第2話 レアカードは金になる
「ハクトさんッ、VSのカチコミです!」
「え、なんて?」
何言ってんだコイツ……
うちはVSヤクザじゃねえぞ。
「いや、さっきの迷惑客がガキを連れてまた来店してきたんですが……このガキが強いのなんの。ハクトさんの真似してVSで対応した俺とショーマがあっちゅー間にやられて……」
「何やってんだか……即ブラックリストに入れて来店拒否しろよ。ガキは年齢的に入れねーんだからよ」
入店の許可が出ないヤツらなど摘み出せばいいものを、VSの対応なんてしちまったら今更暴力に訴えることは悪手となる。
裏稼業はメンツが命だ。今更方針転換しては『VSじゃ勝てないから暴力に切り替えた』というレッテルを貼られてしまう。
また面倒な仕事だ。
「すみません支配人。ちょっと行ってきます」
「ふふ、今日はラッキーね。ハクトのVSを2回も見られるなんて」
そういった事情で、カジノの入り口に向かうと、ショーマとさっきの迷惑客、そして中学生くらいの帽子を被ったガキの姿が目に入る。
そのガキの姿に、俺の視線は奪われた。
おいおいマジかよ。有名人じゃねえか。
「派手にやられたらしいな」
ショーマに声をかけると、ショーマとアツキは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「すんません、俺らボロカスにやられちまって」
「おめーら、力で摘み出せばあんなジャリに負けねえのに……何やってんだよ」
「だって、ハクトさんのVS見ちまったから……」
「俺らもVSやりたくなったんスもん」
「しょうがねえヤツらだな……仕事に戻れ、ガキ共の相手は俺がしとくからよ」
後輩たちに仕事に戻るよう促し、俺はガキ共の前で咳払いをする。まあ、先に話す必要のあるやつがいるからな。
俺は怯えて子供の背中に隠れている男を睨み付ける。ひっ、と情けない声をあげる彼だが今更容赦するつもりはない。
「テメェ……さっきの今で戻ってきやがって。しかも子供の背中に隠れるとはどういう了見だ? 恥ずかしくねぇのか」
「だ……黙れチンピラめ! 彼のことを知らないのか!? VSチャンピオンシップ優勝者の
もちろんハルのことは知っている。数ヶ月前に開催されたVSチャンピオンシップは、テレビ中継もされる規模のデカい大会だった。その優勝者となれば、仮にもVSプレイヤーの端くれである俺が知らないはずがないだろう。
つーかお前の方が何も知らねえじゃねえか。何ドヤってんだよ。
「その子が誰かなんて関係ねぇよ。そいつの背中に隠れてるくせにイキがってるのが恥ずかしくねぇのかって聞いてんの」
「うるさい! ハルくん頼むよ、あいつから俺のデッキ取り返してくれよ!」
「……あの。ご存知のようですが、ボクは結束ハルと言います。あなたがこの人からデッキを奪った、というのは本当なんですか?」
ハルは活発そうな見た目の印象に反して、とても礼儀正しい子供だった。つい先日、大きな大会で優勝したというのに驕りも慢心も感じられない。人生何周目だ?
ともかく、ハルの言葉には大きな誤解がある。背に隠れる狡っからい男が何を吹き込んだかは知らないが、事情を隠した上で都合の良いところだけ伝えているらしい。
俺はすう、と息を吸い込んだ。
「いいや、事実ではない!」
「!?」
ハッキリと言い切った俺に、ハルは面食らった様子。よほど悪いように思い込まされていたようだな。
「う、う、嘘を吐くなっ! おまえが僕のカードを取ったんだろ!」
「交換条件で貰っただけだ。おまえがウチのカジノで金をスッた。VSで勝ったらチャラにしろだのを言い出して、こちらはそれを了承した。で、こちらが勝った。支払いに足る金がなかったからデッキを貰った。これが事実だ」
「ちがう、違う! 僕は負けてない! あんなのはイ——」
「うるせぇヤツだな。100万円なんて払えまちぇ〜ん、って泣いてただろお前」
「泣いてないッ! それに、僕がカジノで使ったのも、VSで負けて支払うことになったのも30万だったじゃないか! なにを勝手に額を増やしているんだよッ」
ハルの後ろの迷惑客が喚いたその内容を聞いて、しん、と場が静まり返った。
「ああ、そうだったそうだった。合計は60万だったな。正しい金額と、おまえが負けたという事実を思い出してくれて感謝するよ」
「……あっ」
「悪かったな。もちろん、支払いは60万で構わないからな」
こんなのに引っかかるなよ……
ハルは今にも頭を抱えそうな様子で、迷惑客の言い訳を聞き流している。
これでハルは完全にこちらを信用したはずだ。が、譲れない部分もあるようで。
「それでも……デッキまで奪うのは、その。少しやり過ぎなのでは? VSプレイヤーにとって、デッキとは命に等しいものです」
「金ってのは、時に命より重いもんだ」
「それは……そうかもしれませんが……」
ハルも苦虫を噛み潰したような表情だ。全く、中学生にこんな顔させるな後ろのやつ。
しかし、バッと顔を上げると、真剣な眼でこちらを見つめる。そして、意を決したようにこちらに頭を下げた。
「お願いします、ボクとVSしてください。ボクが勝ったら、この人のデッキを返してあげてください」
「こちらが勝ったらどうする」
「え……そ、その。ボクのデッキを渡します!」
場の雰囲気に酔っているのか、そんな無茶な提案をしてくる。
僕が負けるわけがない! とか後ろのやつレベルのことを言わないだけ立派だが、やはりまだ中学生だな。
「断る!」
「えっ」
えっ、じゃないが。
この世界の人間の多くは、VSを断られると一瞬きょとんとする。どんだけVSを過信しているんだ。
後ろで支配人がガッカリしている気配を感じるが、それでも断る。
「ハル、おまえまだ中学生だろう。裏カジノって言っても、
「そんな……」
「汚いぞ、VSを受けないなんて。逃げる気か!?」
「ああ、そうだ!」
またもキッパリと言い切ると、迷惑客は面食らって何も言えなくなった。弱いなこいつ……VSだけでなく討論も。
「ハルはチャンピオンシップで優勝するほどの実力者だぞ? 分が悪い勝負だ。そんなVSをわざわざ受けてやる義理はない」
こいつほどの相手からなら、逃げたところで舐められる理由にはならないからな。
ハルが強すぎるからこそ、当初の想定とは異なり逃げるという選択肢が生まれた。支配人は相変わらず残念がっているが。
「つーか、ハル。なんでおまえみたいな有名人が裏カジノなんかに来てんだ?」
「なんかとは何よ。アンタの職場でしょうが」
ビシ、と支配人に後頭部をチョップされつつ、世間話のつもりでそんなことを聞いてみる。
「すみません……カジノで遊ぶつもりではなくて。裏のVSに詳しい人が多いと聞いて、『スイーパー』の情報が集まっているんじゃないかと思って」
「ああ、闇のVSプレイヤー集団とかいう。その情報を聞いてどうする?」
「友達が被害に遭ったんです。それに、カードを奪い、人の魂を捕らえるなんて許せない。ボクは『スイーパー』を止めたいんだ」
おいおい、と初めは思った。中学生が闇のVSがどうのという犯罪者集団に立ち向かう?
止める義理もないが、いくらなんでも無謀だろうと口にしようとして、気付く。
これは金になるのではないか、と。
「なるほど。そういうことなら、条件は変えさせてもらうが、VSを受けても良い」
「えっ? な、なぜ急に?」
「メリットが生まれたからだ」
チャンピオンシップで優勝するだけの実力を持つハル。VSを断らないこの世界の住人の気質。闇のVSプレイヤーとかいう、VSで魂まで賭けているらしい集団。
ハルや、その友人とやらで犯罪集団を止める可能性は、全くないわけではなさそうだ。なら、それに投資する価値はある。
少なくとも、条件付きでVSを受けてやる程度の価値は。
「条件を2つ出そう。同意してくれるなら、デッキを返すためのVSに応じてもいい」
「……条件とは?」
「俺が勝ったら、ハル。おまえがスイーパーを潰した時、奴らが盗んだレアカードで、所有者が分からないカードを全て俺に寄越せ」
「なっ——」
「おっと。もう一度言うが、所有者が分からないカードだけでいい。持ち主にカードを返して、残ったカードだけ俺に渡してくれればな」
ハルは、後ろのカスのためにも体を張れる正義感を持っている。
そこから考えるに、取り返したカードは持ち主に返すよう動くだろう。こっそり全部貰っちまえば良いものを。
しかし、強奪したカードで元の所有者がハッキリしているカードなんてほんの僅かのはず。この条件を飲ませれば、ハルがスイーパーを潰した時、レアカードががっぽり手に入るというわけだ。
本来ならこんなのはぼったくりもいいところだが、ハルは正義感からスイーパーを潰そうとしているようだし、金銭面での利益を掠め取ることにそれほど不快感は感じないだろう。
「条件その2。俺が負けた時だが、デッキは返してやってもいい。が、そいつにはちゃんとカジノとVSで負けた分、60万は耳を揃えて払ってもらう」
「うわぁ……」
後ろで支配人が引いている。
そりゃそうだろう。俺が勝ったら、手に入るレアカードの価値は恐らく数百万、下手したら数千万にも登る。にもかかわらず、俺が負けてもデッキは返すことになるが、本来手に入るはずだった金の支払いは依然強要される。こちらにはなんの痛痒もない。
勝っても負けてもこちらはノーリスク。明らかにやりすぎなくらい不平等、ぼったくりのような条件だ。
まともな大人なら、世間知らずの中学生に吹っかける条件ではない。
が、残念ながら俺はまともな大人ではない。
とまあ、そんな向こうに不利な条件を出したわけだが、乗ってくるだろう。ハルの目的はあくまでデッキを返してもらうことだからな。
ハル目線、この条件に損はない。もちろん、金銭面で言えば論外だが、ハルは金銭を度外視して動いているはず。
散々嘘八百を並べてきた後ろの迷惑客が損をすることになろうが、今更なんとも思わないだろう。
かといって、善人であるハルは彼を完全に見捨てることはできない。デッキが戻ってくるなら勝負は受けると踏んだ。
「どうする? やめとくか?」
「いえ、それで構いません」
おっ?
意外だな、多少は躊躇するかと思ったが。
「オーケー、交渉成立だ。なんならVSが終わったら、スイーパーの情報はタダで教えてやるよ」
教えた方が『スイーパー』を潰してレアカードが手に入る可能性が高まる。こちらに何の損もない。
なんなら、さらにこちらの得になることも起き得るからな。
「ああ、あと。約束を破ろうだなんて考えないことだ。お互い、少々面倒なことになるからな」
「はい、もちろんです」
「よし」
こうして、俺とハルのVSが決まった。
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