第5話
水瀬海が差し出したタブレットに映し出された、自身の「物語」の解体。神崎義政は、それを信じられない思いで見ていた。彼の政治家としての人生は、国民からの尊敬と、揺るぎない自信に満ちていたはずだった。しかし、目の前の資料は、そのすべてが、海という怪盗によって、いとも簡単に崩壊させられることを示唆していた。
美菜が突き止めた過去の公共事業の些細な矛盾。莉央が報告した彼の家庭での孤独と、老いによる弱さ。杉菜が作り上げた引退を求める静かな圧力。そして、香織が世論に投げかけた「問い」。それらは、単なる事実の羅列ではない。彼の「偉大な指導者」という「意味」を解体し、一人の、不器用で、孤独な老人の「物語」を構築するための、緻密なパズルのピースだった。
神崎は、タブレットを強く握りしめた。彼の「物語」が、海によって書き換えられる。その恐怖と屈辱が、彼の心を支配した。
「貴様のような小僧に、私の人生の結末を決められるなど、ありえない!」
神崎は、海を睨みつけ、怒りをあらわにした。
「私は、この国のために、すべてを捧げてきた。私の『物語』は、国民の希望そのものだ。貴様が、それを破壊する権利などない!」
海は、静かに神崎の言葉を聞いていた。彼の瞳は、神崎の怒りを恐れることなく、彼の内面に隠された「真実」を探るように、優しく、しかし、どこか切ない光を放っていた。
「神崎さん。あなたの『物語』は、本当に希望そのものでしょうか。あなたの『物語』が、この国の未来を縛り付けているとしたら?あなたが引退を選ばなければ、あなたの不正は、いずれ世間に暴かれる。そうなれば、国民は、あなたという『希望』を失い、深い絶望に打ちひしがれるでしょう」
海は、神崎に問いかけるように言った。
「あなたの『物語』の結末を、誰かに盗まれるのか。それとも、あなた自身の意志で、美しい幕引きを選ぶのか。選ぶのは、あなたです」
それは、脅迫ではなかった。それは、神崎義政という一人の人間の、魂への問いかけだった。
新たな「語り」の誕生
応接室には、沈黙が支配した。神崎は、海から突きつけられた問いに、答えを出すことができなかった。彼の脳裏には、彼が築き上げてきた栄光の歴史と、彼の引退を望む者たちの顔が、走馬灯のように駆け巡っていた。
その時、神崎は、ある言葉を思い出した。それは、彼の師であり、雛菊弥生の師でもある、かつての政治家が彼に語った言葉だった。
「政治家というものはな、己の潔さよりも、国全体の『語り』を優先せねばならん。己の潔さのために、国に泥を塗ってはならんのだ」
神崎は、タブレットに映し出された、海が用意した「物語」の結末を見た。そこには、彼の不正が暴かれることなく、彼が国民の尊敬と感謝の中で、静かに政界を去る「物語」が描かれていた。それは、彼の個人的な誇りは傷つけるかもしれないが、この国の「語り」を、未来へと繋ぐための、最も美しい結末だった。
神崎は、タブレットをゆっくりと置いた。彼の顔には、怒りも、屈辱もなかった。そこにあったのは、すべてを悟ったかのような、穏やかな表情だった。
「水瀬海……」
神崎は、海の名を呼んだ。
「貴様は、私の『物語』を盗んだのではない。私の『物語』を、救ってくれたのだな」
神崎は、海に向かって深く頭を下げた。それは、長年政界の頂点に君臨してきた男が、怪盗という存在に、敗北を認めた瞬間だった。
その日の夕方、神崎義政は、記者会見を開き、政界からの引退を発表した。彼の言葉は、国民に衝撃を与えたが、同時に、彼の「偉大な指導者」という「意味」を、より強固なものにした。
彼は、記者会見で、こう語った。
「私は、この国の未来を、若き者たちに託したい。私の物語は、ここで終わりを迎えます。しかし、これは、決して悲劇ではありません。これは、新たな物語の始まりなのです」
この言葉は、海が神崎義政という「意味」を盗み、新たな「語り」を構築するための、最後の仕上げだった。彼の引退は、国民の心に「この国の未来を、若者たちに託す」という、新たな「意味」を植え付けた。
最後の夜明け
雛菊弥生は、記者会見を見届けた後、海に連絡を取り、彼を料亭に招いた。
「見事です、水瀬くん。あなたは、神崎先生の『物語』を、美しく『編集』してくださった」
弥生の顔には、安堵と、そして海への深い信頼が浮かんでいた。
「先生は、この国の未来を託すに足る人物だと信じています」
海は、静かに言った。弥生は、そんな海の言葉に、深く頷いた。
「ええ。あなたの『盗み』は、この国に、新たな夜明けをもたらしました。そして、私自身もまた、あなたという怪盗によって、新たな『語り』を歩むことになります」
雛菊弥生という女性は、海との出会いによって、政治家としての「意味」を再定義した。彼女は、もはや「美しき羅刹」ではない。この国の「語り」を、未来へと繋ぐための、「編集者」としての道を歩み始める。
海は、雛菊弥生との会談を終え、夜の街を歩いていた。彼の心は、満たされていた。神崎義政という巨大な「意味」を盗み、新たな「語り」を構築した。それは、彼の怪盗人生の中でも、最も大きな「盗み」だった。
しかし、彼の「盗み」は、これで終わりではない。
海は、空に浮かぶ月を見上げた。彼の「盗み」は、これからも続いていく。この国の、そして世界の「語り」を、より良いものへと「編集」するために。
神崎義政の「物語」を美しく「編集」し、雛菊弥生に新たな「語り」をもたらした水瀬海は、怪盗としての自信を確固たるものにしていた。しかし、彼の心には、未だに拭いきれない過去の影があった。石川五右衛門の血を引く者でありながら、母方の姓を名乗り、「石川」の名を捨てたこと。それは、彼の「盗み」の根底に常に横たわる、一つの問いだった。
そんなある日、怪盗学園に転入生が現れた。彼の名は、石川翔。自信に満ちた佇まいと、鋭い眼光を持つ青年だった。彼は、自己紹介の場で、堂々とこう言い放った。
「俺は、石川五右衛門の末裔、石川翔だ。怪盗学園に、真の義賊の魂を教えに来た」
教室は、ざわめきに包まれた。石川五右衛門の血を引く怪盗は、学園の伝説だ。そして、その名を、水瀬海が捨てた名だと知る者も、少なからずいた。翔は、そんな生徒たちの視線にも動じず、海の方へと視線を向けた。
「水瀬海……。お前が、石川五右衛門の血を引きながら、その名を捨てた臆病者か」
翔の言葉は、まるで海が最も恐れていた「問い」を、真正面から突きつけてきたかのようだった。海は、言葉を失い、ただ翔を見つめるしかなかった。翔は、そんな海に、嘲るような笑みを浮かべた。
「俺の『盗み』は、お前のような生ぬるいものではない。俺は、貧しい人々から富を奪い、それを貧しい人々に分け与える。それが、石川五右衛門が受け継いできた、真の義賊の魂だ」
翔の登場は、怪盗学園に新たな風を吹き込んだ。生徒たちは、翔の持つ、古き良き義賊の美学に魅了され、彼の周りには、瞬く間に支持者が集まっていった。彼の「盗み」は、海のように哲学的なものではない。それは、直接的で、分かりやすく、そして、正義に満ちていた。
二つの「石川」、二つの「盗み」
翔は、転入早々、海に挑戦状を叩きつけた。
「おい、水瀬。お前の『意味を盗む』っていう、つまらない盗みと、俺の『富を盗む』という、真の盗み。どちらが、怪盗学園の正義に相応しいか、勝負しようじゃないか」
翔が提示した勝負の内容は、シンプルなものだった。ある巨大企業の不透明な資金の流れを突き止め、その金を奪い、貧しい人々に分け与える。どちらが先に、その「盗み」を成功させるか、という勝負だ。
海は、翔の挑戦を受けるしかなかった。彼の「盗み」は、もはや哲学的な探求だけでは済まされない。翔という、もう一人の「石川」の登場によって、彼の「盗み」は、再びその「意味」を問われることになった。
「僕の『盗み』は、富を盗むことではない。富が持つ『意味』を盗むことだ」
海は、心の中でそう呟いた。翔は、金という「物」を盗もうとしている。しかし、海は、金という「物」が持つ、「権力」や「不正」という「意味」を盗もうとしていた。
海は、美菜、莉央、杉菜、香織に連絡を取り、翔との勝負に挑むことを伝えた。四人の協力者たちは、海と翔の間に流れる、ただならぬ因縁を感じ取っていた。
「海……あんた、大丈夫か?」
美菜が、心配そうな表情で海に尋ねた。海は、静かに頷いた。
「大丈夫だ。僕の『盗み』は、石川五右衛門の名を捨てることによって、見つけたものだ。だから、僕は、僕の『盗み』の正義を、証明しなければならない」
こうして、二人の「石川」による、二つの「盗み」を巡る戦いが始まった。一方は、古き良き義賊の美学を掲げる怪盗。もう一方は、新たな時代の「意味」を盗む怪盗。彼らの戦いは、怪盗学園の、そして怪盗という存在の、「正義」そのものを問う戦いだった。
石川翔が怪盗学園に現れ、水瀬海に突きつけた挑戦状は、学園全体に緊張をもたらした。二人の「石川」が、それぞれ異なる「盗み」の哲学を掲げ、同じ標的を狙う。その標的とは、「暁コーポレーション」という巨大企業だ。彼らは、環境保護を謳いながら、裏では膨大な裏金をプールし、不透明な資金運用を行っていると噂されていた。
この勝負のルールはこうだ。
共通の目的:
暁コーポレーションが隠匿する不透明な資金の流れを解明し、その金を社会に「分配」すること。
石川翔の流儀──「直接強奪と義賊的分配」
翔は、あくまで古典的な「盗み」を貫く。
資金流れの解明: 暁コーポレーションの隠し金庫や裏帳簿を特定し、物理的な侵入によって不正の証拠と資金の全貌を暴く。
富の強奪: 突き止めた裏金を直接強奪する。物理的なセキュリティを突破し、大量の現金を運び出す、あるいはデジタル口座から直接引き出すなど、明確な「奪う」行為を行う。
直接的分配: 奪い取った資金を、翔自身が選定した貧しい人々や慈善団体に、直接的かつ公然と分配する。それは、新聞やニュースで報じられるような、まさに「義賊」の行為として可視化される。
水瀬海の流儀──「意味の編集と間接的分配」
海は、翔とは全く異なる「意味を盗む」手法で挑む。
「価値」の解体: 暁コーポレーションの持つ「クリーンな企業」という公的な「意味」を、世論の中で静かに解体していく。
「疑惑」の構築: 不透明な資金が「不正な利益」であるという「疑惑」を、証拠を直接提示することなく、人々の心に構築する。
「不要」の編集(第三の盗み方): 最終的に、その裏金が、暁コーポレーションにとって「持っていても意味のないもの」「社会に還元されるべきもの」という「意味」に編集されるよう仕向ける。これにより、企業側が自ら資金を手放すか、公的機関が強制的に没収するような「間接的な分配」へと導く。海が盗むのは、物理的な金そのものではなく、その金が企業にとって「保有し続ける価値」であり、その結果として金が企業の手から離れることだ。
探偵たちの「裏推理」
海と翔の対決の報は、当然のように探偵学園の明智湊と金田一小百合の耳にも届いた。二人は、怪盗学園から引き上げたばかりだったが、この新たな展開に警戒を強めた。
「なんやて!?石川五右衛門の子孫と、あんの水瀬海が、どっちが先に金盗むか勝負やて!?」
小百合は、信じられないといった顔で叫んだ。
湊は、冷静に情報を整理していた。
「石川翔の盗みは分かりやすい。物理的な侵入と強奪。私たちの得意分野です。しかし、問題は水瀬海です。彼の『意味を盗む』という手法は、物理的な証拠を残さず、世論や認識そのものを操作する。彼は、決して直接的な窃盗には手を染めないでしょう」
「せやから、どうするんや?どっちを追いかければええねん!」
小百合は混乱していた。
湊は、静かに目を閉じた。
「両方を追う必要はありません。私たちは、彼らが『何』を盗むかではなく、『なぜ』盗むのか、そしてその『盗み』がもたらす『真実』そのものを暴くのです」
彼女たちの「裏推理」が始まった。
湊は、海が暁コーポレーションの「意味」をどう解体しようとするかを推察し、その裏で暁コーポレーション自体が隠蔽している「真実」を探り始めた。もし海が企業のイメージを貶めることに成功すれば、その裏にある不正の存在がより明確になるはずだと考えたのだ。
小百合は、翔が暁コーポレーションの裏金をどのように物理的に奪い、分配するつもりなのか、その手口の予測に集中した。彼の動きを追うことで、金がどこから来て、どこへ消えるのか、その不透明な流れを突き止めようとした。
「私たちは、怪盗たちの行動そのものを利用する。彼らが盗もうとする『金』と、海が盗もうとする『意味』。そのどちらもが、暁コーポレーションの『不正』という『真実』を指し示しているはずです。彼らが動けば動くほど、隠された真実が炙り出される。怪盗が盗む目的、それは結局、私たちが暴くべき『謎』に繋がるはずだ」
湊の目は、すでに怪盗たちを出し抜く次のステップを見据えていた。彼らの「裏推理」は、海と翔の怪盗としての行動に、新たなプレッシャーを与えることになった。彼らが動けば動くほど、探偵たちは真実に近づいていく。
海の「第三の盗み方」
海は、翔からの挑戦を受け入れた後、自身の「意味を盗む」という哲学をさらに深化させた。それは、単に「意味」を書き換えるだけでなく、その書き換えられた「意味」が、物理的な結果を強制的に引き起こすという、まさに「第三の盗み方」と呼べるものだった。
「翔は、金を物理的に奪う。しかし、僕は、金を『捨てさせる』んだ」
海は、美菜、莉央、杉菜、香織にそう告げた。四人は、その言葉に驚きの表情を見せた。
「『捨てる』って、どういうこと?」美菜が問いかけた。
「暁コーポレーションが、その裏金を『保有し続けること』が、彼らにとって最も不利益になる状況を作り出すんだ。金がそこにあるだけで、彼らの評判、信用、そして事業そのものが崩壊するような『意味』を、その金に付与する」
海は、言葉を続けた。
「具体的には、暁コーポレーションの裏金が『汚れた金』であるという『意味』を、世論に植え付ける。それは、単なる不正の暴露ではない。その金が、あたかも呪われているかのように、触れる者すべてを破滅させるような『負の遺産』であるという『語り』を作り出す」
海が考案した「第三の盗み方」の具体的な手順:
「呪われた金」の暗示: 七瀬美菜のハッキング能力を駆使し、暁コーポレーションの幹部たちが、裏金に関する匿名メールや偽の内部情報を受け取るように仕向ける。内容は、裏金が関わった過去の小さなトラブル(実は偶然)を、まるで裏金の「呪い」によって引き起こされたかのように暗示するものだ。
「見えない圧力」の構築: 七瀬莉央は、暁コーポレーションの社内に潜入し、幹部たちの間で裏金に関する「不吉な噂」が囁かれるような状況を作り出す。それは、裏金に関わった幹部が健康を害した、あるいは不運に見舞われたといった、根拠のない「物語」を内部で拡散させることだ。
「清算」の強制: 水無月香織は、これらの噂や暗示を基に、月刊トゥルースで、暁コーポレーションの経営陣が「ある過去の負の遺産」の清算に追われている、という内容の記事を、具体的な不正には触れずに掲載する。これは、裏金が彼らにとって「負の遺産」であるという「意味」を、外部に拡散させる。
「浄化」の誘導: 近月杉菜は、裏社会の繋がりを使い、暁コーポレーションの裏金に関与していると噂される小規模な関連企業や政治家に、匿名で「裏金に関わり続けると、身の破滅を招く」といった「忠告」を送る。これにより、彼らが裏金から手を引くよう促し、裏金が孤立する状況を作る。
この「第三の盗み方」は、物理的な金を奪うことなく、その金が「負の遺産」であるという「意味」を企業内部と外部に浸透させ、最終的に企業自らがその金を「手放す」か「清算する」という行動を強制させるものだった。それは、翔の「奪う」盗みとも、これまでの海の「意味を書き換える」だけの盗みとも異なる、まさに革新的な「盗み」の概念だった。
海は、翔との対決の中で、自身の怪盗としての真価を、新たな次元で証明しようとしていた。
水瀬海が仕掛けた「第三の盗み」は、静かに、しかし確実に暁コーポレーションの内部を蝕んでいた。七瀬美菜が仕込んだデジタルな「呪い」の囁きは、幹部たちのメールボックスに届き、過去の不運な出来事を不吉な予兆として再解釈させた。七瀬莉央が内部で紡いだ「負の遺産」の噂は、疑心暗鬼を生み、裏金が関わった事業の失敗や、些細なトラブルを「呪い」の証拠として幹部たちの間で共有されていった。
近月杉菜による裏社会からの「忠告」は、裏金に関わった者たちの間に恐怖を植え付け、彼らは次々と裏金から手を引いた。そして、水無月香織が執筆した記事は、外部の世論に「暁コーポレーションには、触れてはならない『負の遺産』がある」という「意味」を植え付けた。
物理的な金を盗んだ者は、誰もいなかった。しかし、暁コーポレーションの幹部たちは、その裏金を持つこと自体が、会社の信用と、自分たちの人生を破滅させる「呪い」であると信じ込むようになっていった。彼らにとって、その裏金は、もはや「富」ではなく、「負の遺産」だった。
そして、ついにその時が来た。
暁コーポレーションの役員会議室。幹部たちは、青ざめた顔で座っていた。彼らは、裏金を保有し続けることの危険性を議論していた。その場の全員が、金が持つ「呪い」を信じ込んでいた。
「このままでは、会社が破滅する……」
一人の幹部が震える声で言った。その言葉を合図に、彼らは一つの結論に達した。
「この負の遺産は、清算しなければならない。慈善団体に寄付し、社会に還元することで、呪いを浄化するのだ」
それは、水瀬海が望んだ通りの結果だった。誰に強要されたわけでもなく、彼らは自らの意志で、裏金を放棄した。その金は、海の手を一度も経ることなく、間接的に社会へと分配された。海が盗んだのは、物理的な金ではなく、その金が持つ「保有し続ける価値」という「意味」だった。
義賊の葛藤
「第三の盗み」の成功は、石川翔の耳にも届いた。彼は、自らの流儀で暁コーポレーションの裏金を強奪しようと準備を進めていた。しかし、彼が動き出す前に、金は彼の手を離れてしまった。
翔は、信じられない思いで、その事実を受け止めた。彼は、海という存在が、自分の持つ「義賊」の概念を、根底から揺るがしていることを悟った。彼は、これまで「弱きを助ける」ために「強きから奪う」ことを信条としてきた。しかし、海は「奪う」という行為を一切行わず、金という物質に宿る「意味」を操作するだけで、同じ結果を生み出したのだ。
「俺のやってきたことは、何だったんだ……」
翔は、自問自答を繰り返した。彼の「盗み」は、明確な「正義」があった。しかし、海が示した「盗み」には、その「正義」すらも、彼自身が選び取らなければならないという、深い哲学があった。
翔は、海という、もう一人の「石川」の存在を通して、自分の「義賊」としての限界と、その先に広がる未知の領域を垣間見た。彼の心には、海へのライバル心と共に、彼への探求心が芽生え始めていた。
探偵たちの最終局面
「第三の盗み」の成功は、明智湊と金田一小百合にも衝撃を与えた。彼女たちは、海と翔の行動を「裏推理」で追い続けていた。しかし、海が仕掛けた「第三の盗み」は、彼女たちの推理の範疇を超えていた。物理的な犯行は、どこにも存在しなかった。
「なんやねん、これ……犯罪者がおらんのに、犯罪が起こっとるやんけ……」
小百合は、混乱していた。しかし、湊は、静かに事態を分析していた。彼女は、海が仕掛けた「第三の盗み」の背後にある、緻密な「語りの再構築」の全貌を理解していた。
「水瀬海は、『誰が真の犯人か』という私たちの問いを、無力化した。彼は、『誰が語りの正統性を担うか』という、新たな問いを私たちに突きつけたのよ」
湊は、静かに言った。彼女たちは、もはや「真実」を暴くという、探偵としての美学だけでは、海という怪盗を追い詰めることはできないことを悟った。海は、真実そのものに手を加えるのではなく、真実が持つ「意味」を操作することで、世界を書き換える。彼が作り出す「語り」が、社会に受け入れられてしまえば、探偵たちがどれだけ真実を暴こうと、その「語り」の正統性を打ち破ることはできない。
湊は、静かに海に、そして怪盗という存在に、新たな宣戦布告をした。「私たちは、これからは怪盗が紡ぐ『語り』が、本当に正義に足るものなのか、その正統性を巡って戦う。水瀬海、あなたの『語り』が、本当に世界を救うのか、その結末を、私たちが見届けます」
捨てられた名、継がれた魂
暁コーポレーションの一件が落ち着いた夜、海は、石川翔と二人、怪盗学園の屋上にいた。翔は、海が持つ「第三の盗み」という、新たな「盗み」の哲学に、畏敬の念を抱いていた。
「お前は、本当にすごい奴だ……。俺は、お前との勝負で、自分の盗みが、いかに古いものだったかを思い知った」
翔は、海に、これまで抱えていた疑問をぶつけた。
「……だが、なぜだ?なぜ、お前は石川五右衛門の名を捨てた?お前には、その名を継ぐに相応しい才能があるのに」
海は、静かに夜空を見上げ、過去の出来事を語り始めた。
「僕の祖父は、石川五右衛門の名を継ぐ、最後の怪盗だった。彼は、貧しい人々から富を奪い、分け与える、真の義賊だった。しかし、ある時、彼が盗んだ金が、かえって地域社会に混乱をもたらし、悲劇を引き起こしてしまったんだ」
それは、祖父が盗んだ金が、地域の利権争いを引き起こし、結果的に多くの人々を不幸にしてしまったという、苦い過去だった。
「祖父は、その盗みを最後に、石川五右衛門の名を封印した。そして、僕に言ったんだ。『盗みとは、物だけを奪うのではない。その物が持つ意味を理解しなければ、時に、善意の盗みすらも悪意に転じる』と。僕は、その言葉の意味を理解するために、『石川』の名を捨て、母方の姓を名乗ることにした」
海が「石川」の名を捨てたのは、臆病さからではなかった。それは、祖父の言葉の意味を理解し、新たな時代の怪盗として、義賊の魂を継ぐための、覚悟だったのだ。
「僕の『意味を盗む』という盗みは、祖父の言葉から生まれた。そして、僕は、いつかこの盗みで、再び『石川』の名を背負えるような怪盗になりたいと思っている」
海は、翔に、自らの真実を語り終えると、再び静かに夜空を見上げた。翔は、そんな海を見つめ、深く頷いた。
「……そうか。分かったぜ、水瀬海。いや、いつか、本当の『石川』。俺は、お前の盗みを、見届けさせてもらうぜ」
二人の「石川」は、互いの正義を認め合い、新たな関係を築いた。海は、石川五右衛門の「義賊」という「意味」を、新たな「意味」に書き換えることで、その名を継ぐ道を選んだのだ。
承知いたしました。物語に、シャーロック・ホームズの末裔である「シャルロッテ・ホームズ」を登場させ、新たな展開を記載します。
海を巡る嵐
石川翔との勝負を終え、自身の「盗み」の哲学を確固たるものにした水瀬海は、新たな静けさの中にいた。彼の心は満たされていたが、それは決して安息ではなかった。神崎義政という巨大な「意味」を盗み、探偵たちを欺き、そして石川五右衛門の「義」を再定義した彼の存在は、もはや国内の怪盗学園と探偵学園の枠に収まるものではなくなっていた。
ある日、海のもとに、一通の招待状が届いた。それは、海外の探偵連盟から送られてきたもので、海を国際的なシンポジウムに招聘するという内容だった。しかし、その招待状には、別のメッセージも添えられていた。
「拝啓、水瀬海様。あなたの『盗み』は、私たちの辞書には存在しません。しかし、私たちは、あなたの『盗み』を、新たな犯罪と見なします。シンポジウムで、あなたの『盗み』の哲学を、私たちの目の前で、証明してください。もしそれができなければ、私たちは、あなたを国際的な犯罪者として、追跡します」
それは、海への挑戦状だった。そして、その挑戦状の送り主こそ、探偵界の伝説、シャーロック・ホームズの末裔、シャルロッテ・ホームズだった。
華麗なる論理、そして冷徹な美学
シャルロッテ・ホームズは、海がシンポジウムに姿を現す前から、その存在感を放っていた。彼女は、金髪碧眼の、まるで人形のような完璧な美貌を持つ少女だったが、その瞳には、世界のすべてを論理で解き明かそうとする、冷徹な知性が宿っていた。彼女は、海がこれまでに起こしたすべての「盗み」を、詳細に分析し、その背後にある「意味の編集」という手法を、完璧に理解していた。
シンポジウム当日、シャルロッテは、壇上に立ち、こう語り始めた。
「私は、水瀬海という怪盗の『盗み』を、犯罪と断定します。彼の『盗み』は、物理的な物を奪うのではなく、人々の心を操作し、認識を歪めるものです。それは、探偵が追い求めるべき『真実』そのものを冒涜する行為です」
彼女の言葉は、聴衆の心を揺さぶった。海が「第三の盗み」で成し遂げたこと、つまり、物理的な犯罪を伴わずに社会を動かした行為は、探偵たちが拠り所とする「犯罪の定義」を根底から覆すものだった。
「彼の『盗み』は、私たちの探偵としての存在意義を脅かします。なぜなら、彼の『盗み』には、物理的な証拠が存在しないからです。私は、彼の『盗み』が、いかにして成立するのか、その論理的な構造を、皆様の前で解体し、彼が犯した『意味』の犯罪を、証明します」
それは、海という怪盗が、世界から孤立していく瞬間だった。
海への問い、そして共闘の可能性
シャルロッテは、シンポジウムの場で、海が起こしたすべての「盗み」の背後にある「語りの再構築」を、論理的に、そして完璧に解説した。彼女の言葉は、海がこれまで築き上げてきた「盗み」の哲学を、一つ一つ、犯罪の定義に当てはめていくものだった。
しかし、彼女の瞳には、海への敵意だけでなく、海という存在への、ある種の探求心も宿っていた。彼女は、海を追い詰める一方で、海という存在そのものに、魅了されているかのように見えた。
シンポジウムが終わった後、シャルロッテは、海にこう言った。
「水瀬海。あなたの『盗み』は、論理的に、そして完璧に犯罪です。しかし、私には、あなたの『盗み』が、何のために行われているのか、その『真実』が理解できません。あなたは、なぜ、そんなにも『意味』を盗むのですか?」
それは、海がこれまで対峙してきた、どんな探偵も投げかけることのなかった「問い」だった。明智湊や金田一小百合が追っていたのは「真実」そのものだったが、シャルロッテが追っていたのは、海という存在の「真実」だった。
海は、シャルロッテという、探偵界の頂点に立つ存在の登場に、一つの可能性を感じていた。彼女の持つ、すべてを論理で解き明かそうとする知性は、海が「意味」を盗むための、新たなツールになるかもしれない。
海とシャルロッテ。二つの異なる「真実」と「哲学」を持つ二人が、今、出会った。それは、探偵と怪盗の戦いを、新たな次元へと引き上げる、物語の始まりだった。
シンポジウムのホールに、水瀬海とシャルロッテ・ホームズの二人だけが残されていた。聴衆の熱狂が嘘のように静まり返った空間で、二人の間に漂うのは、互いの哲学が激しくぶつかり合う、張り詰めた空気だった。
「水瀬海。あなたの『盗み』は、論理的な美しさを持ちません。それは、不確かな『善意』という、曖昧な感情を根拠にしています」
シャルロッテは、海にそう言って詰め寄った。彼女の瞳は、海が築き上げてきた『意味の編集』という概念を、ただの感情論として切り捨てようとしていた。
「あなたの言う『善意』は、あなたの都合の良い解釈に過ぎない。あなたが『編集』した物語が、本当に世界をより良い方向へ導いたのか、その論理的な証明はどこにもない」
シャルロッテの言葉は、海がこれまで見て見ぬふりをしてきた、自身の『盗み』の最も脆い部分を突くものだった。彼は、自分の行動がもたらす結果のすべてをコントロールできるわけではないことを自覚していた。
「あなたは、論理の牢獄に自らを閉じ込めているのよ」
シャルロッテは、そう言って海に背を向けた。彼女は、海を「犯罪者」と断定するために、海という存在を徹底的に分析した。しかし、その過程で、彼女自身の完璧な論理の中に、海という存在がもたらす、一つの『矛盾』が生まれていた。それは、海が『善意』という、彼女自身の論理に反する感情で世界を動かしているという、彼女の推理にとって、最も不都合な真実だった。
海は、その『矛盾』こそが、彼女を動かすための糸口だと直感した。
「シャルロッテ・ホームズさん。あなたの探偵としての『真実』と、僕の怪盗としての『語り』。その二つが交わることで、私たちは、この世界の『真実』を、より完璧に『編集』できるかもしれません」
海は、シャルロッテに問いかけるように言った。しかし、シャルロッテは、その言葉に何も答えず、ただ静かにホールを後にした。
「偉大な指導者」のもう一つの真実
シャルロッテとの対話から数日後、海は雛菊弥生に呼び出された。彼女は、海に、神崎義政の『物語』の背後に隠された、もう一つの真実を語り始めた。
「水瀬くん。神崎先生が関わっていた公共事業の裏に、もう一つの『不正』が隠されていたことが分かりました。それは、神崎先生の師であり、私の師でもある、伝説の政治家が関わっていた、より根深い闇です」
弥生は、海が神崎義政の『物語』を終わらせたのは、この「もう一つの真実」を暴くためだったことを悟っていた。
「この『不正』は、国民が信じる、この国の『英雄』の物語を、根底から破壊することになります。私たちは、この『不正』を暴きながらも、この国の『物語』を、希望に満ちたものに再構築しなければなりません」
それは、海にとって、これまでの『盗み』とは比較にならないほど、困難な挑戦だった。彼の『意味の編集』という手法だけでは、国民の『英雄』の物語を傷つけずに、その背後に隠された闇を暴くことはできない。彼は、この『盗み』には、シャルロッテの持つ、すべてを論理で解き明かそうとする知性が必要であることを、直感的に理解していた。
新たな戦いの兆し
海は、自身の協力者たちに、新たな状況を説明しなければならなかった。しかし、その前に、彼は、シャルロッテという、探偵界の頂点に立つ存在の存在を、どのように彼らに伝えるべきか迷っていた。
七瀬莉央、七瀬美菜、近月杉菜、水無月香織、そして石川翔。彼らは、海という怪盗が、今度は、シャーロック・ホームズの末裔と、この国の『英雄』が関わる巨大な闇に挑もうとしていることを知り、それぞれの役割を改めて見つめ直す。
しかし、彼らの前に、思わぬ知らせが届いた。シャルロッテ・ホームズが、怪盗学園に転校してきたというのだ。彼女は、海という『矛盾』を、間近で観察するために、そして、海が次に起こすであろう『盗み』を、自身の目で、見届けるために、怪盗学園へとやって来たのだ。
海とシャルロッテ。二人の邂逅は、怪盗と探偵の戦いを、新たな次元へと引き上げる、物語の始まりだった。
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