第5話 この素晴らしい女神の活躍に祝福を!― 絶体絶命の村と、水を司る女神 ―

 その日の朝、俺たちはギルドで受けた「水不足の村への給水」クエストのために、アーク・プリーストの女神アクアを連れて、とある村にやって来ていた。


 村に一歩足を踏み入れた瞬間、肌を焼くような乾いた空気が全身を包み込んだ。アスファルトもない、土の道はひび割れて、まるで巨大な亀の甲羅のようだ。草木は色を失い、かろうじて生きているかのような茶色い葉を、だらしなく垂らしている。村人たちの顔もまた、土埃にまみれ、希望という光を失っていた。


(……ああ、これはヤバいな。本当にヤバい。今回は、俺の出番はなさそうだ。こういうのは、アクアみたいな、見た目だけはそれっぽい奴の専門分野だ)


 俺は心の中で、そう呟いた。このところ、俺ばかりが苦労していたからな。今回は、楽をさせてもらう。そう思って、俺は少し離れた場所から、アクアの様子を見守ることにした。


「カズマさん、見てください! この村の人たちを救うのが、私の役目です!」


 アクアは胸を張り、村の中心にある干上がった井戸の前へと向かった。その表情は、いつものポンコツぶりからは想像もつかないほど、真剣なものだった。いや、普段がどれだけ無責任か、って話だけど。


「ふん、水を司る女神が、こんなことくらいで真価を発揮できるわけがないだろう」


 めぐみんは、アクアの活躍に興味がないのか、不満げに腕を組んでいる。そうだよな、お前の爆裂魔法じゃ、この村を水浸しにすることはできても、潤すことはできないもんな。


「水……! 渇ききった喉に、一滴の水が潤いを与え……! そして、その水で、この村は、私の血と汗と涙で満たされる……!」


 ダクネスは、相変わらず意味不明なことを呟いている。おい、最後の「涙」って、お前はアクアか。


 アクアは井戸の前で目を閉じ、静かに魔法を唱え始めた。


「私は水、水を司る女神……。我は今、汝に命じる。乾ききった大地に、その恵みを与えよ」


 アクアの周りに、淡い光が広がる。その光は、まるで水のように揺らめき、井戸の中へと吸い込まれていった。すると、井戸の底から、ゴボゴボと音を立てて、水が湧き上がってきたのだ。最初はちょろちょろと、そしてやがて、勢いよく水が噴き出した。


 その水は、まるで鏡のように透き通り、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。村人たちは、その光景に驚き、やがて歓声を上げた。


「わあ! 水だ! 水が出たぞ!」


「ありがとう、お姉さん! これで私たちは助かる!」


 アクアは、村人たちの感謝の言葉に、嬉しそうに微笑んだ。


「どうですか、カズマさん! 私の活躍、ちゃんと見ていましたか!」


 アクアは得意げに俺に話しかけてくる。俺は内心、素直に感心していた。こいつ、やればできるじゃないか。


「ああ、見てた見てた。お前、たまには役に立つんだな」


「たまにはって何ですか! 私はいつも役に立っているんです!」


 アクアがそう叫んだ瞬間、井戸から噴き出していた水が、急に勢いを増し、村中に溢れ出した。水は、ひび割れた大地を瞬く間に覆い尽くし、茶色い葉の草木を飲み込んでいく。


「ちょ、おい! アクア! やりすぎだ! 村が水浸しになってるぞ!」


 俺の叫び声は、水音にかき消された。


 村はあっという間に水浸しになり、俺たちの足元はぬかるんだ泥水に浸かり始めた。アクアは「ちょっと、加減を間違えちゃいました!」と、てへぺろ、みたいなポーズで笑っている。いや、笑い事じゃねえだろ。村人たちが呆然と立ち尽くしている。いや、そりゃそうだ。さっきまで干上がっていた村が、たった数秒で水浸しになるなんて、誰が想像できただろうか。


 水が苦手なはずのウィズが、なぜか「師匠…この水の波動…もしかして…」と呟いているのが見えた。おい、ウィズ! お前もおかしいのか! めぐみんは「馬鹿な……水を操るだと? やはり、アクシズ教徒は恐ろしい……!」と呟き、ダクネスは「水に……! 村全体が水に満たされ、私は溺れる……! ああ……!」と恍惚とした表情を浮かべていた。お前、水苦手だろ! なんで喜んでるんだ!


「もう! カズマさんが私のことを馬鹿にしたから、力が制御できなくなったじゃないですか!」


 アクアは俺に責任転嫁する。俺は、全身ずぶ濡れになりながら、天を仰いだ。この濡れ具合、まるでスコールにでも遭ったようだ。いや、スコールの方がマシだ。こんな泥水まみれになることはない。


「なんだこれ……。なんで俺は、こんな目に遭ってんだ……。しかも、この水……」


 俺は、口に入った水を吐き出した。それは、井戸から湧き出た水ではなく、どこか生臭い、そして少しだけしょっぱい味がした。


「ああ、この水、実は、私の涙なんです! 感謝の気持ちで、ついつい涙が出ちゃいました!」


 アクアは満面の笑みで、そう告げた。


「……お、おい、アクア。村全体が、お前の涙で満たされてるってことか?」


「はい! そうです! 私の涙は、生命の源ですから! ふふん、これでみんなも潤いますね!」


 いやいや、潤うってレベルじゃねえだろ。村人たちが呆然と立ち尽くしている。俺は絶望的な気持ちで、その場にへたり込んだ。


「……やっぱ、この女神、信用できねええええ!」


 俺の叫びが、涙で満たされた村に、虚しく響き渡った。


悲劇の結末、そしてさらなる悲劇


 俺は、ずぶ濡れになったまま、村長に謝罪した。


「本当に申し訳ありませんでした! すぐに水を引かせますので!」


 俺はアクアを無理やり連れて、村の外へ出ようとした。その時、村長が悲しそうな顔で俺に言った。


「カズマさん、お願いがあります。この水を、どうにかしていただけませんか? この水、飲めないんですよ」


「え? 飲めないって、どうして……?」


 村長は、悲痛な顔で井戸を指さした。


「この水、しょっぱいんです。村の井戸水が、全部しょっぱくなってしまいました」


「……あ、あああああああ! アクアああああああああ!」


 俺は、全身から力が抜けて、その場に崩れ落ちた。銀貨五枚の報酬は、修理費と、村人たちの生活用水の補償で、あっという間にマイナスになった。いや、借金が増えただけだった。俺は、アクアの涙が、こんなにもしょっぱいものだとは、知らなかった。

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