った途端、激痛が走る。もちろん、血の流れ出る手のひらから。

「……だって、精神崩壊寸前だったし……」

 青髪の少女、ユウコが刺したナイフのようだ。

「ほら、抜くぞー」

 「待って」と言う間もなく、セイカがナイフを抜く。

 途端に血が噴き出し、今まで感じたことのないほどの痛みでうなり声を上げる。

 が、それと同時に、未知の感覚に襲われた。

 その感覚は、痛みを塗りつぶすようにどんどん広がっていき、気がつけば激痛は消えていた。

「……はぁ?」

 そして、手も治っていた。残っているのは机に染みた血痕のみ。

「……どういうこと?」

 呆然とする俺に、ミハリがため息混じりに言う。

「コピーガールって、戦闘能力が異常に高いの。っていうのは、身体能力とか運動神経だけじゃなくて、”蘇生能力”も段違いだから。完全治癒にかかる時間は通常の人間の数百万倍だし、仮に生首になっても、時間をかけて全身が再生するのよ。脳が潰されない限りね」

 それを聞いて、俺はまじまじと手のひらを見つめる。本当に、傷跡すら残っていない。

「スゲェ」

 なんだか夢みたいで、少し興奮した。

 だが、事態はそう単純ではない。とっくに分かっていたことではあったが。

「……俺、これからどうしよ」

「カズ君は、『娘京地じょうきょうち』に送り込むわけにも行かないし……。だからと言って、このまま……」

 そこまで言って、ミハリも黙り込んでしまった。

 そこでただ一人口を開いたのは、呑気なセイカだった。

「私は! 私たちと同じ”ガーディアンの隊員”になったらいいと思うぞ!」

 直後、ミハリとユウコは目を見開いた。


 ──対コピーガール部隊「ガーディアン」。

 それは、”違法コピーガール”及び”暴走コピーガール”の対処をするために結成された、特殊部隊。

 地方ごとにブロックが分かれており、一ブロックの平均人数は四人ほど。にも関わらず、とても迅速な任務達成。

「……そんで、全員、異常に身体能力が高い。どうやって募集しているかも不明……。正体不明の……」

「ヒーローだ!」

 セイカが元気いっぱいに叫ぶ。

「……そこに、俺が……?」

「あぁ! ……やだ?」

「……いや、そうじゃなくて……」

 俺が状況を理解できずにいる中、ミハリは真剣な表情で何かを考えていた。ユウコはいつの間にか席を外していた。

「……いや、対コピーガールの部隊に、コピーガールの俺が入るのは……その、よくないんじゃ……?」

「いや、私たちも全員コピーガールだぞ?」

 その瞬間、ミハリがセイカに飛びかかった。

「なにバラしてんのよ!!!」

 とんでもない怒り具合だった。頭をポカポカと何度も叩かれるセイカ。

 だが、今はそれ以上に衝撃だった。

「……人間をコピーガールの脅威から守っていたのも、またコピーガール……?」

 瞬間、すべての点が線となった。

「……身体能力が高いのは、コピーガールの特性。……コピーガールを選別して、無理矢理に隊員にしているのか……?」

 そうなると、皆が「ヒーロー」と呼んでいたのは、我々と同じ人間ではなかったことになる。

「あーもういい! ぜんぶ話してやるわよ! カズ君、耳の穴かっぽじってよーく聞きなさい!」

「は、はい!」

「私たちは『公認コピーガール』って言って、国から特別に人間居住区への滞在を許されてるコピーガールなの。条件は、『人間居住区に侵入した”違法コピーガール”の捕獲と、暴れる”暴走コピーガール”を撃退すること』。そのために対コピーガール部隊『ガーディアン』が組まれて、私たちは人間たちにこき使われてるの。まぁ、案外楽しいけどね!」

 そこまで言い切って、ミハリは一息ついた。

「……まぁ、そんなことが一般人にバレたら、国の信頼はマイナスになって国家そのものが破綻するから、私たちはコピーガールであることの口外及び、一般人との必要最低限以上の交流を禁止されてるの」

 終始口をあんぐり開けて聞いていた俺だったが、ここまで来ると逆に納得してしまった。

「あぁ、そこに俺が入れば、コピーガール居住区の『娘京地じょうきょうち』に入らなくても良いってわけですね!」

「……いや、そうなんだけど。……そんな簡単な話じゃ……」

 ミハリは下を向いてブツブツと何かを言っていたが、そんなことはお構いなし、セイカは俺に後ろから抱き着いて言った。

「カズっちが仲間なら、私は大歓迎だぞ! 一緒にがんばろーな!」

 本来だったら突き放すはずの俺だったが、この瞬間は、なぜか素直に「うん」と頷いてしまった。なんだか、この友達は、”今まで”とは違う気がしたのだ。そう、どこまでも無垢で、優しかった。

「……そういえば、皆さんの名前って……」

「あー、私は唐沢美針からさわみはり。Cブロックの、一応隊長です。まぁ、『ミハリさん』とか、呼んでね。うん……」

 茶髪ウェーブボブ、ミハリがぎこちなく名乗る。

「私は、しーブロック隊員の八谷星花はちやせいかだ! セイカでいいぞー!」

 淡赤髪うすあかがみスーパーロング、セイカが名乗る。

「……あ、僕は、Cブロック隊員の古川裕子ふるかわゆうこです。んー、ユウコ”ちゃん”より、”くん”の方が……いや、何でもないです。……よろしく」

 気が付いたらそこにいた、青髪おかっぱ、ユウコが名乗った。

「えーっと、あと二人いるんだけど、一人はいま出張中。もう一人は……行方不明……」

 ミハリさんの言いづらそうな様子に、俺は好奇心を抑え、尋ねるのは控えた。

 そして、五秒が経った。

 ……十秒が経った。

 依然、全員の視線が俺に集中している。

「……あ、木原数きはらかず月呼つきよび高校の、一年生です……」

 そう言い終えて、恐る恐る表情を伺う。

「あ、ごめんね黙っちゃって。ありがとう。……よろしくね」

「あ、はい。よろしくおねしゃっす……」

 ミハリさんに申し訳なさそうに言われ、俺はガクッとうなだれるのだった。

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