第3章(3)「次の標的」


 ミナとナヒロが買い物からアジトへと戻ると、先にリョウとランプがソファに座って談笑していた。


「おかえり~二人とも」


 二人の姿を見つけたリョウは、手を上げて二人を迎える。


「ただいま」


「リョウさんただいまー。今日は約束通りパーティするよ!」


 ナヒロがウキウキでビニール袋を持ち上げる。

 重い方のビニール袋と服の紙袋を持っていたミナは、腕がしんどくなり、ソファの手前に荷物をどさっと置いた。

 リョウの隣に座り、ミナは大きな一息を吐く。まだ暦上は春だというのに、ミナの額から汗が滲んでいた。


「疲れた」


「お疲れ、楽しかった?」


「それなりにね」


「だったら良かった」


 リョウはミナの反応に対して、満足げな笑顔を浮かべる。

 魔法少女ドキュメンタルの真相を知って落ち込み気味だったここ最近のミナが「それなりに」と言うのは、相当楽しめたのと同義だった。

 自分は作戦の協力者として、魔法少女ドキュメンタルを直接ぶっ壊すための行動は出来ていない。

 もちろんリョウには周囲の警戒や連絡など大事な役目があるのだが、実際にジェンハリーを屠ったのはミナだ。

 彼女の気分が少しでも晴れたのなら、リョウにとってそれ以上の幸福感はなかった。

 疲れ切ったミナに対して、ナヒロはまだまだ元気を残している。


「それじゃ僕は料理を作ってきますね! あ、お手伝いはいらないのでごゆっくり~!」


 誰かが手伝おうかという間もなく、ナヒロはミナが置いたビニール袋を持ってアジトのキッチンの方へと行ってしまった。

 学校へ行って、買い物に行きコガるんに振り回され、荷物を持って帰ってくるという大仕事をこなした彼に、まだそんな体力が残っているとは……リョウはつくづく自分がもう若さを失いつつあるんだなあと、しみじみとしたものを感じる、


「殊勝だねぇ、ランプさん感心しちゃうよ」


 目の前に座っていた赤髪の魔法少女ランプ――いや、今は変身を解いているため、ただの黒髪の高校生、衣笠楠実キヌガサクスミであるのだが――彼女がナヒロの姿を見ながら、なぜか満足そうにうんうんと頷く。

 ナヒロの様子に、リョウも自然と柔らかい表情になった。

 リョウにとってナヒロは、まるで弟のような存在だ。出会ってからまだ日は浅いが、アジトで同じ時を過ごすうちにどんどん絆を深めていった。

 もちろんリョウとナヒロは、魔法少女ミナに希望を抱く同志として共通点も多いのだが、リョウは彼の苦しい境遇の中で、何か実の兄のように、彼を支えられないかとずっと感じている。


「本当は大変だろうに、強い子だよナヒロは」


 ぽつりと呟くリョウに対して、目の前のランプは前のめりになりながら口角を上げて笑う。


「純粋無垢というのは、時に誰にも負けない力になるのさ。そうそう、ランプさんがこの前アジトでシャワーから出てきた時、偶然鉢合わせちゃってね。ランプさんのあられもない肢体がナヒロの眼前に――」


「――それ以上やめようランプ。ミナに殺されるよ」


 ランプがミナの方を向くと、明らかにミナが不機嫌そうにランプを睨んでいた。

 ランプはにひひと笑いながら目線を逸らす。リョウはやれやれと、ため息を漏らした。


「……さて、祝勝会も良いけど、その前に真剣な話をしよう」


 会話が一段落ついたところで、リョウは少し低く真っ直ぐな声で、二人にそう提案した。

 ナヒロは同じ空間にいるが、彼はキッチンの方で食事を作ってくれている。

 ナヒロは確かに自分たちの同志ではあるが、実際に作戦へ関わっているわけではない。ナヒロを巻き込むのは忍びないというミナやリョウの意見と、ナヒロの手伝いたいという気持ちを汲んで折衷案として出したのが、アジトでの三人のサポートだった。

 実際に血なまぐさい話をするのは、ナヒロ以外の三人だ。これは別に今に限った話ではなく、ジェンハリーを倒す算段を立てていた時も同様だった。


 リョウはタブレット端末を取り出し、何度かタップ、フリックをして、二人に画面が見えるよう差し出す。

 そこには魔法少女たちの配信サイト、Magitchの画面が映し出されていた。


「見てほしい動画がある。切り抜き動画だけど、本配信よりまとまっていて見やすいし、情報も恣意的に切り取られていないから大丈夫」


 ランプが椅子にもたれながら、ミナはソファから背中を離しモニターを見つめる。

 リョウが再生ボタンを押すと、そこには二人がよく知っている魔法少女の姿があった。


「……ブルーム・グランダー」


 ミナがぽつりとこぼす。

 彼女は魔法少女ドキュメンタルの主役魔法少女で、ミナたちが倒したブルーム・ジェンハリーとは親友にあたる。

 黄色のコスチュームが印象的で、童顔気味の顔つきに、フリフリが至る所についた可愛らしい衣装を着ている。魔法少女になると髪色も黄色になるため、主役魔法少女たちが並ぶと「信号機」なんてコメントがつくくらいだ。

 とはいえイメージカラーというものの強力さは広報でも大事らしく、綺麗に色が分かれた幼馴染の魔法少女たちだからこそ、主役として抜擢されたという噂もある。

 そんな彼女はいつも使っている可愛らしい配信のレイアウトで、憂いを帯びている面持ちで話していた。

 その様子は悲しそうにしている小動物のようで、人によっては庇護欲を掻き立てられるだろう。


『ジェンハリーは、元気とは言えないね……今は意識不明みたいで、死ぬとかはないらしいけど、魔法少女として活動するのはもう難しそうなんだって』


 グランダーは今にも泣き出しそうな表情で、親友の状態を語っている。

 コメントもどこか悲しそうな、あるいは怒りを顕わにしているようなものばかりだ。


「……ミナ、本当に殺してないんだろうね?」


 ミナに声をかけたランプの表情は、いつもの飄々とした様子ではなく、あくまで真剣なものだ。

 彼女のまっすぐ問いかけるような黒い瞳に、ミナは一度だけこくりと頷く。

 ミナの魔法は、放送局から伝えられたものと厳密には違った。

 放送局からは、怪物が放つ魔法を、接触することで吸収して自分の力に変えることだと言われている。

 もちろんそれは間違ってはおらず、ミナは例えば怪物が持っている魔力を、怪物に接触することで吸収して、自分も怪物が使う同じような魔法を放つことが出来た。

 一応、光線のような魔法を攻撃として使ってくる怪物に対しては、吸収よりも先にダメージを受けてしまうため、攻撃を無力化するということは残念ながらできない。

 それでも相手の魔力を吸収して自分の力に変えることは、使い方次第では強力と言えなくもなかった。


「私の魔法を使えば、相手の魔力を根こそぎ奪うことが出来る」


 しかしそれはミナの能力の一部分でしかない。ミナの魔法の本当に強い部分は、もっと別の場所にある。

 本当のミナの能力は、相手の魔力と自分の魔力を、均一にすることが出来ることだった。

 もし自分の中に残っている魔力が少なければ、相手の魔力を吸収して力に変えることが出来るのだ。

 もちろんその概念であるからこそ、不利益を被ることもある。例えばミナが十分量の魔力を持っている状態であれば、相手から魔力を吸収する事ができない。

 ただ、ミナの魔法が強力なのは、そこに付随する魔力の移動の特性だ。

 魔力の移動には慣性が働く。入り続けようとした魔力は一度、自分に一気に入ってきて、そこから波打つように相手と自分の間を魔力が揺れて、最終的に均一になる。

 まるで何も入っていない容器に勢いよく入れた水が、最初は波立ちこぼれそうになるようなものだ。

 そしてその特性を利用することで、ミナは自身に残る魔力が著しく低いとき、相手の魔力を一気に吸収することが出来る。

 もちろんしばらくミナの魔法を使っていれば均一にはなるのだが、もしそれが一瞬であれば、相手から一気に押し寄せた魔力をミナが奪うことが出来る。

 なだれ込んだ魔力がもとに戻る前に魔法を止めてふたをしてしまえば良いというわけだ。


「魔力は放送局から与えられた後天的なものだから、魔法少女として生きることはできなくなるけど、人として殺すことはない」


「ちゃんと予想通り事が運んでるってことかい。なら良いけどさ」


 ランプが真剣な表情から一転、再びにひひと笑って飄々とした様子に戻った。

 魔力を失うということは、確かにそれなりの後遺症が残る。

 魔法少女として魔力を与えられた場合、体の中に魔力が存在することが当たり前になってしまう。

 普段は決して悪影響を及ぼすことはないものの、それが失われた時には、それまで自分の体を構成していた一つが失われるため、何かしら体に影響が残るのだ。

 一応、魔法少女としての活動を引退する事が多いのは中学三年生、どれだけ遅くても高校生になればほぼ全ての魔法少女がもとの生活に戻っていく。

 それはもちろん、主役魔法少女として選ばれるのが中学二年生がほとんどで、夢破れた、あるいは夢を叶えたからこそ引退したい、という側面もある。

 しかし、中学二年生を頂上に魔力は下降線を辿っていくため、中学生を卒業するくらいには自然と魔力が少なくなっていき、辞めた時の後遺症が小さくなるというのも大きな理由なのだ。

 喩えるなら薬の離脱症状のようなものである。急に薬を飲まなくなると症状は酷いが、徐々に減らしてけばそこまで影響はない。

 主役魔法少女であるジェンハリーは、魔法少女として全盛期の時に魔力をミナによって奪われた。意識を失うくらいの後遺症は免れないだろう。

 だが、離脱症状が直接命を脅かす事が少ないのと同様に、魔力が突然無くなったからと言って、死に至るケースは無かった。

 そのデータはリョウが放送局のデータや色々な論文を参考にして得られた結論だ。

 そしてミナとリョウが葛藤しながらも懸命に立てた作戦は見事に、ブルーム・ジェンハリーを再起不能にしたのだった。

 三人は再びタブレットの画面へと目線を戻す。未だグランダーは涙を流してしまいそうな、庇護欲を掻き立てられる表情で配信を続けていた。


『ジェンハリーの事はとても残念だし、ジェンハリーをこんなことにした奴らは許せない……でも私は魔法少女だから、皆を守る必要がある。だからみんな、私たちの事を応援して! 悪い奴らに負けちゃいけない!』


 グランダーは視聴者に訴えかける。その叫びと同時に流れた一筋の涙によって、配信画面に映していたコメント欄が一気に加速した。


『負けるなグランダーちゃん!』


『俺達がついてるぞ!』


『ジェンハリーをいじめた悪の組織の奴らにになんか負けるなー!』


『そうだそうだ!』


 画面が暗くなり、切り抜き動画がそこで終わった事を告げた。

 リョウが切り抜き動画自体のコメント欄を表示する。そこも本配信で流れていたコメントと似たような感じで、ジェンハリーを襲った犯人に対する怒りで溢れかえっていた。

 表向きは魔法少女として理想的な姿を見せるグランダーに、リョウは何も言えなかった。


「悪の組織呼ばわりかよ」


 対してランプは鼻で笑う。どうも演技臭いグランダーの台詞に、彼女はどこか冷めた目つきをしていた。

 ミナもランプと同じ気持ちだ。ナヒロを見殺しにしたあのときの三人の様子を思い出す。

 グランダーはジェンハリーに同調して、目の前で人が死んでいるにも関わらず笑っていた。

 この配信で見せた姿は、人気を獲得するための表の顔だ。

 ジェンハリーの件は確かに恨んでいるのかもしれない。でもそれを利用して自分の人気を上げようとしている魂胆が、ミナには透けているようだった。

 ミナは普段通りの冷めた視線に、どこか決意のようなものを秘めて、リョウとランプ、二人と交互に顔を見合わせる。


 「次のターゲットはブルーム・グランダー、彼女で大丈夫だよね」


 そう確認したミナに、異議を唱える者は誰もいなかった。

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