14話 夜のような黒髪はお嫌いですか?

企画委員としての準備は大変だったが、最高に楽しかった聖アルカディア学園ローズフェスタ。

学園内が薔薇に包まれ、様々な出し物や屋台が出ていた。

ミアたちの屋上サロンもふれあい動物コーナーも大成功だった。


そして恋人たちが愛を誓いあう伝説の薔薇のアーチ。

美しいローズピンクのバラたちの祝福を受ける場所。


(自分とアレクシスが一緒に歩いてしまったなんて!

もちろん、偶然だし、人込みに流されてだし……。

でも、でも、偶然バンザイ!

照れくさそうなアレクシスが見られるなんて一生の思い出だよ)


ミアはたびたび感傷にひたったが、それももう終わり。

一つ困ったことが待ち受けていた。


「大変!1か月前に出てた魔法生物学のレポートまだ書いてなかったのでございますー

あーあ、ローズフェスタの準備に夢中だったからなぁ」


「締め切り来週だぞ、ヤバいな」


「サクラちゃんお願い!レポート書くのに使えそうな本、今から教えてもらえないかな?」


見た目も、中身も不良っぽいが、実はサクラ、成績は優秀だ。

「わりぃ、俺、これから部活なんだわ。スカウトされて、バスケットボール部」


サクラはすまないとミアに手を合わせた。


「わー、サクラちゃんにぴったりだね」

「おう!試合に勝つと焼肉なんだぜ」


そんなわけで、ミアは放課後一人で図書館へ向かった。


図書館と言っても別館の建物で大学とも共用のためかなりの広さがあり蔵書も豊かだ。


参考になる本を見繕ってさっさと書き上げてしまおう。

レポートのテーマと、参考書さえ決まれば、あとは何とかなる。そんな自信がミアにはあった。


魔法生物学の棚はこのあたりかな。

よくわからないのでミアは手当たり次第に本を選んでいく。

本が多すぎて、正直よくわからない。


これにこれにあれにそれ。

魔物の分類、生態の本などなど。

同じ魔物でも各地でバリエーションがあるらしいから、それについて書いてみよう。


そういえば、アレクシスが魔法生物学の教師に反論していたっけ。

魔物による傷が早く治る研究が始まっているというのは、本当だろうか?

夢物語すぎてにわかには信じられない。


魔物や魔法による怪我の傷は、通常の傷よりも悪化しやすく治りがずっと遅いのだ。

ミアの村にもそれに苦しむ村人は多かった。魔道具での事故はよくあることだ。

もし新しい治療法が開発されても、貴族向けだろうな。


聖薬師協会の名前がミアの頭に浮かび、ミアはため息をついた。


前が見えないほど本を何冊も持ちよろよろと席に戻ろうとすると、急に軽くなった。


アレクシスが、本をひょいっと取り上げたのだ。


「アレクシス様!」

こんななさけない恰好を見られるとは、ミアは赤面した。

「勉強熱心だな」

「あの、ありがとうございます。魔法生物学のレポートなんです」


「テーマは決まっているのかな?」

「王国各地の魔物の違いについてです。特にドラゴンの違いを書くつもりです」

「それなら、この本ではなく別の本がいい、さぁ、向こうだ」

端正な顔立ちを眼鏡越しに見せながら、アレクシスはミアのレポートに役立つ本を選んだ。


「これで、レポートが書けます」

「よかった。他に困ったことは?」

「数学の問題で分からないことろがあって」

(図々しいかもしれないが、せっかくのチャンスだ、教えてもらおう!)



「解けたー!!アレクシス様って本当に教え方がお上手なんですね」

アレクシスはミアのうれしそうな顔をみて微笑んだ。


しかし、すぐに真面目な顔になった。


「1年生の魔法生物学の教師は、ジェイド・ヴァルナ先生だろ?君のクラスの副担任もされているね。どんな先生なのかな?」


「真面目でいい先生です。厳しいところもありますが」


「そうか、生徒たちの間で何か噂は?」

アレクシスらしからぬ質問にミアは小さく驚きつつ答えた。


「うーん、数学の先生と婚約してたけど、取りやめになったって噂はありますけど。本当かどうかは分からないです」


アレクシスはなるほどと小さくつぶやいた。

「僕はこの時間、図書館に来ることが多い。また会えたら、勉強をみよう」

「ありがとうございます!」


二人して図書館を出た後もあたりはまだ明るかった。


6月の夏至が近く、陽が落ちるのは遅く、あたりは黄金色の光に満ちていた。


空は淡いオレンジ色から、グラデーションのようにピンク、そして薄い青へと移り変わっていく。


どちらからも別れの挨拶を切り出しにくく、つい長話になってしまった。


「そうなんだ、シモンがミアさんの村のダミドク茶に興味津々でね。今度帰省することがあれば、彼の分のダミドク茶をお願いしたいな」

「それはもうぜひ!うちのどくだみ茶作りは6月が忙しくて、それが終わると夏至祭りなんです……」


遠くから聞こえる生徒たちの笑い声や部活動のかけ声が、夏の訪れを告げるかのように、空気に溶け込んでいる。風は心地よく、ミアの髪をそっと揺らした。


もしかして、これって、いい雰囲気?


セレスティア様が貸してくれた小説に出て来たあの雰囲気なのでは?

キスや告白前のあのときめくいい感じなのかも?


グーグー!


そんないい雰囲気をぶち壊すように、ミアのお腹が鳴った。


上品な令嬢にあるまじき音だが、こればかりは仕方ない。


気まずい……。ミアは遠くを見るしかなかった。


アレクシスはと言えば、なにやらかばんの中をゴソゴソとしている。

「頭を使うというのは、腹が減るものだ。少し休もうじゃないか」

二人は図書館脇のベンチに座った。


アレクシスはかばんから、何かの包みをさっと取り出した。

「これを食べないか?生徒会への差し入れでもらったんだ」

包みはかわいらしくラッピングされている。

いくら鈍感なミアにもその意味は分かった。

(食べるわけにはいかないよ……)


「アレクシス様がいただいたものを、私が横取りするわけには……」

ミアは思わず首をぶんぶん横に振ってしまう。


「どうせ、家に持って帰っても兄さんが夜食として食べてしまうから、いいんだよ。二人で食べよう」

そう言って彼はブラウニー1切れ彼女に手渡した。


「いつもこういった差し入れを、もらうのだが。

これはもしかして、学園の食堂の昼ごはんが足りないと言うことだろうか?

大盛りにしろ?あるいは補食が必要だと言うメッセージなのか?」

うーむと、アレクシスは悩んでいる。


ミアは心の中で、必死に、『違いますよー、それはアレクシス様への愛情を伝えるための差し入れです!』と叫んだ。が、自分の口からうまく説明できる自信がないので黙っていた。


「いただきます」

一口食べるとほろ苦いチョコレートの味が口に広がった。思ったよりも大人の味。

(やっぱり、これって、アレクシスを意識して作ったのかな?)


しっとりした食感も完璧。クルミがゴロゴロ入っているのも食べ応えがある。

香り付けに洋酒も使われているようだ。


アレクシスはニコニコと彼女がおいしそうに食べるのを見ていた。

食べ終わるとすかさずもう1切れ差し出すのだった。


ミアは真っ赤になった。

(飼い主様の食べ物を奪って食べるなんて、ありえないよね?

でも、幸せ過ぎる……)


「アレクシス様は、甘い物はお嫌いですか?」


「特に好むわけではないが、嫌いではないよ。ああ、そうだ、香りがいい焼き菓子が好きだな。最近口にすることはないのだが」

「焼き菓子ですか」


「子供の頃だな、うちにいたお手伝いさんが、たまに作ってくれたよ。懐かしいな。いつでも食べられるわけじゃないから余計記憶に残っているのかもしれないな」

ミアにはそれがすぐになんのことか分かった。

レモンクッキーのことだ!


あのお手伝いさんはお屋敷の庭のレモンを採って皮をすりおろしていた。子猫のニアはその匂いが嫌いだったのだ。

後ろ足で砂をかけるしぐさをしたこともあった。

アレクシスと兄エドワードはそれを見て『猫ってみんなこうなの?』と大笑いした。


10歳の彼が、レモンクッキーをパクリと食べてごくごくとミルクを飲んでいる様子がミアの頭に思い浮かんだ。

なぜだか涙が出そうになる。


ミアはあわてて話を変えた。


「あの屋上サロン、夏の花を植えようってみんなで相談してたんです」

「それはいいな、今度見に行くよ」


アレクシスは静かにミアの横顔を見つめた。

「君がこの屋上を、コツコツと癒しの場所にしてくれたからだ。そのアイディア力や仲間を集める力はどこから来るんだろう。全く君はおもしろい人だな」


そう言って彼はミアを不思議そうに眺めた。


二人の間に甘く、しかしどこか落ち着かない沈黙が流れる。

いつの間にかあたりは薄暗くなり、すぐに暗闇に包まれるだろう。


「寮の門限は?」

「夕飯の7時です」

「さあ、送ろう」


「ありがとうございます。でも大丈夫です、寮はそこですし」

「そうはいっても、君もレディだ。何が起こるかわからないだろ」

「えーと、走って帰るので大丈夫です」


令嬢としてはどうかと思うが、脚力には絶対の自信がミアにはある。


「いや、交通事故が心配だし、そもそも君は落ち着きがない」

アレクシス様どうしちゃったの!? 学園内で交通事故はないと思うけど。


「君の髪の色は黒い。金色やシルバーならよかったのだが……」


!? そのアレクシスの言葉にミアはハッとした。


(もしかして黒髪はお嫌いなの?)

「し、失礼します……」


ミアはかばんを抱えて駆けだした。

風のような早さで寮に着いた彼女は、淡々と夕飯を食べ、風呂に入りベッドに入った。


髪を触ってみる、この黒い髪は、漆黒の闇のように深い色だとほめられたこともある。

転生先の両親は事あるごとにほめてくれた。父も母も自分たちにそっくりだとうれしそうに。


そして、黒猫だった頃もまるで黒い別珍のように素敵だと何度も褒められた。


でも、アレクシスには、地味な色、さえない色だと思われていたなんて。

金髪やシルバーみたいにキラキラした明るい色の髪が好みだったなんて。


翌日「黒い髪をどうにかできないか」と生徒会長セレスティアに相談してみたところ、彼女は、「黒髪は夜空の星々のように美しい!アレクシス様もきっとそう思っているはずよ!」と力説した。


ミアはセレスティアの美しい金髪をちらりと見てトボトボと帰って行った。



恋愛小説マニア、セレスティアは、自宅の書斎で本棚を見つめていた。

古今東西の恋愛小説がそろえられている。文学的なものから、庶民が読むものまでずらりだ。


なかでも、セレスティアが好むのは、騎士と姫がドラゴン退治をして愛を誓うだの、お庭番とお嬢様の逃避行だのといった巷の若い女性に人気の恋愛本だ。


「さて、ミアさんに次は、どんな本をお貸ししようかしら?でも、恋愛本が本当に必要なのは、あの方よね……」

セレスティアが思案に沈んでいると、静かなノックの音がした。


「お嬢様、お飲み物をお持ちしました」


柔らかな声とともに現れたメイドが、ティーカップをそっと差し出す。湯気の立ちのぼるその中身は、ローズヒップにハイビスカスをブレンドした赤い色が美しいハーブティー。


夜の読書の友として、彼女は紅茶ではなく、カフェインのないハーブティーを選ぶのが習慣だった。

美容に良いとされるその一杯は、彼女の揺れる心をほんの少しだけ、落ち着かせてくれる。


カップを唇に運び、ひと口含む。酸味の中にほのかな甘みが広がり、セレスティアは小さくため息を漏らした。


「はあ、アレクシスって昔から大事なところでへまするのよねぇ、変わってないわ」

さらに深くため息をつきハーブティーを飲み干した。


「でも、彼が女性のことを気にかけるのって、はじめてじゃないかしら?これまで風紀委員に生徒会、研究にって身を捧げてらっしゃったから。

彼女と出会って笑顔が増えたのよね」

そのため息は、まるで誰にも届かない祈りのように、静かに夜の帳へと溶けていった。



一方、同じ黒髪であるサクラは「魔法染料で何とかならないこともないが、たけぇんだよな。俺も金髪にしてみたいんだけどさ。でも人のために染めるなんてやめときな、そんなのつまんねぇよ」と助言した。


「でも……アレクシス様が」


サクラは深いため息をついた。

(まったく、親友をこんな顏にさせるなんて、風紀委員長のやつ許せねぇよ。

本当はあいつ、黒髪でも金髪でもなんでもいいんだよな。

ミアが笑ってさえいればな)


けれど今それを言っても彼女は信じないだろう。


「それにしても、風紀委員長のやつ、あんなに頭がよさそうなのに、なんでアホなことばかりやらかすんだろうな」

ぼやきが止まらないサクラだった。


「作者より一言」


お読みいただきありがとうございました!


黒猫ちゃんは、本当に交通事故に合いやすいんですよ!

近所の黒猫ちゃん2匹くらい、そういう話を聞きました。

人懐っこい子ほど、車も恐れないみたいですしね。


外で、のんびりし楽しそうな猫を見るのは好きだけど、やっぱり放し飼いは、事故がねぇ。心配ですよね。


あと、猫がレモンに砂をかける(しぐさ)のは実話です。

うちの猫は、酢の物に砂をかけてました。嫌なら、匂わなきゃいいのに。

わざわざ毎回怒られるのにテーブルの上登ってやってましたね。


次回は誤解があっという間にとけます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る