第13話 Eランクの勇者(前編)

神殿を出るやいなや、ルーン王子は唐突に言い出した。


「せっかく1か月も時間があるんだし……冒険者として過ごしてみたいんだ」


ディルフェは渋い顔で答えた。


「王子……それはどう考えても……不敬というか、非常識というか……」


ミルダも眉をひそめ、腕を組んで小声で加わる。


「そうですよ、ルーン様、こんな時間にいわれても、お弁当をつくる時間がありません。今日は、もう外食するしか……」


「ん、あー、まー外食はそれでいいんだけど、子どもの頃憧れてたんだよ。冒険者ギルドに登録して、勇者になるって」


ディルフェは半眼になり、深いため息をついた。


「そうですね、よく存じておりますよ。──ですが、“王子”が“冒険者”になんて……」


そこでルーンがニッと笑った。

ディルフェは


「危険はないでしょうが……」


と言いかけて言葉を飲み込み、やれやれと天を仰ぐ。


ミルダは両手を腰にあて、半ば呆れた声で言った。


「その話はご飯を食べてからです!お弁当は作れませんから、お昼は外食ですよ!」


 昼食をとった三人は、街の中央にある冒険者ギルドを訪れた。

石造りの建物の扉を開けると、中はすでに活気にあふれている。鎧を鳴らす冒険者、酒場で昼間から一杯やっている者、壁には色あせた依頼書がぎっしりと並ぶ。


カウンターには無表情な受付嬢が座っていて、淡々と書類を並べていた。


「はい、新規登録ですね。お名前と、現在のお仕事、そして目的をお書きください」


ルーンはペンを取り、迷いもせずさらさらと書いた。


 名前:ルーン

 職業:王子

 目的:勇者になるため


受付嬢は手を止めて眉をひそめた。


「……王子?あのー、現在お仕事をされていない場合、“無職”と書いていただいても問題ありませんが?」


ルーンは真顔で胸を張った。


「いやー、本当に王子なんです」


受付嬢はしばらく沈黙し、それから淡々と告げた。


「……少々お待ちください」


奥の扉が勢いよく開き、髭をたくわえた大柄な男が姿を現した。手に書類を握りしめ、目をギラつかせている。


「なんだなんだ、王子なんて寝ぼけたことを書いてるやつは!?」


ルーンは軽く手を上げ、にっこり微笑んだ。


「はじめまして、王子です」


ギルドマスターはルーンをじろりと見たあと、後ろに控えていたディルフェの顔を見て目を丸くした。


「……おい、ディルフェじゃねぇか! お前、まだ生きてたのか!」


ディルフェは肩をすくめ、軽く頭を下げる。


「お久しぶりです、ギルマス殿。ええ、なんとか死なずにやってます」


ギルドマスターはがははと笑い、カウンターを叩いた。


「ってことは──本物の王子様ってわけか!」


受付嬢がぽかんと口を開け、ルーンは少し照れながらも微笑む。


「そういうわけで、登録をお願いしたいんです」


ギルドマスターは腕を組み、しばらく考え込んだあと、眉をひそめた。


「しかし……王子が冒険者?」


ルーンはまっすぐギルドマスターを見返す。


「王子が冒険者になってはいけないって、どこかに書いてありますか?」


ギルドマスターは口を開きかけ、しばらく黙り込んだ。

そして大きく息を吐き、頭をかきながらぼやく。


「……いや、書いてねぇな」


ルーンはにっこり笑い、すかさず言った。


「じゃあ、登録お願いします!」


ギルドマスターは書類を引き寄せ、重々しく頷いた。


「……しゃあねぇ。登録だ。ただし、Fランクからだぞ。規則は規則だ。」


ルーンは即答した。


「もちろん!」


ギルドマスターはカウンター下から小さな木のバッジを取り出し、ルーンの手に押しつけるように渡した。


「これが冒険者の証だ」


ルーンはバッジを掲げて満面の笑み。


「よし、これで俺も冒険者だ!」


ディルフェは深いため息をついた。

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