第2話

『一応聞いておきますけど、このステータスどうですか?』


俺は恐る恐る、目の前に浮かぶウィンドウを少女に見せた。

白狐の前足でつつくと、ステータス画面はキラリと光って回転し、彼女の前にふわりと移動する。


『……酷い。ゴブリンに毛が生えた程度』


『ですよねー』

魔物の知識なんて皆無な俺でもわかる。これは相当弱いやつだ。


俺は小さく耳を伏せ、尻尾もしゅんと垂らす。ちょっと落ち込みながら言った。


『なんか、ごめんなさい………』


『………! 可愛ければ……オッケーです』


え? 今なんか、彼女の目が一瞬キラーンと光った気がする。

耳がピクリと反応し、全身の毛がわずかに総立ちになる。

この「何か衝撃を受けたご様子」というやつ、ちょっと怖いぞ……?


『ところで君……名前ないの不便。名前つけていい?』


名前。確かに今まだないな……。お願いするか。

ここは素直に頼むことにした。名前は大事だし。


『いい感じのお願いします』


少女は少し顎に指を当てて考え、やがてにこっと笑った。


『じゃあこれから君は──ベルル!』


ベルル。

こういうのって、大抵「しっぽ丸」とか「モフ助」とか変な名前が来るもんだと思っていたけど……。

すごく響きのいい、ちゃんとした名前が初手で来るとは……!


『ちなみに由来は?』


『ふふふ、由来は秘密。酷い意味じゃないから安心して』


ま、まあ酷い意味じゃないならいいか……。

尻尾がわずかに左右に揺れた。たぶん俺、ちょっと嬉しい。


『ところでベルル、私の名前まだ言ってなかったね』


『え、そうだっけ?』

そういえば確かに聞いてないな。


『私はレア。レア・フォルシュザイン』


はえ〜。レアさんね。名前も格好いいじゃん。


『レアさん、これからどうするの?』


『私こう見えて超優秀。あと一年かかるはずだった学習課程を十五歳の時点で全部終えた。卒業試験も全部合格。だからもうあと二日しか学校に残れない。自立しないと駄目』


十五歳? ……一応聞いておくか。


『あの……成人って何歳からですか?』


『十六歳だけど、何か?』


やめて、その至極当然みたいな反応。

でもまあ、その感じなら大丈夫そうだ。ほっ。


『ちなみにどこで働くんですか?』


『十五歳は働けないよ?』


『え? ふぇ? ちょ! それはちょっと! え? 生活できない! ヤバいヤバいヤバい!』


『嘘。冗談。……いや、嘘ではないけど基本働けないが正しい』


『というと?』


『例外として冒険者ならなれるよ』


冒険者!? なにそのロマン溢れる夢の職業!


『なにそれkwsk!』


『冒険者っていうのは……』


『ごめんなさい、大体想像できるのでやっぱりいいです! そうと決まれば早く行きましょう!』


『落ち着いて。卒業まであと二日ある。まだ契約の途中だし、先に契約終わらせよう?』


『は〜い』


そういえば報酬についてまだ何も決めてなかった。


『えっとまず報酬は、衣食住の他に何か欲しいものはある?』


『特にないです! ペットとして並の待遇さえ受けられれば、この狐、何も不満はないです!』


───ゾワッ!


その瞬間、耳がピンと立ち、尻尾が反射的に膨らんだ。

まるで背筋に氷の針を突き立てられたみたいな、凍りつくような感覚。

同時に、レアさんから途轍もない大きな感情──それは圧倒的な「欲」が、肌を刺すように伝わってくる。


『ペット? ねぇベルル? あなた、ペットとして扱っていいの?』


こ、怖い! 瞳が! ハイライトが! 消えてる!!

全身の毛が逆立ち、耳はぺたりと寝て、尻尾は本能的に体に巻き付く。


『え? あ、は、はい………』

や、やばい! 凄まじい圧に負けて了承しちまった!!


「ふへへ……真っ白な、可愛い子狐……」


『ひ、ひぇ!』


どうやらレアさん、かなり頑張って我慢していたらしい。

彼女の理性が今、完全に決壊した。


───そこから先は、天国地獄だった。


まず被害に遭ったのは、俺の尻尾だ。


『ひゃあっ!』

ふわふわの毛並みに、小さな手がずぶっと沈み込み、ぎゅっと握られる。


「ふへへへへ……」


その声に、背筋がゾクリと震える。

もふられるたびに、尻尾の付け根から変な感覚がこみ上げてきて、まともに立っていられない。


次は背中。

小さな手のひらが毛並みに沿って何度も往復する。ゆっくり、そして執拗に。


「コォー………ン」


気づけば声が漏れていた。

心地よさとくすぐったさが同時に押し寄せてくる。

何分経ったのかわからない。永遠に撫でられ続けているような感覚だ。


そして──本能に抗えなかった。

俺はついに、腹を上に向けて寝転がってしまったのだ。

白い腹毛があらわになる。レアさんの目がギラリと光った。


『や、やめ……!』


そんな抗議もむなしく、柔らかく、しかし容赦ない手つきが腹毛をわしわしと撫でまわす。

全身の力が抜け、頭の中が真っ白になる。

気づけば俺は完全に身を委ね、ただされるがままに──。


ウトウトしている間に、いつの間にかレアさんの部屋へ。

ふかふかのベッドに乗せられ、彼女は俺の腹に顔を埋めてくる。

柔らかな吐息とぬくもりが毛並みに伝わり、意識が遠のく。


──こうして俺は、狐としての初日を、まさかの「全身もふもふ責め」で終えることになったのだった。



次の日。


『ふぁ〜、よく寝た』


ん? あれ? 体が動かない。何かに拘束されてる?


「起きた? おはよう。昨日はごめんね?」


レアさんに抱きしめられていたのか。

彼女は自分をモフりながら、昨日のことを申し訳なさそうに謝ってきた。


だが動物としての本能が告げている。

この人には逆らえない。この人に従わなくてはいけない。


『えへへへ、いえいえ………でも暫くは自重してくださいね、ご主人様』


「んえ?ご主人様?わたしが?」


(………まあ、可愛いからいっか)

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