四月十五日 県予選まであと五十九日(南雲空)
この時間帯の外は眩しい。
「パス‼︎パス‼︎」
太志は自分に向かって投げられたボールをキャッチすると、マリオカートで虹色の床を通った時みたいに、相手に向かって加速する。
接触したと同時に、肉がぶつかり合う乾いた音がなる。
痛そうだな。と思う。そりゃ他人事だ。三人称視点から見ているのだから。
体操服があったら練習に混じってみてもいいよと、叩くと文明開化の音がしそうな髪型の人に言われたが、こんな激しい練習に混じりたくはなかった。
今日がたまたま、定休日で、今日がたまたま、体育がなくて、今日、当日たまたま太志に部活見学に誘われてよかった。
でも。なんだろう。体が切実に切望しているこの感じ。
風邪が治って、十分に食べられていない中で、おいしそうな焼肉の匂いがした時。
フッと理性の枠が外れて、全部がそれを求め出す。細胞一つ一つの核や細胞質基質を構成するものまでが、牙を剥き出しにし、涎を滴らせ、貪欲な獣になる。
それが今。ラグビーに対して起こっている。
今までにないほど、求めている。
なぜだ。
こんな激しい練習をしたかった。相手に突進して、吹き飛ばす。
力で勝つ。気持ちいいだろうな。
親がたまたまサラリーマンで、たまたま、体育があって、少し湿った体操服があって、たまたま、前日の夜、太志からLINEで部活動見学来ないかって誘われたら、
僕もあそこに交じれてたんだ。と思うとなんだか急に胸が酷く圧迫される。
負の妄想にキリがない。
家に帰る前に酒に酔っ払ったおじさん達がくだらないことを言いあっているのを横目に見るのが嫌だった。
いつも手伝いばっかでせっかくサンタさんがくれた3DSもスイッチが出るまで、十分に遊べなかった。ポケモンもX限定のやつや、ムーン限定のやつは、持っていなかったのが嫌だった。
お客さんのためだとか善人ぶって、大した利益も出てないのに、食べ応えがあったり、美味いものを安く提供して、余ったら弁当や夜ご飯に回されたり、利益が出ないからろくにバイトも雇えずに、息子にいつもいつも手伝いさせるのが嫌だった。
友達を家に呼びたくても呼べないのも、弁当に、砂肝や串に刺さったまんまの軟骨が入っているのも、それを友達にめっちゃ酒飲みじゃんと言われたことも嫌だった。
「おーいそらー」
でも、僕父さん達になんか希望を言ったっけ。
何かお願いしたっけ。
サンタさんはいつもみんながもらったのと同じものをくれた。
だから、話題には困らなかった。
常連さんの相手をしょっちゅうした。
クラスのみんなに話が面白いと言われた。
「おーいってばー、顔めっちゃ死んでたぞ。どうした?なんかあったん?」
こういう不意の優しさに弱い。
目の奥がどこにあるかがわかる。
「制服でもさ、パス練はできるくね?」
一緒にやろうぜ。そういうと。太志は口を半弧状にしてはにかんだ。
こういう優しさに本当に弱い。
「うん。ありがとう」
日差しが少し柔らかくなっていることに気づいた。
「
スッと太志の手に吸い寄せられていくように楕円のボールが飛んでいく。
そうそうそう!
めっちゃ上手いじゃん。
楽しい。
「キャッチする時はこうやって呼んでから相手の方に手を向けて…」
パンッとゴムと手がぶつかるそれを手のひらで包み込む。
うおおお!
いやマジで才能あるぞこれ。
いつぶりだろう。
「じゃあ、
平パスで投げ返すと太志が見本を見してくれた。
「手首のスナップで…相手に向けて…』
ほら!やってみ!
空気を切り裂き竜巻のようなボールが向かってくる。速い。
陶芸家がろくろを回すように、ラガーマンはボールを飛ばした。
すげぇ。マジ天才じゃん。先輩みてくださいよー
うわ。ほんとだ。そら?だっけめっちゃ上手いね
汗でおでこにセンター分けがくっついている。
やってもいないでできないなんて決めつける方がアホだ。
きっと頼んだら、毎日じゃなくてもいい。きっと頼んだら。
帰り道、暗くなっていた。僕は自転車だ。途中まで一緒だった先輩達は肌が黒く日に焼けていたので、目と口だけが浮かんでいるみたいだった。
楽しいなぁ。
自分でもわかるほど口角が上がってにんまりとしている。
父さんが白飯をかきこんでいる。言い出しづらい。息をスゥと吸い込む。
「ねぇ」
ん?なんだ?と僕とは対照的な気の抜けた声が返ってくる。
「部活やりたい。」
お。何部だ?
「ラグビー。」
店の手伝いもすんならいいぞー
「忙しい金曜日はやる。水曜日は店やってないから全部行く。あとは、十八時半に手伝い始められるようにする。」
お。めっちゃ考えてんじゃん!カランと麦茶の氷が半回転する。
「土日はずっと、忙しそうだから、行かない。」
いいんか?大会とか?
「うん。」
よし!がんばれ。そう言って肩を叩く。
太志みたいにはにかんでる。
必要ない気遣いと約束をしてしまう自分が嫌だ。
必要なところで押し切れない自分が嫌だ。
太陽が影を作るように、その輝きもまた影を作った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます