第3話

 最初はお互い会釈する程度だった。というか一誠の視線の中にの綾音が入って来て会釈していたが自然と綾音の姿を探すようになって……。

 一誠は自分の気持ちが綾音に向いているんだと自覚するようになった。

 そうなるともう一誠自身にも止められないくらい綾音に夢中になってしまった。綾音に会いたい、話したい。そう思うようになってそのうち綾音に話かけるようになった。一誠は話せるのが嬉しくて仕方なかったが綾音の方は(どうしてこの人は話しかけてくるんだろう?)という雰囲気がありありと分かった。でも一誠は話しかけるのを辞めたくなかった。


「東島~お前また裕ちゃん先生の娘に話しかけてたろ?」


 部活中に同級生の河合に言われて一誠はくしゃっと笑った。


「だってあの子可愛くない?ふわふわした髪で細くて顔も可愛いし」

「そうだけど……」

「髪の毛伸ばしたらめちゃめちゃ可愛くなると思うんだよな」

「裕ちゃん先生に殺されるぞ」

「まさか!」


 その大きな目を細めて笑った。いくらなんでも中学生なんだから親でも娘の恋愛まで口出ししてこないだろう。そう思っていた。


 その日の放課後、懸命にテニス部の部活に励む綾音を隣のサッカー場から一誠が見ていた。


「……がんばってるな……」


 1人、呟いた。


 後輩に綾音が中間試験を頑張って、いい点数を取ったことを聞いて知っていた。頑張り屋な綾音は凄いと思う。まだ1年なのに勉強頑張って、部活も一生懸命で……凄いなって純粋に思った。


 そんな綾音を見ていてひとつ、決心したことが一誠にはあった。



         *



「サッカーで高校に推薦入学?」


 部活後、綾音を誘って一緒に帰っている時にサッカーの話をした。サッカーで高校に行こうと思っていると言うと、綾音は少し考えてそう聞き返してくる。


「うん」


 一誠は整った顔で微笑んだ。実は一誠はその顔立ちとフランクな性格で同級生女子だけではなく下級生女子にも人気があったが、一誠はそのことに関しては何も気にしてなかったしサッカーのことしか考えてなかった。でも綾音を好きになってから女子が恋愛でキャーキャーと言っている気持ちが嫌って言うほどわかるようになったと思う。


「凄いですね」


 綾音が言うと満面の笑みで一誠は、いやぁそうかなぁ?と答えた。そんなひと言が嬉しくなってしまう。恋とは奇妙なものだとつくづく思っていた。でもこんな時間がとても大事で嬉しくてつい、にやけてしまう。

 そしてずっと気になっていたことを聞いてみた。


「髪の毛伸ばさないの?」


 突然の言葉に思わず綾音は一誠の顔を見る。そしてきょとんとした顔をしていた。見つめられると本当に目が大きくて可愛いなぁと改めて思ってしまう。


「え?」

「絶対伸ばしたら似合うし可愛いと思うよ」


 一誠は無邪気な笑顔を綾音に向けた。髪の毛を伸ばした綾音を想像してもやっぱり可愛くて早く見てみたいと思っていたが、綾音は顔を赤くして俯いてしまう。


「私……伸ばすのは母に似てしまうから……それに……顔にかかるのが好きじゃなくて…」


 まさか髪の毛の話題でそんなに赤くなってしまうとは思わず焦ってしまってオロオロとしている自分が変だと思う。


「あ……いや、その……嫌ならいいんだけど……い、今でも可愛いけど……もっと可愛くなるかと…」


 その言葉に綾音ますます赤くなってしまう。

 赤くなっている綾音が凄く可愛くて思わず一誠も赤くなってしまう。

 もしかして……可愛いって言ってることに赤くなってる? これだけ可愛いから言われ慣れているのかと思っていた一誠は内心驚いてしまう。


「あ……ご、ごめん……」

「い、いえ……」


 変な沈黙が流れる。

 何で謝ってんだ。俺。いやでも、もしかして髪の毛の話題しない方がよかったかな?でも嫌がってる感じでもないけど……。

 そこで一誠はさっきした決心を話そうと必死に言葉を探した。


「…思うよ」

「え?」


 思わず小さな声になってしまった。でもここは笑顔で……。頑張れ、俺!


「上屋は可愛いと思うよ」


 綾音は顔を真っ赤にして一誠を見る。言っている一誠も顔が真っ赤だ。

 やっぱり可愛いって言葉に赤くなっていたんだ。なんだよ、可愛すぎだろ。てか俺も赤くなってないか? でも言うって決めたんだから、言おう!


「俺…上屋のこと好きだ。付き合ってほしい…だめかな?」


 一誠の真っ直ぐな瞳が綾音を見つめる。綾音の顔は真っ赤だ。

 本当に赤くなって白い肌に映えて可愛い……絶対付き合いたい! でもここで押さずに返事を待った方がいいよな?


「え、えっと…」


 顔を赤らめて下を向いてしまった綾音の言葉を一誠は黙って待っていた。


「はい…」


 するとその返事に一誠は満面の笑みで、ありがとう! と言った。

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