第11話 大喧嘩始めました
街はあれから、静かに崩壊していった。
面白いくらいに全て上手くいった。
面白い……はずなのに。
……笑えない。
最初、街を見たとき思ったんだ。
こんな街、崩すのに手間はかからないって。
まずは街の破壊という第一フェーズは終わった。
今後は老衰のため、人間の選定でもしていこうか。
SNSとか見ていても分かった。
みんな平和ボケしてるんだ。
時代が便利になったから、自分たちの救える範囲が広がったって勘違いしてるんだ。
これだけのことをしてなお、SNSでは様々な意見が飛び交っている。
『#避難所探しています』
『お嬢さん、うちにこない?』
『魔物に壊された風景』
『ディストピア的で美しい』
『#魔物可愛そう』
『なんであの状況で発砲したの?』
『助けて』
あたしなりに精一杯考えた。
これだけ沢山の意見があって。
SNSはそうした沢山の意見に晒されて。
そのせいで、誰かから反感を買うのだ。
それならば。
もういっそのこと。
自分と違う意見の人は排除してしまおう。
……ふと思う。
ここで死んだ人たちはどうなるんだろう。
……胸がズキンと痛む。
「……羨ましい限りね」
終われるのだから。
あたしとは違って、一生苦しむことなく、終われるのだから。
SNSで一つの動画を再生する。
悲鳴が聞こえる。
花が踏み荒らされている。
まただ、また、胸が痛む。
この痛みはなんだろうか。
もしかしたら新しい病気なのだろうか。
あたし、壊れちゃったのかな。
或いは、最初から……。
そうだ、こういう時はいつでも
「ねぇ、セレナ……」
いつでも答えてくれる人はいなかった。
手を差し伸べてはくれなかった。
あたしが手放したのに。
何してるんだろう。
あたしこんな調子で……。
ホントに終われるのかな。
ガタッ
「ひゃっ!なっ、なに!?」
「……なんでこの状況でそんな可愛らしい声から始まるのですか。
せっかく覚悟決めてきたのに」
天井が一部崩れたかと思えば、2人の人影が落ちてきた。
セレナが、戻ってきてくれた。
ノエルも、来てくれたんだ。
「なるほどね。
勇者と結託して、あたしを倒しにきたわけね。
そう、今の私、最高に魔王してると思わない?」
「……してるか?魔王」
「さぁ?行動自体はそれっぽいですが、なんかまぁ、空虚ですね」
勝手なことばっかり。
空っぽだから何なのよ。
あたしは、終わらなきゃいけないの。
「さぁ、ノエル。
戦いましょうよ。
前みたいに、あたしを剣で刺してさ」
「ごめん。
剣はその、忘れてきたんだ」
「……は?」
あの頃の再現じゃないの?
勇者が魔王を倒して。
倒して……倒して……?
何になるんだろう。
「世界を救うためには剣が必要だと信じていた。
でも、クラリーチェを助けるのに、人を傷つける道具なんて、要らないんだ」
あたしを助けるってなんなのよ。
なら今すぐ助けてよ……!
この胸の痛みを止めてよ!
「どうしてみんな、そんなに勝手なの?」
……あれ。
あたしって、どうして欲しいんだろ。
終わるために。
そう、終わるためだ。
だから倒されることに救いは何もない。
「あたしは、間違ったのかな。
誰がその答え合わせをしてくれるのかな」
なんか、もう、考えるのも面倒だ。
あたしの目的の障害物だ。
特にノエルはずっと、邪魔だったじゃないか。
最初から。
老衰する決意を固めた時も。
あたしの中で、あの思い出がずっと邪魔で。
……邪魔なんて、いつ思ったっけ。
「もう……どうだっていい!」
「どうだっていいは私のセリフです!」
唐突にセレナが叫んだ。
あたしに対して叫ぶのは、これが2度目かな。
「ウジウジといつまでも……!
いい加減やりましょうよ。
本気の喧嘩を」
構えた。
あのセレナが。
あたしに向けて。
「……いつまでも逃げてたセレナが?
あたしに敵うと思って」
ゴギュッ……
凄い重い音があたしの腹部を貫く。
「私、魔王様と違って、死んだら死ぬんですよ。
だから背負うものも、守りたいものも、死んだら全て終わりなんです」
セレナは手をパラパラと払う。
「……今だけは魔王の側近でも、友達でも、親代わりでもなく、敵として戦いましょう」
再び拳を構えた。
まずい。
これ、すごくまずい。
あたしは魔王の剣を構える。
セレナはあたしの攻撃を待っているようだ。
……余裕ばかり。
「みせやがって!」
あたしはそれなら、と魔法陣を展開する。
いつかノエルがやっていたように。
魔法陣を拡大し、氷の塊を射出する。
「さぁこれ、どうやって避ける!?」
ものすごい質量がノエルとセレナを襲う。
セレナは避けれたとしても、ノエルはどこかに吹き飛ばせる。
セレナは避ける素振りを見せない。
避けないと押しつぶされちゃうのに。
それこそ不死身でもないと……。
「……セレナぁ!」
今更、胸にズキッとまた大きな痛みが走る。
「はぁっ!」
「……へ?」
セレナは拳の先に魔力を集中、凝縮させる。
魔力は硬い殻となって、拳の反動を軽減する。
そのおかげか、セレナは躊躇することなく拳を前に突き出した。
あれほどの質量を持った氷が、砕け散った。
……デタラメだ。
「なんで今、私の名前を呼んだのですか!」
また距離を詰められ、今度は天井まで蹴り飛ばされる。
「だって!死んじゃうかもって!」
「魔王様は随分とお優しいのです……ねぇ!」
天井に張り付いていた身体を再び側方に蹴り飛ばされる。
勢いを殺せない。
「優しくない!
優しくなんてない!
優しいなんて、ダメだから!」
向かってくるセレナに剣を向ける。
今、このタイミングなら中段からの切り上げが入る。
あたしは剣を構える。
タイミングを計るため、セレナの方を見て、手が一瞬ピタッと止まる。
「攻撃しないのですか!?」
「ゴホッ……ガハッ……だって……だって……!」
セレナは死んじゃったら。
あたしたちとは違って。
あたしの前から。
「羨ましいのでしょう!?
死んだら終われることが!
終わらせて……見てください!」
ドガッ
再び、天井に張り付けにされる。
でもそのおかげで、セレナとの距離は開いた。
今なら魔法陣の展開も間に合う。
あたしとセレナの直線上。
いくつもの魔法陣を展開する。
案の定、セレナはそれを避けるでもなく突撃してきた。
8つに、それがまた更に8つに分裂した魔法陣は、一つ一つ膨張、収縮を繰り返し、赤白く光り輝く。
一つが爆発し、連鎖するように64個の魔法陣が全て爆発する。
「ああぁぁぁぁああ!!!」
あたしの慟哭と共に発生した爆発を、
セレナはそれを全て真正面から受けた。
「……せ、セレナ!」
「そんな中途半端な覚悟で、私に挑んできたのですか」
この人はいつもそうだ。
今だって、頭から血を流して。
そんなに痛そうなのに。
あたしの心配をよそに、何ともないような顔をして、彼女すら知り得ないどこかで、傷ついてるんだ。
「……胸が凄く痛いんだよ。
張り裂けそうなくらいに」
言えた。
ずっと、悩んでいた。
この痛みを。
誰かに打ち明けたかった。
……違う。
セレナに打ち明けたかったんだ。
「……それは、あなたの弱さです。
そして、強さでもあるんです。
いい加減、思い出してください」
右手首をギュッと掴まれる。
ドンッと大きな衝撃音を立てながら、床に打ち付けられた。
……走馬灯が、見えたんだ。
いや、純粋に思い出したのかもしれない。
小さな頃。
夏の頃のことだった。
「あ、あっちいけー!」
木の棒をブンブンと振り回す。
あたしは肩に怪我を負っていた。
背後には、茶髪の小さな子供。
確かこの子が魔物に襲われていたのを助けたんだっけ。
そしてあたしはそれを庇って、肩に怪我を。
「あたしたちは、食べてもおいしくないぞー!」
精一杯、木の棒をブンブン振り回す。
威嚇していた魔物が、突如しゅんと小さくなった。
「ここにいたのか、クラリーチェ」
「ひぃじぃちゃん!」
先代魔王。
彼は力を持っていた。
力で世界を支配していた。
というのはまぁ、表向きの話だ。
実際力はあったが、世界の支配など考えてなく、正当防衛を心がけていた。
「人間を助けたのか。
優しいな、クラリーチェは」
あたしの頭をガシガシと撫でてくれる。
あたしは少し喜んだが、微妙な気持ちになる。
「ねぇ、ひぃじぃちゃん。
あたし、魔王になるんだよね?」
「ん?そうだな。
そうしてくれると、ひぃじぃちゃんはとても嬉しい」
魔王に、必要なのだろうか。
この優しさは。
「あたし、痛いのが凄く嫌なの。
でもさ、魔王って痛いのとか平気じゃないとダメだよね……」
先代魔王は少し考え込む。
その目はとても優しい目をしていた。
「そうかそうか、クラリーチェは痛みに敏感なのか。
それは我にはない、とても凄いことなんだ」
おかしな事を言う。
それはあたしにとって、弱さだ。
「我はな、人の痛みに気づけない。
だから誰かが苦しんでいても、手を差し伸べようという発想がない。
クラリーチェは痛みに敏感だからこそ、こうして誰かが傷ついたり、苦しんでいたりした場合手を差し伸べる事ができる」
それはこの歳のあたしにとって当たり前すぎて、理解ができなかった。
でも、あたしの力が褒められたって、喜んだ。
「クラリーチェはもしかしたら、魔物だけじゃなく、人間にも寄り添える魔王になれるかもな」
そう言って、あたしの頭を再びくしゃくしゃに撫でたんだ。
この胸の痛み。
そっか、共感してたんだ。
「セレナ!落ち着いて!」
「落ち着けません!
あの分からずやのアンポンタンにトドメを刺すんです!」
目を覚ますと、2人が何やらイチャイチャしていた。
……思えば久しぶりに、こんなに安心して寝ていた。
なんかそう思うと、また、眠く……。
「おやすみぃ……」
なんだか今日は世界が、優しく感じたんだ。
「クラリーチェぇ!?」
どうしてこの人たちはシリアスが出来ないんだろう。
「ごめんなさい、セレナ。
全て思い出したんだ。
あたしの胸の痛みの正体も、えっと、セレナに友達として呼んでって言った記憶も……」
「まったく。
遅すぎるんですよ。リーチェは」
セレナは拗ねていた。
今日は本当に色んなセレナの表情を見る。
「では、今後はどうしましょうか。
3人でどこか遠くの地を探して、老衰目指します?」
「え、俺も巻き込まれるの?」
「当然です」
ノエルには、いつも苦労をかける。
でも、なんだかんだでいつも付いてきてくれるんだ。
だから、こんなワガママも言ってみたくなる。
「あたし、一つやりたいことがあるんだ」
それはかつて願った願い。
でも、本質は少し変わってきた願い。
「あたし、今まで死ぬために生きてきたけど、これからは……。
これからは、生きるために、生きてみたい」
セレナはフッと軽く笑う。
言うと思った、とでも言いたげに。
「難しいことだとは思うんだけどさ。
……こんな状況だし。
でも、きっと、そのために俺はここにいるんだ」
セレナだけじゃなく、ノエルも手を差し伸べる。
「これからは一緒に生きていこう」
死ぬためじゃなくて、生きるために
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます