第4章(3)「魔法少女の役割」
「まったく、君たちは酷いことをしてくれるね? どうして悪の組織と戦う正義の魔法少女たちを殺して回っているんだい?」
熊の人形の姿をしたフォグシーは、ふわふわと浮かびながら、呆れた表情でミナたちを見つめる。
ミナはそんな様子のフォグシーに苛立っていた。
彼が魔法少女ドキュメンタルのプロデューサーであり、この番組の方向性を決めている人物――というより、妖精だ。
魔法少女ドキュメンタルのマスコットキャラクターは、シーズンをまたいでも同じだった。それはこのフォグシーという妖精が夜鷹市の魔法少女を管理しているからである。
一般的に魔法少女というのは、妖精の国からやってきた妖精によって力を与えられてなるものだ。ゆえに放送局の中で妖精の地位というものはある種人間より高い。
このフォグシーも放送局の中ではかなり権力を持っている妖精だ。だからこそ魔法少女ドキュメンタルの方針を決める権利を持っている。
そしてまさに、彼が魔法少女ドキュメンタルを現在のようにした存在なのだ。
ミナは仮面の奥で、きっ、とフォグシーを睨む。魔法少女ドキュメンタルをぶっ壊すうえで避けて通れない存在だった。
「何が正義の魔法少女だ、人を見殺しにして自分の人気を優先するような下衆でしかない」
そしてミナは怒りを覚えている。それはフォグシーが発した言葉に対してだった。
「酷い言われようだよ、僕たちは沢山の命を救っているんだよ?」
「だったらどうして、助けられるすべての命を救おうとしない」
ミナの声が鋭くなる。
フォグシーは敵対心を向けられていながらも、その口角を上げてにやりと笑った。
「君は何も分かっていないね。僕たちの役目は何だ、怪物を倒すことだろうか? 違うね、人々に希望を与えることなんだ」
「だったらなぜ――」
「――愚問だね。怪物を倒すだけなら、軍隊でも作れば良いんだ。それこそ魔法少女の力を用いた軍隊をね。僕たち妖精の国がそれでも魔法少女ドキュメンタルに固執するのは、魔法少女にしか出来ない事をしてもらうため。全世界に希望を与えられるような、そんな魔法少女たちであってほしいんだ。そして僕のような放送局に所属している妖精には、世界に希望を届けられるように責任を持たなければいけない」
「それが、助けられる人を見殺しにすることなの……!」
もっともらしく話すフォグシーに対して、ミナはますます苛立ちをつのらせていく。
ミナの怒りは、仮面で隠れた表情を見なくても、作られた握りこぶしを見れば分かるものだった。
フォグシーはそんなミナの様子を知ってか知らずか、得意げに話す事を止めない。
「凄惨な事故は人の気持ちを強くする。わかるよね、困難に打ち勝つ主人公に感情移入や憧れを抱く気持ち。僕たちが効果的に希望を振りまくことで、救われた人間がどれだけいるかを考えてほしい。……君も魔法少女なら、救われた側の人間じゃないのかな?」
ミナは一瞬言葉に詰まってしまう。
ミナは光の魔法少女に憧れて魔法少女になった。その時、確かに希望を与えられたのだ。
フォグシーが言っていることは、ある側面では正しいかもしれない。確かに魔法少女たちは希望を与える存在であるべきだと、ミナも思っている。
ただそれでもミナの中には、確固たる信念があった。
彼が言っていることは、光の魔法少女の生き様ではない。
光の魔法少女は人を見殺しになどしなかった。
ゆえにフォグシーが言っていることは、詭弁であり、本物の魔法少女とはかけ離れたものなのだ。
ミナは自分の中で生まれた葛藤を振りほどき、フォグシーに向き直る。
彼女は光の魔法少女の言葉を思い出しながら、仮面で隠れているにも関わらず、フォグシーを鋭い目つきで睨んだ。
「……目の前の大切な人たちを救うのが、正しい魔法少女の使命。少なくとも光の魔法少女はそうだった!」
「光の魔法少女の信者か。やれやれ、彼女の考えは古すぎるくせに、眩しすぎる。ハエがたかるのも当然か」
フォグシーはミナの言葉に、呆れてため息を吐く。
そして憧れである光の魔法少女を馬鹿にされている事実に、ミナの苛立ちは頂点へと達し、かえって冷静になることができた。
「……あなたは、私の敵」
――目の前のマスコットは、自分たちの確固たる敵であると。
「交渉の余地なしというわけだ。仕方ない、責任者としてジェンハリーやグランダーの仇を取らなきゃいけないね」
フォグシーは地上からミナの身長の半分ほど浮いていた体を、更に高く浮遊させていく。
その人形の体にほのかな光が宿っていき、そのまま光り輝く――ことはなく、その光はまるでブラックホールに飲み込まれるかのように吸収され、フォグシーの体に漆黒の闇が纏わりついていった。
フォグシーの体を染める黒が、ぼこぼこ、と隆起していき、風船が膨らむ時のようにその色を失っていく。拍動のようなリズムで凹凸を創っていくフォグシーの体は、やがて一つの巨大な白い姿を構成した。
裏路地の建物に挟まれるほどに大きくなった体は、胎児に似ていた。
胎児と違うのは、背中からカマキリの前脚のように尖った長い腕。腕の先端部分は剣のような形状になっており、触れたものを全て割いてしまうような鋭さの刃がついていた。
「……こりゃあとんでもねぇマスコットだねえ」
傍でずっと見ていたランプが、冗談を言うように感想を呟く。
ランプはもちろん、ミナから見ても、フォグシーの変身した姿はまるで毎週日曜日に現れる怪物のようだった。
放送局のプロデューサーであるフォグシーの変異に、困惑を覚えるミナ。確かに自分は妖精の事をよく知っている訳ではないが、妖精がこんな姿になれるなど聞いたことがない。
別にミナが怪物と対峙するのは、初めてではない。魔法少女ドキュメンタルのサポートに初めて参加したあの日、ナヒロを助けるために怪物へ立ち向かったのだ。
だがあの時は倒すことが前提ではなかった。あくまで倒すのは主役の魔法少女たちで、自分はナヒロとその母親を怪物から守っていたにすぎない。
しかし今回は違う。まるで怪物のような存在のフォグシーを、自らの手で葬らなければいけないのだ。
ミナは口の中にたまった唾を飲み込んだ。目の前で呼吸と共に上下するフォグシーの巨体を見て、自らの「魔法少女ドキュメンタルをぶっ壊す」という意志を再確認する。
「――誰だ!?」
しかしその困惑からの脱却を阻むように、突如ランプの叫びと、ガチガチとした甲高い音が聞こえた。
ミナは反射的にランプの方を振り向く。彼女はどこからか発生した尖った氷の塊を受け止めていた。
氷の塊を魔法で溶かし、ランプはその握力で氷を割る。砕けた氷魔法の奥に見えたのは、ミナもよく知っている人物だった。
「ティアラビイ……!」
ミナの視線の先には魔法少女ドキュメンタルのもう一人の主役、ブルーム・ティアラビイの姿があった。
路地裏に吹く少し脂ぎった空気が、彼女の青く長い髪を揺らしている。ティアラビイは眉間にしわを作りながら、こちらをその青い宝石のような瞳で睨んでいた。
「グランダー!」
そしてティアラビイの視線は、襲撃者二人から、奥に倒れているグランダーへと移る。
まるで死んだように倒れているグランダーを見て、ティアラビイはより一層強く、二人の襲撃者の方を睨んだ。
「グランダーを、ジェンハリーをよくも……!」
グランダーの声色は怒りで震えており、今にも爆発してしまいそうだった。
この三人が親友である事をミナは知っている。というより、三人が親友であることを今シーズンの魔法少女ドキュメンタルでは推しているから、知らない魔法少女の方が珍しかった。
そして親友だからこそ、ティアラビイの怒りもミナにはわかる。自分だってティアラビイの状況に立てば、どんな理由があれ襲撃者の事を許せなくなるだろう。
だが彼女も魔法少女ドキュメンタルの主役魔法少女の一人であり、それはつまり人々を見殺しにしてきたということだ。
彼女もミナにとっては止めるべき魔法少女の一人だった。だからこそ、彼女の想いに共感している場合ではない。
「どうするよ?」
強力な追手がやってきたことに焦るランプは、ミナに背中を近づけ、小声で確認を取る。
「倒すに決まってる」
「相手は主役魔法少女と意味の分からねぇマスコットだぜ?」
「私はあいつらを許せないから」
ミナの意志は固かった。いかに自分たちが不利な状況だとしても、ティアラビイとフォグシーは自分たちの敵であることに変わりはない。
ここで二人を倒すことができれば、魔法少女ドキュメンタルは終わる。ミナたちの悲願が成就することになるのだ。
ランプは仮面の奥で、ミナにも分かるほど大きいため息を吐いた。こういう時のミナが止められないことは、ランプも既に実感している。
「バカ野郎。……ったく、止められるのはティアラビイだけだからね」
「十分」
ミナは仮面の奥は無表情で、それでも怒りだけを燃料に、爆発的にフォグシーへと距離を詰めていった。
フォグシーはミナの突撃に驚くこともなく、その巨体の腕を振りかざし、ミナへと叩きつけようとする。
路地裏の狭い道幅ではあったが、ミナは壁を蹴って避けた。
フォグシーの振り下ろされた腕に着地し、彼の体を登っていくミナ。
続けて繰り出された後ろ腕の斬撃を避けて、ミナは高く跳躍し、手のひらをフォグシーの体へと向けて、魔法陣を創り出した。
「食らえ――ッ!」
ミナの発動させた魔法陣から、槍のように真っ直ぐ雷鎚がフォグシーの体へと伸びていく。
それはグランダーから吸い取った魔力を用いた、雷の魔法だった。
「――っ!?」
しかしフォグシーを貫こうと鋭く突き進む雷鎚が、突如その方向を変える。まるで盾に弾かれたような軌道だったが、フォグシーの体は別段硬そうではなく、盾で防御されたわけでもない。
するとミナに考えられる可能性は、一つ。
(――魔法っ!?)
ミナがグランダーから奪った魔法は、フォグシーの魔力による障壁で逸らされたのだった。
ミナは改めて、目の前の怪物らしき姿のフォグシーが、ただの怪物なのではなく、妖精の国からやってきた存在なのだということを認識する。
普通、怪物は魔法を使うことが出来ない。ここまで夜鷹市に現れた怪物はもちろん、全国的にも魔法を使う怪物の事例というものは聞いたことがなかった。
実際にミナがナヒロを守るために戦ったあの怪物さえも、基本的には物理的な攻撃しか加えてこなかったのだ。
しかし、今目の前にいるのは怪物ではなく、妖精である。
魔法少女の力を与えたのが妖精の国なのであれば、妖精も魔法を使えて何らおかしくはないのだ。
ミナの動揺を狙い、フォグシーは右腕で空中にいるミナを壁へ叩きつけようとする。
攻撃によって多少の怯みを予測していたミナは、防御や回避の準備が全くできておらず、フォグシーの鞭のような腕の攻撃が直撃してしまう。
壁に叩きつけられたミナの口から、まるで絵の具のチューブをぎゅっと握られたように、血が吐き出される。
そのダメージで意識を失いかけたミナは、無抵抗にも瓦礫と一緒に地面へと落ちていく。重力により地面に叩きつけられたミナは、己の体にかかったダメージを分析する。
質量のあるものは、それだけで高い攻撃力に繋がる。魔法少女の力でなければ、体がミンチになっていたところだった。
ミナは魔法少女であるから、多少の攻撃であれば体が致命傷を負うこともない。この攻撃でも別に骨が折れたとか、そういう感触は無かった。
だが魔法少女の力でも、目の前の怪物の攻撃は、意識を朦朧とさせるほどの力を持っていた。ミナは真っ直ぐに立ち上がろうとするも、上手く立ち上がれず、なんとか膝で体のバランスを支える。
しかし意識のはっきりしないミナに対しても、フォグシーは無慈悲に次なる攻撃を仕掛けようとしていた。
後ろから生えた腕の剣が、大きく振りかぶられている。
ミナは頭を振って朦朧とした意識を振り払い、なんとか雷の魔法を放ち、後ろ腕の攻撃を逸らそうとする。
しかしその攻撃も先程と同じく、まるで盾に防がれているように呆気なく跳ね返されてしまう。
揺れる意識の中、ふらふらの状態でミナは斬撃を回避することに専念する。
なんとか取り戻しつつある意識のおかげで、フォグシーの後ろ腕の剣撃は避けることができた。
しかし続けて繰り出された右腕の薙ぎ払いは回避できず、またしても建物の壁に叩きつけられる。
コンクリートの破片がぽろぽろと建物からこぼれていき、ミナの頭に当たった。
(――くっ、体が、動かない)
頭から血を流し、口から血を吐き、ミナの意識が陽炎のように朦朧とする。
どれだけ魔法少女の体が頑丈だと言っても、限界はあった。二度も大振りの攻撃に直撃すれば、蓄積したダメージが体を動かすことを許さない。
満身創痍のミナの体を易々とフォグシーの左腕が掴み、絞め殺さない程度に彼女を握って拘束する。
胎児の口角の上がった笑みが、ミナの目の前に広がった。
「さて、よくも僕の大事な魔法少女ドキュメンタルを壊そうとしてくれたね?」
「……っ」
これまでに蓄積した損傷、および意識のふらつきにより、ミナにはフォグシーの拘束に抗う力がもう残っていなかった。
時折苦痛を感じるようにうめき声を上げるミナは、俯いたままフォグシーの眼を見ようとはしない。
ミナの様子を気にもとめず、フォグシーは先程行っていた講説の続きを始める。
「君の魔法少女像は古すぎる。光の魔法少女は目の前の希望にこだわるあまり、先の事を全く見据えられていない。あろうことかそんな考え方に囚われて、君は世界に希望を届けるという僕たちの大きな使命を邪魔してくれた。万死に値するよ」
フォグシーは赤子の無邪気な笑みを浮かべて、ミナの方を見つめる。
依然、ミナは俯いたまま抵抗する様子を見せない。
「……あの人を」
――しかし、フォグシーは微かに感じていた。ミナの体が、少しずつ熱を帯びていることに。
「なんだい?」
「――あの人を、光の魔法少女を否定するなっ!!」
叫び声が路地裏に響き渡る刹那、ミナを掴む胎児の腕から、爆発するように電気が迸る。
それはミナが全身から、自分の中にある魔力を振り絞って、爆発的な雷を発したことによるものだった。
フォグシーは突然の全開の放電に耐えられず、ミナを手放す。
ミナの体は解放されようやく重力に従い、地面に打ち付けられる。先程の痛みと比べれば、なんてことのないものだと感じた。
放電により、ミナの魔法少女服も少しだけ焦げている。ボブカットの髪は魔法の影響か乱れていた。
目眩のする中でミナは、フォグシーの方を真っ直ぐに睨む。突然抵抗を露わにしたミナに対し、その震える動きから、フォグシーが明らかに冷静を欠いているのが分かった。
「いいだろう、じゃあ殺してやる。僕に楯突いたことを後悔するんだな!」
フォグシーは後腕の剣を再びミナに振りかぶる。
今度は横に凪ぐような攻撃の動きだ。フォグシーの腕であれば、建物を巻き込むように路地裏全体へと斬撃を与えられるだろう。
回避の方法は二つ。
一つはどうにかしてフォグシーの後ろ腕を止めることだが、これは相手の魔法による障壁があり魔法は跳ね返されてしまうし、運動量の暴力が物理的に止める事を不可能にしている。仮に障壁が無かったとしても、先程の反撃でミナの魔力は枯渇してしまっている状態で、どうしても魔法を打つことは出来ないだろう。
もう一つの回避方法は跳躍することだが、肉体的なダメージに加えて意識の不確かさが、ミナにまっすぐと立つことさえ許さなかった。
回避方法がどちらも取れない。つまり、万事休すだった。
(くそ、ここで私は死んでしまう……?)
ミナはぼんやりとした意識の中で斬撃を見据える。その斬撃は、魔法少女でるミナの体さえも両断するに、十分な鋭さを秘めていた。
(みんな、ごめん……)
最後の抵抗は見せることはできたが、結局は敗北だ。自分は魔法少女ドキュメンタルをぶっ壊すことができなかった。
いや、主役魔法少女を二人も再起不能にしたのだから、十分な働きだろうか。
それでもミナには、ナヒロ、リョウと交わした約束がある。二人ともミナという魔法少女に対して希望を託していたのだ。
本当は自分が成し遂げたい事ではあった。
だからこそ、悔しい。
あの頃と何も変わっていない、いじめられていたクラスメートに声をかけることすらできなかった無力な自分と同じだ。
だが、結局人というものはそう簡単に変わるわけではないのだろう。魔法少女になって、どうという話ではないのだ。
(……それでも、私は、光の魔法少女のようになりたかったな)
ミナはその結末に納得がいかないまま、意識を失った。
「ミナさん――ッ!!」
――そのはずだった。
ミナの意識は一気に焦点を得たものになる。
いいや、ミナは目の前に現れた人物に、焦点を合わせずにはいられない。
「……お前は」
攻撃を振り終えたフォグシーが、突然の来訪者に対して動揺した声を発していた。
小さな体が、ミナを庇うように、フォグシーの前に立ち塞がっている。
その男の子の髪はふわふわで愛おしく、今は背中を向けているから見えないが、彼の大きな透き通った瞳が、ミナは好きだった。
膝をついたミナは、筋肉に力が入らず、ただ骨だけで立っているような感覚だ。
「ナヒロ……?」
彼女の前にいた、彼女を庇った小さな体の正体は、ナヒロだった。
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