第4話

神崎義政の「意味」を盗むための布陣が固まり、水瀬海は四人の協力者と共に静かに動き出していた。探偵たちの監視も日増しに厳しくなる中、彼の「盗み」は、まさに一触即発の状況にあった。そんな彼らの前に、まったく予想だにしない存在が現れる。

​その日、怪盗学園の校内掲示板に、一枚の予告状が貼り出された。それは、これまで海が使ってきたような、緻密で哲学的なものではなく、奇妙なインターネットスラングで彩られたものだった。

​ワロタwww

怪盗学園も探偵学園も平和すぎんだろ

お前らがチンタラやってる間に、ワイが伝説の宝具を頂きまーすw

みんなが寝静まった頃に、ワイはキミたちの誇りも夢もまとめて全部頂くんだから!

期待して待ってろよなw

by リアナ・アルセーヌ

​その予告状を見た生徒たちは、口々に「何だこれ」「釣りか?」とざわついていた。しかし、海は、そのふざけた文体の中に、確かな怪盗としての矜持と、尋常ではない才能を感じ取っていた。そして何より、「アルセーヌ」という名に、彼の心はざわめいた。それは、怪盗界の祖、アルセーヌ・ルパンの名を冠する者だった。

​新たなライバル、そして共闘の提案

​予告状の主、リアナ・アルセーヌは、その日のうちに怪盗学園に現れた。金髪碧眼の、派手なファッションに身を包んだ彼女は、まるでゲームのキャラクターのような出で立ちだった。彼女は海を見つけると、まっすぐに歩み寄り、ニヤリと笑った。

「あんたが、怪盗界のホープ、水瀬海くんだっけ?www」


​海は、警戒しながらも彼女と対峙した。


「あなたは……」

​「ワイはリアナ・アルセーヌ。ルパン三世の曾孫なんだわw」彼女はそう言って、誇らしげに胸を張った。「あんたの『意味を盗む』っていう厨二病みたいな盗み、ネットで見てたけど、正直、微妙すぎて草生えるんだが?」


​リアナの言葉に、海は反論しようとしたが、彼女はそれを遮って話を続けた。


​「ワイのターゲットは、怪盗学園が創設当時から秘蔵してるって噂の、『アルセーヌ・ルパンの懐中時計』なんだわ。ルパン一族に代々伝わる、時間を操れる伝説の宝具なんだってさ」


​その言葉に、海は驚きを隠せない。アルセーヌ・ルパンの懐中時計は、怪盗学園の創設者である神代院真影が、ルパンから譲り受けたとされる伝説の秘宝だ。その存在は、怪盗学園の生徒なら誰もが知っている、最も重要な「意味」を持つアイテムだった。


​「あんた、その懐中時計を盗むのか?」

​「そうなんだけど、ちょーっと警備がガチすぎてキツいんだよね。あと、探偵学園のガキどもが、ウザ絡みしてくるし」


リアナは、指で髪をくるくると巻きながら言った。


「だからさ、あんたと一時休戦して、共闘しない?」


​リアナの提案は、あまりにも唐突だった。海は、彼女の真意を測りかねた。しかし、彼女の視線には、本物の怪盗だけが持つ、獲物への執着と、そして底知れない才能の片鱗が宿っていた。


​「あんたの『意味を盗む』ってやつ、ワイにはよく分かんないけどさ。もしかしたら、ワイの役に立つかもだし?それに、ワイと一緒に組めば、探偵学園のガキどもも、チョロくひっかけてやれるっしょw」


​その時、二人の背後から、冷たい声が響いた。


​「怪盗が二人揃って、何をする気だ?」


​そこに立っていたのは、明智湊と金田一小百合だった。彼女たちの視線は、リアナの登場に警戒を強め、海への監視の目をさらに強めていた。

​海は、探偵たちの追跡、そしてリアナという新たなライバルからの共闘の申し出という、二つの大きな波に挟まれることになった。彼の「盗み」は、予期せぬ方向へと進んでいく。


​探偵学園の明智湊と金田一小百合の二人が現れ、怪盗学園の屋上には張り詰めた空気が満ちていた。リアナ・アルセーヌは、そんな二人の登場を全く意に介さず、ケラケラと笑った。


​「うわ、出たしw探偵学園のガキども、ホント暇だねぇ」


​小百合は、リアナの軽薄な口調に苛立ちを隠せない。


「なんや、あんた。怪盗のくせに、ルパンの子孫やとか、ふざけたこと言うとるんちゃうぞ!」

「ふざけてねーしwルパン家は代々、本気でふざけるのが家訓なんだわ。そっちの真面目すぎるほうが、逆にギャグだろ?」

​湊は、リアナの挑発には乗らず、冷静に海に視線を向けた。「水瀬海。あなたと彼女は、何を企んでいるのですか?アルセーヌ・ルパンの懐中時計を盗むつもりでしょう」

​海は、探偵たちの疑念を晴らそうとせず、ただ静かに言った。「僕はただ、彼女と話をしていただけだ。まだ何も決まっていない」

「嘘つけ!あんたらの目ぇ見たら、何考えてるか丸わかりやで!」小百合が海を指差して叫ぶ。「あんたは『意味を盗む』とかいう、わけわからんことばっかりしてるけどな、ルパンの子孫はホンマモンや!物理的な盗みも、あんたのインチキも、全部まとめてあたしらが暴いたる!」

​リアナは、小百合の言葉に面白そうに目を細めた。


「なるほどねぇ。つまり、あんたたちにとって、ルパン家の伝統的な『物理的な盗み』と、水瀬の『意味を盗む』っていう『概念的な盗み』は、どっちも『犯罪』ってわけか。ワロタwww」


​彼女は、そう言って海に目配せをした。


「ね、海。探偵学園が二人もいる前で、最高の『予告状』出してやろうよ。ワイは『物理的な盗み』で懐中時計を頂く。あんたは、懐中時計が持つ『意味』を盗むんだ。どうよ、このコンボ。探偵ども、どっちから追いかけるか、迷っちゃうっしょ?」


​海は、リアナの提案に心の中で舌を巻いた。彼女の言う通り、この二つの異なる「盗み」を同時に仕掛ければ、探偵たちは必ず混乱する。リアナが物理的な盗みを実行している間に、海は懐中時計が持つ「怪盗界の秘宝」という「意味」を解体する。そして、探偵たちが懐中時計の行方を追っている間に、海は別の「意味」を再構築するのだ。それは、まさに、探偵学園の誇りを打ち砕くための、完璧な策だった。


​「……面白い。その話、乗らせてもらう」


​海は、リアナの申し出を快諾した。彼の言葉に、リアナは満面の笑みを浮かべた。


​「マジか!キミ、なかなかやるじゃんwこれで、最強の怪盗コンビ結成ってわけだ。探偵ども、震えて待ってろよなw」


​湊は、二人の会話に冷ややかな視線を向けた。「水瀬海。あなたの『盗み』は、もはや遊びでは済まされません。アルセーヌ・ルパンの懐中時計は、怪盗学園の歴史そのもの。それを盗むということは、学園の誇りを汚す行為です」

「それが、僕の盗みの真骨頂だ。誇りも意味も、時代遅れになったものは、僕が盗んで書き換える」


海は、凛とした声で言い放った。

​小百合は、そんな海の言葉に、怒りを通り越して呆れた表情になった。


「なんやねん、それ。ホンマにわけわからんわ。でもな、怪盗が二人もいようと、あたしら探偵の推理は、絶対に間違いぇへん。覚悟しいや!」

こうして、名を捨てた怪盗、ルパンの末裔、そして探偵学園のサラブレッドたちが、それぞれの「盗み」と「真実」を巡って、三つ巴の戦いを始めることになった。海が懐中時計の「意味」を盗む裏で、リアナは物理的な盗みを実行する。そして、探偵たちは、二人の怪盗を同時に追い詰めるため、それぞれの推理を巡らせる。

​夜空の下、それぞれの思惑が交錯し、物語は、新たな局面へと突入していく。

​承知いたしました。海、リアナ、そして探偵たちの三つ巴の戦いから物語を続けます。

​アルセーヌ・ルパンの懐中時計を巡る盗み

​リアナ・アルセーヌとの共闘を決意した水瀬海は、彼女の軽薄な口調とは裏腹に、その計画の緻密さに舌を巻いた。アルセーヌ・ルパンの懐中時計は、怪盗学園の厳重な金庫に保管されている。リアナは、その物理的な警備を突破する詳細な計画を立てていた。それは、ハッキング、トラップ、そして身体能力を駆使する、伝統的な怪盗の美学に則ったものだった。

​一方、海は、その懐中時計が持つ「意味」を盗むための計画を練っていた。懐中時計は、単なる宝物ではない。それは、怪盗学園の創設者である神代院真影が、ルパンから託されたとされる、怪盗学園の「誇り」そのものだった。もしこの時計が盗まれれば、学園の生徒たちの心は揺らぎ、学園の「意味」が崩壊するだろう。

​海とリアナの二つの計画は、探偵学園の明智湊と金田一小百合を欺くために、綿密に連携していた。

リアナの計画──物理的な盗み

リアナは、ハッキング担当の七瀬美菜と連携し、金庫のセキュリティシステムを一時的に無効化する。そして、夜間警備員の巡回ルートを計算し、ワイヤーアクションやパルクールを駆使して金庫室へと侵入する。彼女の目的はただ一つ、懐中時計を物理的に奪い去ること。

海の計画──意味の編集

海は、懐中時計の「怪盗学園の誇り」という「意味」を盗むために、新たな「語り」を構築する。彼は、懐中時計がルパンから譲り受けたものではなく、実は別の意味を持つ、より人間的な「遺物」であったという物語を、学園内に広めようとした。

​動き出す怪盗たち、追跡する探偵たち

​予告状の期限である満月の夜、二人の怪盗は動き出した。探偵学園の湊と小百合は、リアナの予告状を正面から受け止め、懐中時計が狙われると確信していた。二人は、怪盗学園の金庫室の周辺に張り込み、リアナが現れるのを待ち構えていた。

​リアナは、美菜のハッキングによって無効化されたセキュリティを掻い潜り、華麗な身のこなしで金庫室へと侵入した。彼女は、まさにアルセーヌ・ルパンの末裔に相応しい、見事な手腕で警備を突破していく。


​「見つけたで、アルセーヌ!」


​小百合が、リアナの姿を発見し、追跡を開始した。小百合の機動力はリアナに匹敵するほどで、二人の間では、激しい追跡劇が繰り広げられた。湊は、そんな二人の様子を冷静に観察しながら、海の動きに注意を払っていた。


​「おかしいわ……水瀬海が動かない」


​湊は、海の姿が見えないことに違和感を覚えていた。リアナの予告状は、海との共闘を示唆していた。にもかかわらず、海は全く動く気配がない。湊は、海の「意味を盗む」という手法を思い出し、彼が物理的な盗みとは異なる、別の何かを企んでいることを確信した。

​その頃、海は、怪盗学園の学園新聞のサーバーに侵入し、ある記事のデータを書き換えていた。それは、懐中時計に関する、これまで封印されてきた「真実」の物語だった。


​「アルセーヌ・ルパンの懐中時計は、実はただの『盗まれたもの』だった」


​その物語は、こう語られていた。ルパンは、神代院真影に懐中時計を譲り渡したのではなく、彼の妻が、夫の冒険を案じて、懐中時計を奪い、神代院に匿うように頼んだのだと。懐中時計は、ルパンの妻の「愛」の象徴であり、神代院が守り続けたのは、怪盗の「誇り」ではなく、一人の女性の「愛」だった。

​海は、この物語を学園新聞のサーバーにアップロードし、次の日の朝に公開されるように設定した。これで、懐中時計の「誇り」という「意味」は解体され、「愛」という新たな「意味」に再構築されるだろう。

​最後の対決、そして真実

​金庫室の警報が鳴り響き、リアナは懐中時計を手に、颯爽と脱出に成功した。彼女は、校舎の屋上で、海と待ち合わせた。


​「やったぜ、海!これがルパンの懐中時計だ!マジで伝説級の重みあるわw」


​リアナは、懐中時計を海に見せながら、興奮気味に語った。そこに、湊と小百合が現れた。


​「観念しなさい!リアナ・アルセーヌ、あなたを逮捕します!」


​湊の言葉に、リアナはケラケラと笑った。「えー、せっかくの再会なのに、そんな真面目なこと言わないでよ」

​「リアナ・アルセーヌ、あなたは『盗み』に成功した。だが、水瀬海。あなたの『盗み』は、私たちの手によって阻止された」湊は、海に鋭い視線を向けた。


「あなたは、懐中時計の『意味』を盗もうとした。しかし、私たちは、あなたを監視し続けていた。あなたの計画は、すでに私たちに筒抜けです」


​湊はそう言って、海が懐中時計の「意味」を書き換えようとした証拠を突きつけるつもりだった。しかし、海は、動揺することなく、静かに言った。


​「そうか。ならば、僕の『盗み』は失敗に終わったようですね」


​その時、小百合が、手にしたスマホを見ながら叫んだ。「湊、見てみぃ!朝の学園新聞、もう更新されとる!」

​湊がスマホの画面を見ると、そこには、懐中時計に関する、新たな「真実」の物語が載っていた。彼女が、海の計画を阻止しようとした時には、すでに遅かったのだ。


​「そんな……いつの間に……」


​湊は、愕然としていた。彼女がリアナという「物理的な盗み」を追跡している間に、海は、彼女たちの監視の目を欺き、懐中時計の「意味」を盗み終えていたのだ。

​海は、静かに言った。「リアナが懐中時計を盗んでいる間に、僕は懐中時計の『意味』を盗んでいた。探偵学園のあなたたちは、どちらか一方しか追えなかった。それが、僕たちの勝利の決め手だ」

​リアナは、そんな海を見つめ、ニヤリと笑った。「やるじゃん、海。あんたの『盗み』、少しだけ見直したわw」

​こうして、二人の怪盗は、探偵たちの追跡を振り切り、懐中時計の物理的な価値と、その「意味」を盗み去った。しかし、海にとって、これはまだ序章に過ぎない。彼の次なる標的は、神崎義政という、この国の未来を左右する巨大な「意味」だ。


​アルセーヌ・ルパンの懐中時計を巡る盗みは、海とリアナという二人の怪盗の勝利に終わった。懐中時計は物理的に盗まれ、その「誇り」という「意味」は「愛」という新たな「物語」に書き換えられた。明智湊と金田一小百合は、二つの盗みを同時に追うことができず、怪盗たちの術中に嵌ってしまった。

​翌日、探偵学園の二人は、怪盗学園の校門に立っていた。引き上げるためだ。彼らの表情には、敗北の悔しさと、海という怪盗への新たな警戒の色が浮かんでいた。

​海は、二人の元へと向かった。彼らの「盗み」は、二人の探偵にとって、決して忘れられないものになっただろう。しかし、彼らの間に生まれたのは、敵対心だけではなかった。そこには、互いの信念をかけた、わずかな尊敬の念も生まれていた。


​「明智さん、金田一さん。僕たちの『盗み』は、あなたたちの『真実』を否定するものではない。ただ、真実が持つ『意味』を問い直すためのものだ」


​海は、そう言って二人に頭を下げた。湊は、そんな海の言葉に、何も答えなかった。彼女の瞳は、海の言葉の真意を探るように、静かに海を見つめていた。

​小百合は、怒りを押し殺すように言った。


「そんなわけわからんこと、もうええねん!でもな、あんたのやり方は、確かに見事やった。ホンマに悔しいけどな……」


​湊は、静かに海に背を向けた。


「水瀬海。あなたの『盗み』は、私たちが追うべき犯罪です。私たちは、あなたを追い続けます。しかし、それは、物理的な犯罪を追うだけではありません。あなたの『意味を盗む』という行為が、世界に何をもたらすのか。その結末を、私たちの目で、見届けさせていただきます」


​それは、敗北を認めた言葉であると同時に、海への、そして彼の「盗み」への、新たな宣戦布告だった。

​二人は、静かに怪盗学園を後にした。海は、二人の背中を見送りながら、彼らとの戦いが、これで終わりではないことを確信していた。彼の「盗み」が大きくなればなるほど、探偵たちの追跡もまた、激しくなっていくのだろう。

​神崎義政、最後の予告状

​探偵学園が去った後、海はリアナ、美菜、杉菜、香織という四人の協力者と共に、神崎義政の「意味」を盗むための、最後の計画を練っていた。

​リアナは、ルパンの懐中時計を盗んだことで、海を「認めた」ようだった。彼女は、神崎義政の「語り」を巡る盗みには直接関わらないが、必要とあらば、いつでも協力する姿勢を示していた。

​「ま、何かあったら、ワイに連絡してw探偵どもの注意を引くくらいなら、いつでもやってやるし」

​そして、海は、四人の協力者が集めた情報を統合し、神崎義政という巨大な「意味」を解体するための、最終的な計画を練り上げた。それは、もはや「盗み」という言葉だけでは表せない、壮大で、しかし緻密な「語りの再構築」だった。

​海は、神崎義政の長年にわたる政治家としてのキャリアを、一本の壮大な「物語」として捉えていた。そして、その物語の「結末」を、彼が望む形に「編集」しようとしていた。

​その日の夜、海は、神崎義政の元に、一枚の予告状を送った。それは、ふざけたものでもなく、大仰なものでもなかった。ただ、静かに、しかし、有無を言わさぬ筆致で書かれていた。

予告状

拝啓、神崎義政様

あなたの『偉大な指導者』という『意味』を、明日、盗みに参上いたします。

我々が盗むのは、あなたの不正の証拠ではありません。

我々が盗むのは、あなたの『誇り』でも、『名誉』でもありません。

我々が盗むのは、あなたが、自らの手で築き上げた『物語』そのもの。

そして、私たちは、その物語の『結末』を、あなたに代わって、選び直させていただきます。

覚悟してお待ちください。

怪盗、水瀬海


​水瀬海が送った予告状は、神崎義政の元に届いた。彼は、長年政界の頂点に君臨してきた男だ。その彼が、怪盗からの挑戦状を受け取った。その夜、神崎の屋敷は、いつも以上に静まり返っていた。彼は、予告状を何度も読み返した。それは、彼がこれまで対峙してきた、どんな敵よりも不気味で、不穏なものだった。

​予告状は、不正の証拠を盗むとは言っていない。誇りや名誉を盗むとも言っていない。「あなたが、自らの手で築き上げた『物語』そのもの」を盗むと書かれていた。そして、その「結末」を選び直すと。

​神崎は、海という怪盗が何を企んでいるのか、全く理解できなかった。しかし、彼が、自分の「偉大な指導者」という「意味」に揺さぶりをかける存在であることだけは、直感的に理解していた。

​一方、海は、最後の夜の準備を始めていた。彼のアジトには、七瀬莉央、七瀬美菜、近月杉菜、水無月香織の四人が集まっていた。それぞれの顔には、緊張と、そして何よりも、この盗みを成功させることへの強い決意が宿っていた。


​「神崎義政の『物語』は、この国の戦後復興と、高度経済成長の象徴として語られてきた。彼は、国民に『夢』と『希望』を与え続けた。だからこそ、彼の不正が暴かれても、人々はそれを信じたくない」


​海は、四人の協力者に、今回の盗みの本質を語り始めた。


​「僕たちが盗むのは、彼の『不正』ではない。彼の『不正』は、すでに探偵学園の二人によって嗅ぎ付けられている。僕たちが盗むのは、彼が持つ『偉大な指導者』という『意味』だ。そして、その意味を、『自らの意志で、自らの物語を終わらせる指導者』という新たな『意味』に書き換える」


​それは、神崎義政の不正を暴くのではなく、彼自身に、自らの「物語」の結末を選ばせるという、大胆な計画だった。

​「物語」の解体

​海は、四人の協力者に、それぞれの役割を改めて伝えた。


夜の怪盗学園。

 七瀬美菜は、薄暗い情報処理室のモニターに向かっていた。

 指先は軽やかにキーボードを叩き、画面には神崎義政の過去の公共事業に関する膨大な資料が並んでいた。


 「……見つけた」


 彼女が囁いたのは、ほんの一行の数字のズレだった。

 十年前、神崎が推進したリゾート開発計画。その予算報告書に記された“建設費”と、同時期に提出された“地元自治体への補助金申請額”が、微妙に食い違っていた。


 「たった数百万のズレ。でも、これが“完璧な実績”って語りを壊すには、十分すぎる」


 美菜は、海からの依頼を思い出していた。

 神崎義政の「偉大な指導者」という“意味”を盗むためには、直接的な暴露ではなく、語りの“信頼性”に亀裂を入れる必要がある。

 そのために、美菜は“矛盾の可視化”という手法を選んだ。


 彼女は、匿名のアカウントをいくつか立ち上げた。

 政治系の掲示板、都市開発を語るブログ、地方行政の監視団体のSNS──

 それぞれに、少しずつ、しかし確実に“矛盾”の存在を示唆する投稿を仕込んでいく。


 「十年前のリゾート計画、建設費と補助金の数字、微妙にズレてない?」

 「神崎先生って、完璧な人って言われてるけど、あの事業だけはちょっと変だったよね」

 「地元の人、あの時の予算配分に疑問持ってたって聞いたけど……」


 投稿は、直接的な告発ではない。

 だが、語りの“完璧さ”に疑問を投げかけるには、十分だった。


 数日後。

 政治系ニュースサイトのコメント欄に、こんな書き込みが現れた。


 「神崎義政のリゾート事業、実は予算のズレがあったって話、最近よく聞くな」

 「完璧な実績って言われてるけど、あれって本当に“成功例”なの?」


 美菜は、モニター越しにその流れを見つめながら、静かに微笑んだ。


 「語りは、完璧である必要はない。むしろ、完璧すぎる語りこそが、崩れるときに一番脆い」


 彼女の“盗み”は、誰も傷つけない。

 ただ、語りの中に“問い”を差し込むだけ。

 その問いが、人々の意識に根を張り、やがて“意味”そのものを揺るがす。


 七瀬美菜──怪盗学園の情報の魔術師。

 彼女の矛盾は、神崎義政という語りの巨塔に、最初の亀裂を刻み込んだ。

`

神崎義政の屋敷は、静かだった。

 高台に建てられたその邸宅は、政界の重鎮にふさわしい威厳を漂わせていたが、七瀬莉央にとっては、ただの“舞台”にすぎなかった。


 彼女は、神崎の孫娘──神崎紗良の家庭教師として、屋敷に潜入していた。

 変装は完璧だった。

 眼鏡をかけ、髪をまとめ、口調を柔らかく整えた彼女は、どこにでもいる“優秀な教育者”にしか見えなかった。


 「紗良さん、今日の課題は、現代政治におけるリーダーシップの定義です」


 莉央は、穏やかな声でそう言いながら、紗良の反応を観察していた。

 紗良は、祖父である神崎義政を“完璧な人”だと信じて疑わなかった。

 だが、その語りは、家族の中でどのように育まれているのか──

 それを知るために、莉央は“家庭教師”という仮面を使って、屋敷の内部に溶け込んでいた。


 夕食の時間。

 神崎義政は、側近たちと共に食卓を囲んでいた。

 莉央は、紗良の隣に座りながら、耳を澄ませていた。


 「先生、最近はお疲れのようですね」

 「いや、歳には勝てんよ。昔のように、国を動かす気力はもうない」


 その言葉に、側近たちは笑った。

 だが、莉央はその“弱音”に、確かな“語りの揺らぎ”を感じ取っていた。


 神崎義政は、国民の前では“偉大な指導者”として振る舞う。

 だが、家族の前では、ただの“老いた祖父”だった。

 そのギャップこそが、語りの亀裂だった。


 夜。

 莉央は、屋敷の一室で、海に報告のメッセージを送っていた。


 「神崎義政、今日の夕食で“気力がない”と発言。

  孫娘は“完璧な祖父”として語っているが、実際は“老い”と“疲労”を隠しきれていない。

  側近たちはそれを“冗談”として処理しているが、語りの中に“もろさ”が滲んでいる」


 海からの返信は、すぐに届いた。


 「その“もろさ”を拾い集めてほしい。

  神崎義政の“偉大さ”は、語りの積み重ねによって成立している。

  その語りの“裏側”にある人間的な揺らぎを、僕が編集するために必要だ」


 莉央は、微笑んだ。

 彼女の“盗み”は、変装でも、潜入でもない。

 それは、語りの内部に入り込み、語られない“弱さ”を拾い集めること。


 七瀬莉央──70面相の怪盗。

 その夜の顔は、“家庭教師”だった。

 そして、その仮面の裏で、彼女は“偉大さ”という語りの裏側に、静かに亀裂を刻んでいた。

`

煙草の煙が、夜の空気に溶けていく。

 近月杉菜は、都心の高層ビルの屋上で、携帯電話を耳に当てていた。

 通話の相手は、政界の裏で動く“影の調整役”──神崎義政の引退を望む者たちだった。


 「……あんたらが本気で神崎を引かせたいなら、今がそのタイミングだぜ。世論は揺れ始めてる。あとは、誰が“語りの終わり”を口にするかってだけだ」


 通話は短く終わった。

 杉菜は、携帯をポケットにしまい、煙草を指で弾いた。


 彼女の“盗み”は、情報でも、意味でもない。

 それは、“語りの地盤”を崩すこと。

 神崎義政という“語りの塔”が立っている土壌に、静かに亀裂を入れることだった。


 彼女は、政界の裏側に広がる“引退待望論”を拾い集めていた。

 それは、表には出ない。

 だが、確かに存在する“沈黙の圧力”だった。


 「神崎先生、そろそろお疲れじゃないですかね」

 「次の世代に譲るのも、政治家としての美学ですよ」

 「先生の功績は十分です。引き際こそが、真のリーダーの証です」


 杉菜は、こうした“ささやき”を、政界の飲み会、ゴルフ場、料亭の個室で拾い集めていた。

 そして、それを“誰が言ったか分からない”形で、香織に渡していた。


 「香織。あんたの雑誌で、ちょっとした“空気”を作ってくれ。

  神崎の引退を望む声が、どこかで囁かれてるってだけでいい。

  誰も名指ししなくていい。ただ、“語りの終わり”を匂わせるだけで、十分だ」


 香織は、杉菜の言葉に頷いた。

 彼女の記事は、神崎義政の“語り”に直接触れず、しかし読者の心に“終わりの予感”を植え付けるものだった。


 杉菜は、怪盗ではない。

 だが、語りの“地盤”を崩すことにかけては、誰よりも冷静で、誰よりも正確だった。


 その夜、杉菜は海に報告を送った。


 「神崎の周辺、揺れ始めてる。

  引退を望む連中が、表には出ないが、裏では動いてる。

  香織が空気を作れば、神崎自身が“語りの終わり”を感じるはずだ。

  あとは、あんたが“意味”を盗むだけだ」


 海からの返信は、短かった。


 「完璧だ。語りの塔は、もう揺れている」


 近月杉菜──怪盗学園の“地盤工作員”。

 彼女の盗みは、語りの土壌を崩すこと。

 そして、その亀裂の上に、海が“意味の編集”を刻むのだった。

月刊トゥルース編集部。

 水無月香織は、キーボードを叩く手を止め、モニターに映る記事の見出しを見つめていた。


 『地方創生の光と影──神崎義政のリゾート事業をめぐって』


 見出しは、あくまで中立的だった。

 だが、香織の狙いは、そこに“問い”を仕込むことだった。


 「わいはな、断定なんてせん。でも、読んだ人が“ほんとか?”って思うような記事にするべ」


 彼女は、美菜がリークした“予算の矛盾”を、記事の中盤にさりげなく挿入した。

 数字のズレは、ほんの数百万。

 だが、それが“完璧な実績”という語りに、微かな影を落とす。


 「十年前のリゾート計画。地元の声を拾うと、当時の予算配分に疑問を持っていた人も少なくない。

  ある自治体職員はこう語る──『あの時、補助金の額が急に変わったんですよ。理由は、今でもよく分かりません』」


 香織は、記事の最後に、こう書き添えた。


 「神崎義政という名は、長年にわたり“偉大な指導者”として語られてきた。

  その功績は確かに大きい。

  だが、語りの中に、ほんのわずかな“揺らぎ”があるとしたら──

  私たちは、その語りを、どこまで信じていいのだろうか?」


 彼女は、記事を送信する前に、海にメッセージを送った。


 「書いたぞ。わいは、断定せん。でも、“問い”は投げた。

  あとは、読んだ人間が、自分の中で“語り”を揺らがせるかどうかだべ」


 海からの返信は、短く、しかし確かなものだった。


 「完璧です。語りは、問いによって揺らぐ。

  あなたの“盗み”は、読者の心に語りの余白を作った」


 香織は、モニターを見つめながら、静かに笑った。


 「わいは、怪盗じゃねぇ。でも、“語りの語り部”にはなれる。

  問いを投げる。それが、わいの盗みだべ」


 水無月香織──津軽弁の熱血雑誌記者。

 彼女の“盗み”は、語りを断定することなく、問いを残すこと。

 その問いが、神崎義政という“偉大な語り”に、静かに亀裂を刻んでいく。

`

そして、海は、これらの情報と、四人の協力者の動きを統括し、神崎義政という巨大な「物語」の解体と、新たな「結末」の構築を、指揮する役割を担っていた。

​夜明けの訪問

​夜が明け、太陽が昇り始めた頃、海は神崎義政の屋敷へと向かった。彼は、正門のインターホンを鳴らし、神崎との面会を求めた。神崎は、警戒しながらも、海を応接室へと招き入れた。

​応接室には、神崎と彼の秘書がいた。神崎は、海を睨みつけ、威圧的な口調で言った。


「貴様が、水瀬海か。私の『物語』を盗むだと?ふざけるな!私の物語は、この国が歩んできた歴史そのものだ!貴様のような小僧に、何ができる!」


​海は、神崎の言葉に動じることなく、静かに言った。


「僕は、あなたの『物語』を否定するつもりはありません。ただ、あなたの『物語』の結末は、あなた自身が選ぶべきだと思っています」


​そう言って、海はタブレットを神崎に手渡した。そこには、美菜がリークした情報、莉央が報告した神崎の人間的な弱さ、杉菜が作り上げた引退を求める圧力、そして香織が書いた「問い」を投げかける記事が、すべて時系列で整理されていた。

​神崎は、タブレットの画面に映し出された、自分の「物語」の解体を、信じられないといった表情で見ていた。彼の「偉大な指導者」という「意味」が、少しずつ、しかし確実に、崩壊していく様が、そこに記されていた。


​「これは、僕があなたの『物語』を盗むための、最初の『予告』です。このまま僕が『盗み』を続ければ、あなたの『物語』は、国民からの信頼を失い、悲劇的な結末を迎えることになるでしょう」


​海は、静かに神崎に問いかけた。


​「あなたの『物語』の結末を、誰かに盗まれるのか。それとも、あなた自身の意志で、美しい幕引きを選ぶのか。選ぶのは、あなたです」


​それは、盗みではなく、選択の提示だった。神崎義政という巨大な「物語」は、今、その結末を、海という怪盗の手によって、書き換えられるか、それとも、彼自身の意志によって、新たな一歩を踏み出すか、その岐路に立たされていた。

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