コピー・ガールズ ―少女画一化戦線―

イズラ

【第1話】RED MEMORIES

[1-1]はじまり

「俺さー、彼女、できちゃったんだよね~」

 勿体もったいぶった口調で言い放たれた言葉が、俺の耳へと飛んできて、突き刺さる。

 聞き返す余地もなく、友は語りを続けた。

「部活のマネージャー。キユウって言うんだけどさー、あっちからコクってきたんよ。おととい。そんでそんで、OKって即答したらキユウ泣いちゃってさーっ」

 俺のたった一人の友達、スズリは、テレビのコメディアンのごとく、完全に自分のペースで話をしていた。前からそうだった。でも、今回は段違いに酷い。彼は、ここまで自己中な人間だっただろうか。

 劣等感という闇が、目の前の友の姿をシャットアウトし始める。そこに映るのは、悪魔の嘲笑ちょうしょうのみだ。

 俺は耐え切れず、席を立った。

 引き留める友の手を振り払い、荷物をスイングして背負うと、さっさと教室から出て行った。


「……またやっちゃったな」

 校門を抜けて、初めて息をつく。徐々に罪悪感の泉が吹き出てきた。

 ある日友達ができても、すぐに耐え切れなくなる。心が悲鳴を上げて、やがて逃げ出す。自分を取り巻く不自由から、逃げ出す。そして「孤独こそ自由だ」という思想へ、一時的に陶酔とうすいする。それもやがて耐え切れなくなり、また友達を作る……。その、繰り返しだ。

 シャッター街となった通りを独りで歩いていると、必ずある疑問が湧く。

「自由ってなに?」

 路地裏の闇に投げかけた独り言は、どこまで行っても独り言だった。今までは。

「──自由とは、革命だ!」

 今日が転換点だ。

 闇から伸びる手に、俺は引きずり込まれた。

 引きずり込まれ、押さえつけられた。

「革命だ!」

 闇の中で、数人の男が叫ぶのが聞こえた。たが、声はどこまでもか細い。身を隠しているのだ。悪事が発見されないように……!

 必死にもがいた。抗った。

 それでも、この不自由から解き放たれることはない。

「この世界! 我らの! 手の上にある!」

 小さな号令を重ね、ある男はニヤリと笑った。その手には、注射針。

「革命こそ自由だ!」

 直後、後ろ首に激痛が走ったかと思うと、世界は真の闇へと落ちていった。


 案外、すぐに目が覚めた。

 だが、それは体感時間での話。

 現実は、すっかり夜だ。路地裏の天井では、満月が輝いている。

 いつもと変わらない景色にホッとした俺だったが、ふと違和感に気づく。

 世界は驚くほどにスッキリ整然としていて、とても新鮮だった。それはまさに、産み落とされた赤ん坊が、初めて”外”を見たときのようだ。

 それを皮切りに、数多の違和感が湧き上がる。

 まず、制服のズボンの裾が長くなっている。ポロシャツも邪魔なくらいブカブカだ。靴も、靴下も同様。

「はぁ?」

 思わず発した声で、俺は確信した。

 「俺ではない」と。


「……どちら様でしょうか?」

 案の定、出迎えたお母さんは警戒した顔を俺に向けた。とても、愛する息子を見る目とは思えない。

「お母さん! それ、コピーガールだよ! 早く締めて!」

 姉ちゃんの顔が見えた直後、みぞおちを突くように押された。

 内側から鍵を掛ける音。どうやら、俺はもう家族ではないらしい。

 しばらくは玄関ドアの前に立ち尽くしていた。震える手で、インターホンも鳴らした。でも、扉の向こうから騒がしい足音が聞こえるのみだった。


 あてもなく、夜の繁華街をさまよう。

 行き交う人々の視線には気づかなかった。それくらい、心がパニックに陥って、まともに機能していなかったのだ。

 それでも、体は案外冷静だ。とにかく、向かう先はただ一つ。

 事情を話せば、保護くらいはしてくれるかもしれない。この際、逮捕でもいい。そうだ、警官のつま先を踏んでみようか。

「あれ、コピーガールじゃね?」

 その時、ようやく声が耳に入った。

 気がつけば、俺は民衆に囲まれていた。まるで、俺が駅前の大道芸人だ。だが、それとは違い、人々の目は冷たい。敵意すら感じられる。

 一人がスマホを向けて写真を撮ると、次々とフラッシュが浴びせられる。

「なんですか」

 下を向きながら呟いた声など聞こえるはずがなく、民衆に反応を返す者はいない。いや、仮に叫んでいたいとしても、誰も、返さなかっただろう。

 やがて、民衆の輪が段々と退いていくのが分かった。俺の憎しみが──殺意が大きくなっていたのだ。

「なんで……」

 しゃがみ込もうとした、その時。

「──皆さん離れてくださーい! 危険でーす! コピーガールから離れてくださーい! 大変危険でーす!」

 荒い音質の声が、ざわめきをかき消した。

 民衆の輪が更に大きく広がった。そして、一方の人々が道を開けたかと思うと、そこから会社員スーツを着た集団が現れた。

 全員が真っ白で顔のない仮面を被っており、その存在は、現代社会では異質そのものだった。

 先頭に立つ茶髪にウェーブボブの人物が、メガホンで叫んだ。

「皆さん、今すぐに離れてくださーい! さもなくば死にますよー!」

 突然の乱暴な発言に、民衆は少々どよめいたものの、どれも大人しく、その場から立ち去って行った。妙に従順な現代人たちだ。

 やがて一般人がいなくなると、立ち尽くす俺に怒声が浴びせられる。

「大人しく投降しなさい! さもなくば撃ち殺す!」

 リーダーらしき人物はメガホンを投げ捨てると、腰のベルトについたポケットから、黒い何かを取り出した。

 俺に向けられた”それ”は、見慣れるようで初めて見る道具だった。

「銃……?」

 まさか、俺は今、警察官に脅されているのか。心だけでなく、体までもがパニックになってきた。

 俺は「両手を上げる」という保身行動をせず、あろうことか地を蹴って走り出した。奴らとは逆方向へ。そう、背を向けての逃走だ。

 直後、銃声が鳴り響き、頬に何かがかする。とても痛い。

「止まれ! 分かるか? 走るのをやめろ! 足を動かすのをやめるんだ!」

 妙に具体的な指示に何か違和感を感じつつも、俺は走るのをやめなかった。やがて背後から複数の足音が聞こえたものの、繁華街を抜け、何度か角を曲がり、俺はやっとの思いで路地裏へと逃げ隠れた。

「……なんなんだ」

 今日は、何もかもがおかしい。母親から「誰だ」と言われ、民衆からは写真を撮られ、警察に発砲される……。間違いなく、忘れられない一日となるだろう。もっとも、明日生きていればの話だが。

 壁に寄りかかると、少し暖かい気がした。無機物だけが、俺の味方だった。

「とりあえず、俺は、俺じゃない……?」

 状況を受け入れられなかったが、今はそんな問題ではない。「生きるか、死ぬか」の戦いそのものだった。

 徐々にのしかかる疲労感で、俺は壁を滑って座り込む。


 どれくらい経っただろうか。

「みっけ」

 その瞬間、心臓が強い鼓動を打った。 ついに、高い声で鼓膜が揺れた。ついに、見つかってしまった。ついに、死ぬ……!

 そんな状況で、俺は一切動くことができなかった。激しく動くのは、心臓だけだ。

「なにしてんの?」

 だが、そのとき何かに気づく。

「なんで泣いてんの?」

 そう、その声には殺意がない。敵意も、冷たさすらもない。

「あんた、大丈夫か?」

 その瞬間、まさかと思い、顔を上げる。

「あっ」

 声の主を見てみれば、あの不気味な仮面をしていない。淡い赤色の髪を腰まで伸ばした、少女だった。

「どしたー?」

 あまりの能天気な声に、思わずこちらまで息が漏れてしまう。

 彼女は敵ではない。そう確信できた。

「実は──」

 俺はこれまで起こったことのすべてを、半べその状態で話し切った。その間も、相手は「うん」、「はえー」、「そりゃやべーな」などの相槌を打ってくれて、すっかり気分が落ち着いた。

「……そりゃー、ずいぶんとご苦労様だったなー」

 相手は無造作に分けた前髪を触りながら、こちらに笑顔を向けた。

「はい……。俺、ほんとに辛くて……」

「でも、命令は命令だ。死んでくれ」

 直後、ナイフと目が合った。

「……なんで」

 言い切る前に、視界が破れた。


 あれから数秒後だろうか。

 ハッと意識が舞い戻ったかと思うと、騒音が鼓膜にぶち当たった。

「死んだ!」

 思わず叫んで目元を触るが、血に濡れているだけで、全くもって正常だった。

「はぁ……?」

 困惑している間にも、騒音は鳴り続けていた。

 恐る恐るそちらを見ると、夜の住宅街で、先ほどの少女が地を蹴って跳ぶのが見えた。その跳躍力はバトル漫画そのもので、人間離れしていた。まるで誰かと戦っているようで、何度も飛び退いてきては、また右の方へと消えていく。

 ゆっくりと立ち上がり、路地裏から顔を出してみる。自殺行為だとは分かっていたが、好奇心には勝てなかった。

「……はぁ?」

 街灯が照らす光景は、本当にバトル漫画だった。

 巫女服のようなものを着た人物が、両手持ちの重火器から火炎放射を発している。鮮やかな炎が瞳に焼き付き、一瞬すべてを忘れさせた。

 一方、先ほどの少女は火炎放射の隙を突いて、相手に飛びかかっては飛び退いてを繰り返している。

「ヤベェ」

 現実離れした景色に、心臓が鳴りっぱなしだった。そして、その気持ちは恐怖と言うには熱すぎた。

「バトルじゃん……」

 興奮である。

 だが、俺の思った以上に、事態は”ヤバかった”。

 その瞬間、火炎放射の炎が、先ほどの少女の手に触れたのだ。

「あっ」

 俺と彼女は同時に声を発した。普通の人間が炎に触れたら、火傷。いや、この火力では腕が溶けるのではないか。

 そう思っていた俺の予想は、次の瞬間裏切られた。

 肌に触れた瞬間、炎は物凄い速さで広がり、やがて彼女の上半身から下半身を包み込んだ。

 断末魔が鳴り響く。炎人形となった彼女は、ふらふらと歩くが、やがてその場に倒れこむ。

 俺はその状況に、唖然とすることしかできなかった。

 それでも、入り込んだ思考。

 ──助けなきゃ。

 辺りを見回すと、神の救済のような位置に消火器が取り付けてあった。駆け寄って、開けて、安全ピンを抜いて、そして走る。

 炎の塊に駆け寄り、レバーを握った。


 気がつけば、目の前には焼け焦げた人体が倒れていた。

 思わず声を上げ、腰が抜ける。焼死体など、見慣れているはずがないのだ。

 すぐに目を逸らしたものの、直後、のぼってきてしまった。


 再び気がつくと、誰かが吐瀉物としゃぶつを処理しているのが見えた。

 ボーっとしている余裕などなく、すぐに見上げる。そして、目を見開いた。

「おっと、おつかれー」

 なんと、先ほど焼死体となったはずの少女が、何事もなかったかのように俺の吐瀉物をポケットティッシュで掴んでいたのだ。全裸で。

「……はぁ?」

 掠れた悲鳴を漏らし、意識が三度みたび飛びそうになった。──が、直後、聞こえた”新しい声”が俺を留めるのだった。

「──で、これ、どーゆー状況?」

 振り返って見上げてみると、茶髪にウェーブボブの少女が、苦笑いしながら俺に銃口を向けていた。

「ハンザイシャに助けられた!」

 無邪気な声が鳴り響いた。

 そこは夜の住宅街。

 まもなく、パトカーのサイレンに揺れる。

「……とりあえず、連れて帰ろっか」

 呆れた声の後、向けられた銃口が引っ込んだ。

「ほら、車乗るよ」

 そう声をかけられた。だが、安心からの脱力で、三度みたび、意識が飛んだ。

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