第3章

第3章(1)「後輩魔法少女からのお誘い」

 モニターに映し出されている光の魔法少女と、それをずっと見ているミナの瞳が重なる。

 そうして映像は暗転した。エンディングテーマと次回予告が流れ終わり、光の魔法少女の魔法少女ドキュメンタル一話分が終わったのだ。


 ミナはヘッドフォンを外し、スマートフォンで時刻を確認しようとする。時間的にはそろそろ両親が心配する頃合いだろう。

 するとミナのスマートフォンには、一件の通知が来ていた。


『センパイ、明日の放課後、一緒に遊びにいきましょ!』


 それはミナが配信でも話した後輩魔法少女――コガるんからのメッセージ通知だった。

 ご丁寧にスタンプを三個ほど送りつけてきているコガるんのメッセージを見て、ミナは悩む。

 今日はまさにブルーム・ジェンハリーを魔法少女として殺した日だ。しばらく自分は大人しくしておいたほうが良いだろう。

 また明日からは次の作戦を考えなければいけない。

 それにもしコガるんを巻き込むことになれば、非常に申し訳が無かった。ジェンハリーを倒して魔法少女ドキュメンタルを壊そうとしているのは、ミナ、リョウ、ナヒロ、そして後から協力を申し出てくれたランプの四人だ。他の人を巻き込むわけにはいかない、それが魔法少女ならなおさらだ。


(断るのが良いかな。――あ、でも)


 ミナの頭の中に、一つしなければいけないタスクが蘇る。


(そういえばアジトの買い出しが終わってなかったな……)


 最初はコガるんの誘いを断るつもりだったミナは、本当に断るべきかを考える。

 魔法少女として変身でもしない限り、ミナはいたって普通の中学二年生だ。明日の学校終わりであれば普通に遊んでいる学生のようにしか見えない。

 そもそも配信活動を行っている時点で、放送局からは何も目を付けられていないだろう。今回の作戦ではちゃんと仮面とコートを着て姿を隠していたし、現時点で特定されているような素振りもない。

 そしてアジトの買い出しをサボると、ここを貸してくれているランプにとやかく言われる。後は何より申し訳ない。


(そういえば祝勝会でもするかってランプさんが言ってたな……)


 ミナはスマートフォンにコガるんへの返信をフリックしていく。


『ナヒロとの買い物に付き合ってくれる?』


 そう送った五秒後に『もち!』というメッセージと、スタンプ五つが送りつけられてきて、ミナはそっとスマートフォンの画面を落とした。



* * *



 夜鷹市から少し離れた所、電車で言えば数駅分離れた所には、休日に多くの若者で賑わう歓楽街があった。

 駅のちょうど真正面にある大手ショッピングモールの前には、待ち合わせ場所として人気のある銅像がある。メッセージがいまいち汲み取れないキュビズムな銅像の前には、今日も若者がたむろしていた。

 そしてその人混みになんとかたどり着いたミナは、見知った顔を見つける。


「ごめん、待たせた?」


 ミナがそこにいた男女二人に声をかけると、お互いキラキラとした眼差しでこちらに手を振ってきた。


「ゼンゼン待ってないっすよ!」


 近付くミナに対して、黒を基調とした可憐でフリフリな衣装を来ている、少し化粧をした女の子が元気よく答える。

 後輩口調で話す女の子、彼女こそがミナが先日知り合った魔法少女、コガるんだった。


「コガるんの服のセンス、やっぱすごいね」


「センパイと会うのに、ロクでもない格好はできませんからね!」


 親指を勢いよく突き立てるコガるん。

 彼女はいわゆる地雷系ファッションで、少し闇が見えるメイクはどこか守ってあげたくなる危うさを醸している。

 ただミナは彼女が闇を抱えているとは全く思っていないし、事実コガるんは完全に光の存在だった。彼女の明るさは視聴者の間でも評判で、ゴスロリ病みカワファッションから繰り出される熱いミナ推しとポジティブシンキングが、魔法少女になって一ヶ月ほどの彼女に沢山のファンを作っている。


 彼女は自分よりもファッションセンスが高く、すごいなぁとミナはずっと感じていた。

 あまりポジティブになれないミナは、コガるんを羨ましいと感じると同時に、どうして自分の事をここまで慕ってくれるのか疑問で仕方がない。気になってコガるんに直接聞いたこともあるが、「びびっときたんですよ!」と第六感を告げられただけに終わっている。

 とはいえ、彼女の気持ちも本物であることは分かる。ミナは放送局に所属する魔法少女ということで、どこか人気争いのどろどろしたものがあるのではないかと考えていたが、彼女の眩しさにその考えは消滅してしまった。


「僕も今来たところです!」


 そしてもうひとり、コガるんの後ろからついてくる、ワンコのような少年。

 それはミナの仲間であり、ともに魔法少女ドキュメンタルをぶっ壊そうと決意した少年、ナヒロだった。

 彼はいつものラフな服装ではなく、メンズのスタイリッシュでカッコいい衣装でまとめている。


「ナヒロもいつもと違う私服、似合ってる」


「本当ですか、嬉しいです……!」


 内から漏れ出すような笑みを浮かべながら、ナヒロは頬を赤らめて恥ずかしそうにミナから目線をそらす。

 ただ彼はまだ小学生で、服を買えるようなお小遣いはもらっていないはずだ。彼が今暮らしている親戚の家は、そこまでナヒロに対して優しくはない。お小遣いをもらえているかどうかも疑わしいだろう。


(もしかして、またリョウの差し金なのかな……)


 ミナの頭の中に、サムズアップでしたり顔のリョウが映し出される。ちょっとだけムカついたが、まあナヒロが望んだことであれば良いかと、改めてミナは二人の衣装を眺めた。


「もっと二人みたいにおしゃれして来たら良かったかな」


 少し罪悪感を感じながら、ミナはその気持ちが少し漏れ出ているような笑みを浮かべる。

 二人に対してミナは気兼ねない普段の服装で来たため、二人よりもやや見劣りするように感じていた。

 何より二人がこの買い物に気合を入れて来てくれたのに、自分はラフな服装で、なんだか申し訳無くなってくる。

 そんなミナの表情を見て、コガるんとナヒロは顔を見合わせて、何かを理解し合ったように頷いていた。


「センパイ、まずは服を買いに行きましょう!」


 コガるんの元気いっぱいの声が、ショッピングモールの待ち合わせ前広場に響いた。

 彼女は素で声が大きいため、どうしても人目を引いてしまう。最近は慣れてしまったが、最初は嫌でも目立ってしまうため、魔法少女のくせにあまり目立ちたくないミナは恥ずかしくて仕方がなかった。

 少しだけ頬を赤らめて、ミナはコガるんへと目線を向ける。


「服?」


「そうです! コガるんプロデュース最カワエンジェルミナセンパイになってもらいます!」


「えっと、なんて……?」


 コガるんが何を言っているかよくわからなかったミナは、助けを求めるようにナヒロの方を向く。


「さあ、行きますよミナさん!」


 当のナヒロはミナの気持ちに同調できずなぜかノリノリで、コガるんと一緒にショッピングモールへと向かっていった。

 ウキウキ小躍りでも始めようかという二人を後ろから眺め、ミナはある事実に気付く。


(……そういえば、私がこの中で一番年上なんだっけ)


 ミナは少し不安げな表情で、二人の飛び跳ねそうな背中を見つめる。

 二人ともしっかりしているから大丈夫だとは思うが、暴走してどこかに行ってしまわないように気をつけよう、そして何か悪い人が近寄ってきたら自分が守ろうという使命感に駆られるのだった。

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