第3章(4)「食後のゆるやかな時間」
次のターゲットを決定させた三人は、ナヒロを加えて四人でちょっとした祝勝会を上げる。
年齢も性別も異なる四人は、同じ鍋をつつくことによってその結束力を強くした。もちろん全員が抱いている気持ちは、魔法少女ドキュメンタルをぶっ壊すことだ。
そしてお腹を満たした四人は、それぞれが思い思いの行動を始める。
ミナは自分の配信部屋に閉じこもってしまった。今日も配信活動を行なうのだろう。
ランプは夜の散歩に出かけると言って、アジトを出てしまった。不用心だが合鍵はポストに入っているため、彼女の帰宅を待つ必要はない。
リョウとナヒロは後片付けを率先して引き受ける。
次の日曜日のターゲットはブルーム・グランダー。そしてこれから相手も警戒するだろうから、戦いが避けられないだろうとミナはランプは踏んでいる。
だからこそ前線に立つミナとランプには、今自分がしたいことをして、リラックスしてほしかった。裏方のリョウとナヒロは同じ気持ちを抱いており、二人のサポートに徹している。
「リョウさん、もしお腹に余裕があれば、お茶とお菓子はどうですか?」
ようやく洗い物を終えて、ソファーでくつろぐリョウに対し、台所で最後の洗い物を終えたナヒロがそう問いかけた。
「おっ、いいね。もらうよ」
「はーい」
ナヒロはタオルで手を拭いて、電気ケトルにせっせと水を汲む。お湯が沸いてパックの茶葉に通し、湯呑みへとお茶を注いでいく。冷蔵庫からお菓子を取り出し、皿の上に並べ、お盆でテーブルの方へと持ってきた。
ナヒロは本当に家庭的な子だな、リョウはそう感じる。自分はそういう部分に関しては本当にだらしないため、どれだけ年下でもこういう気遣いが出来るのは本当に尊敬していた。
それと同時に、ナヒロがこれまでどんな良い教育を受けてきたか、そして怪物によってそれが奪われてしまった事を悟る。
しみじみとナヒロを見つめるリョウの視線に気付かず、お盆を注視して慎重にナヒロはリョウのもとへとやってきた。お盆には二人分のお茶と羊羹が乗せられている。
「商店街のお姉さんがくれたんです」
テーブルにお盆をゆっくりと置いて、ナヒロもソファーにちょこんと座る。
商店街のお姉さんというのは、ナヒロがよく買い出しに行っている店の店主の奥さんだった。
ナヒロの境遇――怪物に襲われ両親を亡くし、ネグレクトな親戚の家に預けられていることを知っているようで、何かとサービスしてくれる。リョウもナヒロと買い出しに行ったときに一度、野菜をサービスしてくれた。
「愛されてるねぇ……お、結構美味しいな。ナヒロも食べなよ」
「じゃあ、いただきます!」
ナヒロはきらきらした表情でお菓子を口に入れて、美味しそうにもぐもぐと咀嚼する。ナヒロの頬がとろけてしまいそうなのが、見た目からでもわかった。
リョウはナヒロの笑顔を見ながら、なんだかいたたまれない気持ちになった。
彼は怪物によって両親を亡くし、送るはずだった幸せを奪われているのだ。
もちろんこの世界に住んでいる以上、怪物によって生活が変わるなんて事は日常茶飯事ではある。もちろん怪物を生み出している悪の組織とやらは、誰だって許せない。
だがそれを利用して、あたかも自分たちが世界に希望を与えているんだと威張っている放送局も、気に入らなかった。
ミナの話では、ナヒロは母親と助かる見込みがあったのだ。それを魔法少女ドキュメンタルの主役魔法少女たちは、悲劇を演出するために見過ごした。
助けられない命があるのは仕方がない。だが、助けられる命を助けないのは、間違っている。それが仕方ないと割り切れるものならまだしも、利己的な理由ならばなおさらだ。
ミナという魔法少女に出会うことができただけ、まだ幸運だろうか……リョウは羊羹を咀嚼しながら、彼の運命に何も気の利いたことが言えなかった。
少し会話が途切れたナヒロは、きょろきょろと辺りを見回している。ふと何か聞きたいことを思いついたのか、リョウの方へ顔を向けて口を開いた。
「リョウさんは、今日はどんなお仕事をされてたんですか?」
「俺の仕事? そんな興味あるの?」
「うーん、アジトでのリョウさんしか見たことないから、どんな感じなのかなって」
リョウは苦笑いを浮かべながら、ナヒロの質問にどう返そうかと考える。
魔法少女ドキュメンタルで乗りに乗っているMTS東京で勤めていると言えば聞こえは良い。だが放送局のスタッフにも序列があり、魔法少女ドキュメンタルを企画しているプロデューサーや、予算などを決定する管理職についているならまだしも、技術班の中でも下っ端のリョウの立場は低い。
ゆえに彼に与えられた仕事は、そう大したものではなく、活動中の魔法少女のサポートだった。確かに聞こえはいいが、実際のところは人気集めのための雑用全般だ。
リョウは中々嫌気が差していた。機械いじりが好きで、放送局の高額な機械に触れることは楽しい。だが自分はもっと勇気ある魔法少女のサポートをしたいのだ。
リョウが生きていくためにカメラへ収める魔法少女は、そのほとんどが人気集めのものだ。やれ可愛く加工しろだの、宣伝を欠かすなだの、魔法少女となって口だけ達者になった女子中学生が、承認欲求を満たす道具としてリョウを使っている。
本当に彼がカメラに収めたいのは、ミナのような、何かに手を差し伸べたり、勇気を持って行動するような魔法少女なのだ。
そういう意味では、光の魔法少女を映していたカメラマンが彼の憧れだった。それが誰なのかはリョウも知らないのだが、名も姿も知らないのがむしろカメラマン冥利に尽きるという気持ちがリョウには分かる。
だからこそ、今日自分が行ってきた仕事の無味乾燥さを、いたいけなナヒロにどう伝えようか迷っていた。
「……まあ、売れない魔法少女の、よくわからない動画を撮ってきたよ」
これだけ悩んでいる段階で、隠しても仕方ないか……リョウは観念して、自らの思っている不満を込めた答えを口に出す。
ナヒロもリョウの気持ちは分かっているようで、苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「でも、立派なお仕事ですよ」
「確かにこれでお金を貰ってるから、なんとも言えないんだけどね」
あははと乾いた笑いを発するリョウ。実際、気に入らない事をするのも、仕事なのだ。
そしてまた二人の間に、気まずい沈黙が流れた。
またナヒロはきょろきょろする。ナヒロは頑張って話題作りをしようとしてくれているのだ。
彼は確かに前向きだが、決してずっとポジティブに考えられるような性格ではない。明るく振る舞おうとすることが多く、リョウはそんなナヒロの性格をよく知っていた。
別に特別ナヒロと付き合いが深いわけではない。しかしリョウは様々な魔法少女を見ているせいで、観察力だけは着実に育ってきていた。
今も自分に気を遣ってくれているんだろうなあ……リョウはそう考えて、苦笑いをうかべる。
「……別に俺と一緒の時は、気を抜いても良いんじゃない?」
リョウはナヒロに対して、少し落ち着いた声でそうたしなめた。
ナヒロは少し大きく目を見開いて、その後すぐ苦笑いを浮かべる。どうやら少し困っているようだった。
「……あはは、そうですね」
「でも、ナヒロは落ち着かないんだよね」
「リョウさんは何でもお見通しですね」
「ナヒロのお兄ちゃんみたいなものだからねぇ」
そしてまた言葉が途切れる。ナヒロには気を遣わず、自然体でいてほしかった。
しかし困ったような表情で、またあたりをきょろきょろするナヒロ。言葉で言われても、やはりこの沈黙が気になってしまうのだろう。
リョウは少し考えて、よし、と心の中で呟く。そしてナヒロの肩を掴んで、自分の方へ抱き寄せた。
「わっ、わっ」
慌てるナヒロを優しくなだめるように、リョウはナヒロの頭を撫でた。
「……ドラマとかを思い浮かべてほしいんだけど、友人でも恋人でも、身を寄せ合った二人ってシチュエーションには、台詞があまり入らないと思わない?」
「……言われてみれば、たしかにそうかも、ですね」
「少し離れた距離にいるから、言葉が欲しくなる。人恋しくなる。空気を読みたくなる……だから、こうして身を寄せ合って、ゆったり過ごすのも良いのかなって思うんだ」
「…………」
ナヒロは何も返答しなくなった。
ナヒロのぼおっとした無気力な表情は、リョウには見えていない。
ただリョウはその小さな体に、どれだけの苦労を背負っているかをよく知っていた。
ナヒロの頭を撫でながら、リョウはミナやランプが帰って来るまでソファでくつろいでいた。
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