第10話 平和的解決やめました

「お前はあたしの側近だろ?

なぜ様を付けないんだ?」


「……え」


いつからかは覚えていないが、セレナはあたしに呼び捨てで接するようになっていた。

関係性の変化だと、最初は嬉しく思った。

でも、最近よくよく考えたんだ。


「どんな物語でも、主人を呼び捨てにする側近なんていない。

あたしたちは友達ってわけではないんだ」


セレナがぐっと拳に力を入れたのが分かった。

……怯んじゃダメだ。


「……どうしたのですか、リーチェ。

少し様子がおかしいですよ」


あくまで平静を装って接してくる。

きっと、あたしが疲れてると思ったのだろう。

……そうだ、もう、疲れたんだ。

だから、終わらせるんだ。


「そうだよ、ホントは最初から勇者を2人で叩き潰しちゃえば良かったんだ。

死なないならさ、再起できないくらいに。

でも、なんで逃げたのさ、セレナ」


「……最初の時点で、私は玉座が魔王の復活場所になることは知ってました。

だから破壊されるわけにも、持ち去られるわけにもいかなかったのです」


「つまり、セレナはあたしが勝つことを信じていなかったんだ。

負けると思って逃げたんだ」


「違います、あくまでも念の為……」


「そうだよね、セレナはあたしと違って、死んだら終わりだもん」


……言ってしまった。

今まで思ったことすら無かったのに。

でも、その先の言葉も止まらなかった。


「長命種って不死身みたいなものって思ってたけど、いざ完全な不死身みたいになると違いがよく分かるわね」


胸が痛い。

張り裂けそうだ。

言葉一つ一つが針のように刺さってくる。

でもきっと……。

言葉を受けてる方はもっと……。


「羨ましいよ、死んだら終われるなんて」


「そんなこと言わないでよ!!」


あのセレナの、初めての叫びだった。

胸がズキンと痛む。

今ならまだ謝れる。

そうだ、謝ろう、ごめんなさいしよう。

今なら……まだ……。


「……あれ?もしかして怒っちゃった?」


「怒るよ!悲しいよ!

……やめてよ……」


言葉はあたしの意に反して飛び出していった。

返ってきたのは、普段のセレナからは考えられないほどの語彙だった。

大粒の涙を流し、あたしを睨みつける。

その目線はどこか、あたしの先を見ているようだった。


「この……分からずや……!」


それだけ言って、セレナはこの場を去っていった。


「……ぅ……うぅ……」


正直、あそこで粘られなくて助かった。

だって、あたしも。


「……ぅわぁぁああ!!」


限界だったから。

初めての、セレナとの喧嘩だった。


声を殺して泣こうとした。

それに逆らうように、大きく、醜い声が出た。

これが魔王の姿だなんて、誰にも見られるわけにはいかない。


……でも。


「……セレナぁ……!」


赤子が母親を呼ぶように。

無意識的に呼んでしまった。

あたしから手放した人の名前を、あたしは叫んでいた。

セレナにだけは、聞いてほしかった。

強くあろうとする自分と、甘えたい自分が、心の中で喧嘩していた。


本当は苦しいんだって。

本当は辛いんだって。


何度も何度もセレナは振り返ってくれた。

何度も何度もあたしはその手を振り払った。


今更なんて都合の良いことを考えているのだろうか。

今更何を期待しているのだろうか。

あたしの涙を見て、セレナが戻ってきてくれるんじゃないかって。


……無理だよね。


涙を無理矢理拭う。

こんな姿、支配者として見せてはいけない。

あたしは魔王城内部へと戻る。


あたしは、力による支配のための準備は整えたのだ。

あたしはスマホを取り出す。

SNSに、こう一言書き込んだ。


『今こそ反撃の時だ』


#も何もない、連絡としてのメッセージ。

共感してほしいわけでも、意見してほしいわけでもない。

あたしの気持ちなんてもう、どうだっていいんだ。


これは、命令だった。





街の中心部から悲鳴が上がった。

運搬用として雇われていたゴーレムが暴れ出したのだ。

腕を振り回し、周囲のガラスや植栽を破壊して回る。

人々は悲鳴を上げながら、散り散りに逃げていった。


「おい!こういう場合はどうするんだ!」


「えっと、資料では……。

他の魔物が鎮圧にかかり、それでもダメそうなら首輪を魔王が爆破と」


「お前ゴーレム研修受けてないのか!」


「受けてませんよ!任意だったじゃないですか!」


「そうか、俺もだ!」


暴れ回るゴーレム。

しかし周囲の魔物はそれを止める気配はない。

それどころか、それを皮切りに一斉に暴れ始めた。


「お、おい!どうなってるんだ!

首輪はどうなってるんだ!」


「わ、分かりません!

すぐさま対応するとしか……!」


警備の2人は、ゴーレムの腕に弾かれ、壁に叩きつけられた。


住宅からは植物の茎が異様な成長を見せていた。

観葉ドライアドの暴走だ。

建物を根が、茎が、花が覆い尽くす。

建物はミシミシと音を立て、崩壊する。


「うちのポチを傷つけないで!」


「そんなこと言ったって……うわぁ!」


ガウガウと獰猛な鳴き声で、ペットのケルベロスが襲いかかる。

警備員は銃を発砲できないまま組み伏せられた。


「ポチ!私よ!ポチ!」


ケルベロスは一つの頭だけ、その婦人を見た。

ケルベロスは今まで彼女にされた仕打ちを思い出す。

するとケルベロスは、どちらが主人か思い出させるように、その婦人に噛みついた。


「今の状況をどうご覧になってますか?」


テレビのモニターには別の場所から中継がされていた。

魔物へのインタビューの途中だった。


「……最高ですね」


インタビューに受け答えしていたゴブリンは手を挙げると、一斉に周囲の人間に襲いかかる。


「や、やっぱり魔物を街に入れるべきでは無かったんだ!」


小太りな男が、スタジオでそう叫ぶ。


「いいや?正しかったんだよ」


そう反応したのは魔物ではなく、人間。


「そう!魔物とは本来こうあるべきだ!

我ら魔物愛護団体の一種の悲願なのではないか!?」


SNSでは意見は二分されていた。

『魔物ってやっぱり怖い』

『でも殺される魔物可愛そう』

『魔物だって心あるんだよね』

『これ、世界終わるんじゃね?w』

『#魔物撲滅』

『#魔物擁護』

リーチェはその様子を見て、一切の表情を変えなかった。


「お前たちは、ホントに何も変わらないな」


人間とは、ここまで愚かだったかと、心底見下していた。




夜になろうとも、その破壊は留まるところを知らなかった。

しかし、街の喧騒は前よりも静かだった。

皆怯え、街の隅にうずくまる。

チリチリと燃える火が、今の街の数少ない灯りだ。


セレナはそんな街を堂々と歩く。

街の人は彼女を恐れ逃げていく。

魔物は彼女に向かっていくが、片手でその勢いを止める。

彼女の足は、ある一点を目指して止まらなかった。




「魔王様のため、ご助力願えませんか」


「……また来たのか」


俺がうずくまっていると、前みたいにセレナが目の前にやってきた。

前と同じ、パンケーキを食べていた席で。


「……で?次は何をやらされるんだ?

カップルバンジーか?

カップルカラオケか?」


「どれも魅力的な提案ですね。

ですが違います。

ノエル様、どうか、リーチェを救ってください」


セレナが人間に頭を下げた。

よりにもよって、あの勇者に。


「……それは無理だな。

悪い、他を当たってくれ」


もう、俺には握る剣もない。

彼女の手を取る、権利もない。


「リーチェは今もなお、苦しんでいます。

人の悪意を目の当たりにして。

今までのことを無かったことにして」


「だからといって、なんで俺なんだ」


かつて、俺は彼女を殺め続けた。

その行為に、意味などなかった。

ただ、空虚な自分を、使命で満たしていた。


意味がないと気づくと、俺は空虚な自分を彼女で満たしていた。

その時間は幸せを感じていた。

でも結局、彼女一人守れなかった。


「勇者である俺は、世界の平和のために、女性一人を不幸にし続けた。

世界の平和も、空虚なものだった。

勇者をやめた俺は、彼女一人守れなかった。

俺の手からは、いつも、大事なものばかり零れ落ちていく」


俺もあの瞬間だけは、100年以上生きてきて、あの瞬間だけは、幸せだったんだ。

空虚な俺は満たされていたんだ。

でも……。


「こんな男、もう愛想尽かされただろ」


「はぁぁぁ???」


ため息と、呆れた声が同時に聞こえた。


「クラリーチェー!」


「お、おま!あの時見てたのかよ!」


ギルドの前で、人だかりの中、確かに刺されたクラリーチェを見た。

聞こえなかったはずの「ごめんね」の声が、一生頭にこびりついて離れないんだ。

その瞬間を、セレナに見られていたと知り赤面する。


「あの瞬間、確かに私は感じましたよ。

うわ、未練たらたらじゃん、コイツって。

まだあの関係諦めたくないんだって、応援したくもなりましたよ」


それがなぁ、とセレナは俺を頭の先から爪先まで見る。


「今じゃこんな腑抜けちゃって。

こんなんじゃ、うちの娘はやれません!」


「は!?今そんな話じゃ無かっただろ!?」


「ないんですか、もっと、こう!

関係を戻したいとか!

あれしたい、これしたいとか!」


「うっ……ぐっ……」


言葉に詰まる。

今まで何度も考えてきた。

でも、その度にこんな空虚な俺ではと諦めてきた。


「……したい」


「ん?」


「今度は一緒に朝ごはんを作りたい!

配信して、またラブラブだと言われたい!

街の人混みの中、はぐれないようにって手を繋ぎたい!

会うときはいつも魔王の服だったから、違う服を着せてみたい!

できれば無理矢理着せてみたい!

本屋でお互い本を選んでみたい!

そして読み合いっことかもしてみたい!

寝落ちしたクラリーチェに毛布をかけてみたい!

いやでもやっぱり、毛布をかけられたい!

むしろ同じ毛布でもいい!

冬の日には雪合戦とかしてみたい!

それで冷えた手を温めたい!

彼女のくれたマフラーをもったいなくて使えないって言ってみたい!

それで結局無理矢理巻かれたい!

満開の桜の下、クラリーチェと話したい!

夏には正直水着も見てみたい!

秋には紅葉狩りとか行くけど、結局さつまいもに夢中であって欲しい!

初日の出を見て、今年もあまり顔変わらなかったねって言って欲しい!

逆に俺は少し老けたか、なんて言って笑いたい!

クラリーチェがそんな風に老いていくのを隣で見ていたい!

クラリーチェが亡くなる時、隣でたくさん泣きたい!

彼女の最後の眠りを見届けた後、ゆっくりした時間の中、クラリーチェを思い出していたい!!」


「え、うわ……こわ」


自分の気持ちは溢れて、止まらなかった。


「……今度こそ、彼女に謝りたい。

それでもう一度、彼女を守らせてほしい」


偽装だったあの瞬間は、どんなカップルよりも本物になろうと努力したんだ。

その瞬間は、本物より本物だったんだ。


「……はぁ、とりあえず決心は固まりましたか?」


「……うん、ごめん。今度こそ大丈夫だ。

いつもクラリーチェに助けられてばかりだな」


「その基盤を作ったのは私であること、お忘れなく」


「まぁ、覚えておくよ」


俺は、剣も持たずに立ち上がる。

彼女を説得するのに、剣なんて必要ない。

剣を振るまでもないんだ。


「もう一度だけ、クラリーチェのためだけに勇者になるよ」


「期待してますよ、勇者様」




「ところでなんだが」


「なんでしょう?」


「上手くいったら、娘さんを俺にください」


「……考えさせてください」

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