第3章 海沿いの村のできごと

第7話 不思議なお堂

—-前エピソードのあらすじ—-

自分の運命を感じ、付喪神の波限と旅に出た沙穂。

最初におとづれた村で、自分の心殻を破り、子供たちの成長を見とどけた。

そして再び、次の旅にでることを決めた。

大切な宝物を携えて

—-


「この椿ツバキを見たら、わたしのこと思い出してね」


旅立ちの前、子供たちのために沙穂サホは一本の椿を植えた。

白い花を咲かせるその木は、彼女のお気に入りでもある。

名残惜しい気持ちはある。

けれども子供たちも大きくなったいま、自分も前を向かなければ・・・という気持ちが勝っていた。

頼りなさげな少女が、ほんの少し恥ずかしそうに顔を上げる。


早朝、海沿いの村を目指して歩き始めた。

少し緊張した面持ちで、付喪神ツクモガミ波限ナギも彼女に続く。もっとも、人間の目には見えないのだが。


次の村までは少し遠い。ずっと歩き続けても、数日かかってしまうだろう。

なので途中の集落でその日の宿を借り、お経をあげたり家の手伝いをしながら、また旅立つのだ。


その日も海沿いの道を歩いている。さすがに疲れが見え始めた沙穂の目に、小さなお堂が映った。それはこじんまりとしているが、まだ新しい木の香りがする。

「あれ?こんなところにお堂があったんだ」波限が呟く。

「ねえ、今日はここ借りちゃってもいいかな?一晩だけだから」

「多分ね」


ふたりが休んでいると、お堂の外で物音がした。

恐るおそる見ると、若い男の人がお堂の掃除をしている。

沙穂は彼に声をかけた。

「あの、すいません」

「えっ、俺・・・ですか?」男は驚いたような顔で沙穂を見た。

「はい。実は今日一晩だけ、このお堂で泊まらせていただきたいのですが。明日の朝にはすぐに立ちますので」

「いいですよ。遠慮なく使ってください。俺はしばらく掃除してから帰るので」


男は、何かお手伝いしましょうか、という沙穂の申し出を丁寧に断り、しばらくすると、そそくさと帰っていった。

「あの人がお堂の世話してたんだ。なんか親切そうな人で良かったぁ。でも何もお礼できてないけど、いいのかな」

「自分で断ったくらいだからなぁ。まあそう気にするなって」波限が答える。

その晩は心地よい風が頬を撫で、穏やかな波の音にも誘われて、沙穂はぐっすりと眠ることができた。


翌朝、少しばかりのお礼にと感謝のお経をあげ、ふたりはお堂を後にした。

その日は順調に歩を進め、夕刻には目指していた村に辿り着いた。

村にある、ただひとつのお寺の和尚とその弟子たちが、旅の苦労を労ってくれる。


沙穂は前日に泊まったお堂のことを、和尚に話した。

しかし、その場所にお堂があったとは、彼も知らなかった。弟子たちも聞いたことがないという。

ただ近くに住む人たちが、旅人のために小さな休み所を作ることがあるらしく、その一つかも知れないということだった。


「なあ、沙穂」不意に波限が話しかける。

「俺さ、なんか気になるんだよな、あのお堂」

「どうして?」

「だって、和尚も知らないんだぜ。こんなに村の近くにあるのに」

「ねえ、波限は何心配してるの?」

「いや、なんとなく気になるだけ」

「もしかして、波限も疲れてるんじゃない?荷物持たせすぎた?」沙穂が戯けて言う。

「お、俺は神様だぞ。大丈夫に決まってるだろ!!」


翌日、村人への挨拶回りの準備をする沙穂。

荷物の整理をしていると、あることに気がついた。

「えっ?あの折り紙が・・・ない」

子供たちから貰った綺麗な折り紙を見ながら気持ちを落ち着かせようとしたのだが、肝心のそれが見当たらない。

「うそ、、、どうしよう」彼女は動揺した。


袋の奥に大切にしまっておいたので、落としてしまうはずもない。

村に着くまで、袋から取り出したこともない。

波限に尋ねても、袋からは出していないという。

泣きそうな顔で、沙穂はうずくまった。

子供達から貰ったそれは、彼女にとって何より大切な宝物だから。


波限は、あることに気付いた。そして沙穂を励ますように言った。

「なあ、今はとりあえず、和尚と出かけてみようか」


ここはとても小さな村だが、みんなで助け合って暮らしていた。

ただひとり、体の具合が良くないお婆さんがいた。

家族は息子がひとり。仕事が忙しく、あまり姿を見かけないとのことだ。

そこで数日に一度、和尚が家に出向き彼女の様子を見ていた。

沙穂もそんな彼女のことが気にかかった。できれば毎日、少しずつでもお世話をしたいと思った。

彼女の申し出に、和尚も快く頷いた。

そして毎日のように、沙穂はお婆さんの家を訪ねた。

昔の話や、息子のことを楽しそうに話してくれる彼女に、沙穂もゆっくりとだが心を開いていくのだった。


けれど沙穂の心の奥では、あの折り紙への想いがくすぶり続けている。

そして波限もまた、あのお堂で感じた違和感を忘れることができずにいた。

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