八百比丘尼〜僕がまだ若かった頃の話をしよう

カリメロ@音楽作家

それは遥か昔のこと

八百比丘尼ヤオビクニ


ことの起こりは、少女が生まれる数世代前に遡る。

ひとりの漁師が荒海の中、村人が止めるのも聞かずに船を出した。

嵐は徐々に強くなり、船は荒波に翻弄される。

男は海に投げ出された。

「これまで、、、か」

生きることを諦めかけた時、男は人魚に助けられた。

人魚は男が回復するまで、親身に介抱した。

やがてふたりは惹かれあい、ついに禁を破ってしまう。


人魚は人と交わると人間の姿となり、再び元の世界には戻れない。


それを知った海の神々、特に海の全ての動きを司る女神、豊玉姫トヨタマヒメの怒りは凄まじかった。それは彼女が最も信頼していた人魚だったから。


初めて人間を恨んだ。


信じていた者に裏切られた苦しみの末、豊玉はその人間の一族に「呪い」をかけた。


「不老不死」か「苦しみあがいた末の死」か


---


そして時は過ぎる。


「姉さん、もうそろそろ、あの呪いを解いても良いのでは」


豊玉の妹、玉依タマヨリが言う。

彼女は何世代にもわたり、その一族を静かに見守っていた。


「もうそんなに時間が過ぎたのね」豊玉が虚ろな目をして答える。

「彼らはもう充分に罪を償ってきましたから、これで」

「わかりました。次に生まれる子で、この呪いを解きましょう」


ただ呪いは驚くほど強い力を持っていた。

それを解くには、その対象者が女性でなければならない。

しかも呪いの力に相当するような強い心を持たない場合、解呪の最中に


「その人間の魂は、永遠に苦しみの中で悶え続けることになる」


豊玉は後悔した。

「いや、人間が仕掛けてきたことなのだから」

そう自らを納得させようとしたのだが・・・


「私たちの力で、この呪いを解いてみせよう。失敗は許されない・・・」

言霊が宙を舞った。

ただ、その先に言うべき言葉は、伏せられた。


そして豊玉姫は自分の一族の中で、特に信頼できるものを、まだ赤子を身籠っている母と父のもとに送り出した。


---


そして幼く、頼りなく、優しく、純朴な少女が生まれた。


沙穂サホ


彼女はまだ、自らの運命を知らない。

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