イカサマが闇のカードゲーマーに通用した
レイトントン
第1話 バレなきゃイカサマじゃないらしい
「馬鹿な……」
「マジか……」
俺は驚愕する黒フードを被った怪しげなプレイヤーを前にして、ぼそりと呟く。驚きがあるのはこちらも同様だ。まあ、お相手さんとは少々種類は違うが。
「嘘だろ……!? ハルが勝てなかった、あの黒フードを圧倒するなんて」
「ハクトさんってこんなに強かったんだ……!」
後ろではガキ共がわちゃわちゃと好き勝手に言ってくれちゃっている。が、それも無理はないか。
ガキ共の言う通り、ハルという彼らの中で最強とも言えるプレイヤーが、俺の目の前の黒フードにやられてしまった。
ハルは大きな大会で優勝もしている、トッププレイヤーだ。そんなハルが負けるような相手。当然、ガキ共2人も俺に勝ち目はないと思っていたんだろう。
事実、ハルに勝つようなプレイヤーを圧倒するだけの地力は俺にはない。
——地力はな。
「俺のターン、ドロー」
俺のデッキから、カードをドローする。
ただし、一番上ではなく、二番目のカードを。
これはトランプでいうセカンドディールと呼ばれるもの。厳密には少し違うが。
トランプ同様、今俺たちがプレイしているトレーディングカードゲーム『
当然、一番上でなく二番目のカードを引くのは明確な反則行為。
要するに、これはイカサマだ。
バレたら一発で反則負けとなる行為。それを巧妙に、狡猾な手口でバレないように行っているに過ぎない。
俺としても賭けだった。さきほどのハルとのVSを見たところ、この黒フードの実力は恐らく俺よりも上だ。
負けたら魂を取られる『闇のVS』なるものを仕掛けられた俺としては、実力勝負はかなり分の悪い賭け。
ならば、とバレないよう自らの腕を信じてイカサマに手を染めたわけだが——まさか超能力のようなオカルトじみた真似をしてくる相手に、通用しようとは。
セカンドディールもそうだが、俺は初手の段階から山札をカットするフリをして自分に都合の良いように山札順を操作する、いわゆる『フォールスシャッフル』を行っている。
内心ヒヤヒヤしながらの犯行だったが、なんと敵さんはまるで気付いていない、どころか想定すらしちゃいないようだ。俺が『マジかよ』と呟いたのはそういう理由だ。
(ククク。甘ちゃんがよぉ……)
負けたら魂を取られるゲームでイカサマを警戒しないでいてくれるとは。それも、ゲームを仕掛ける側が、だ。
笑いが止まらんね。
まあ、俺も自分のイカサマを通すためにカットを提案していないため、逆に向こうがイカサマを行う可能性もあったが……ここまで、それを行った様子はない。向こうは正々堂々ゲームに挑んでいるようだ。
いや、闇のVSなんて仕掛けてくるヤツが正々堂々ってなんだよって話だが。
まあ、それはいい。早速、今イカサマで引き込んだカードを使わせて貰うとしよう。
「俺は魔力4を使用し攻撃魔法『ナインナイブス』を使用! 相手プレイヤーと、その場にいる全ての
「……私のクリーチャーの体力は共に1。破壊される」
敵のクリーチャー『緑鳥ビルム』2体を仕留め、ついでに黒フードの生命力(これが尽きるとそのプレイヤーは敗北する)を削る。
「ビルムは、体力が低い代わりにクリーチャーによる攻撃と効果を受けない。それでハルは手を焼いてたってのに……!」
そう、このビルムというクリーチャーは低コスト低体力ながら、クリーチャーによる攻撃と効果で処理できず、魔法による処理を強要される厄介なクリーチャーだった。それが2体とデッキによってはそれなりのダメージ必至な状況だったが、俺は一手で解決策を引き込み、対処した。
イカサマ様々だぜ。
「ピンポイントで最適なカードを引き込むとは。なかなか出来るようだな。改めて聞こう……貴様、何者だ?」
「教える必要があるのか? これからカードに閉じ込められるヤツ相手によぉ」
「……はっ。大きく出たな? 名も無い裏のVSプレイヤー風情が。魂を囚われるのは貴様の方だと教えてやる」
しかし、まさか俺が闇のVSプレイヤーなんかと勝負することになるとはな……
カードにされたハルと出会った時のことを思い出しながら、俺は切り札を場に出した。
◆
裏カジノ『クレセント・ナイト』……俺の仕事場。その一角、VSスペースで多くのギャラリーを背負いながら、俺は山札から一枚のカードを引いた。
既に俺の優勢は揺るぎないが、想定より1ターン早く事が済みそうだ、と引いたカードを見てほくそ笑む。
「俺は魔力6を使用し『背徳の天使イザキエル』を場に出す。イザキエルは速攻能力を持っているため、そのままお前に直接攻撃する」
「そんなっ!!」
通常、
敗北を悟り、男……たしかススムという名前だったか。彼は歯を噛み締めた。
「俺の勝ちだな」
おおーッ、とギャラリーの驚嘆と感心の声があがる。テーブルを挟んで向かい合う相手は、心底悔しそうに顔を歪めている。ククク、良い気味だ。
「なんで……っ」
「なんでも何も、目の前の結果が全てだ、お坊ちゃん。俺が勝ち、お前が負けた。それ以外のなんでもない」
「納得できるかッ! 僕がこんなカジノの従業員なんかに負けるなんてあり得ない! イカサマだイカサマ!」
「ハァ?」
何言ってんだコイツ……?
こんな低レベルのプレイヤー相手にイカサマなんてするわけないだろ。
こいつ程度が相手ならイカサマがバレる可能性は僅かもないが、俺が敗北する可能性の方がもっと低い。
ギャラリーもいる。そんな状況でイカサマなんてしたら損しかない。今回はたまたま俺がツイてただけだ。
「ヒトの勝利にイカサマだなんだとケチを付けるんだ。当然証拠くらいあるんだろうな?」
「え? い、いや……その……」
男はしどろもどろになり、結局口ごもってしまう。
「そもそもお前がギャンブルに負けて『納得いかない』『VSで僕が勝ったら金を返せ』と喚くから相手してやったんだろうが。それを負けたらイカサマ呼ばわりとは見苦しいな」
全く、支配人命令でやっているが、優し過ぎる対応だ。外に放り出してやったって良かったが、支配人はたまには俺のVSを見たいとのこと。
娯楽施設であるカジノの支配人が、娯楽に飢えているとは笑えない。
「ぐうううう……」
「そもそも本当にイカサマがあったなら、普通はその場で指摘する。終わってから喚くってことは、俺に怪しいところは何一つなかったってこったろ。つまり、ただのお前の負け惜しみ、言いがかりだ。分かったら払うもん払って帰りな」
「ッ、このっ……! 僕は県大会でベスト8に入ったこともあるんだぞ!!」
ガタ、と目の前の相手は立ち上がり、俺に掴み掛かろうとする。が、俺はその右腕を掴み取ると、背中側に回って捻り上げた。
「暴力で解決か? いいね、その方が俺としても手っ取り早い」
「待て、待って! 分かった、払う! 僕の負けだ!」
「払う?」
「……ッ、払います!」
手を離してやると、迷惑客は手を擦り涙目になりながら、元々スッた金30万、それを取り戻そうとさらに30万の賭け金で行ったVSで負けた分。しめて60万の支払いを行おうとする。が、手持ちが足りなかったようで、また他の従業員と諍いを起こしている。
ため息を吐きながら近付くと、男は明らかに怯えた様子で後退った。
「なんだ、金が払えねえだと? ならカードを置いていきな。クレジットカードじゃねえぞ。VSのデッキだ」
「なっ……そ、それだけは……!」
「ハァ? じゃあ何なら払えんだ。内臓でも捌いてくか?」
「ひっ」
脅しが過ぎたか、彼は泣く泣くカードデッキを俺に渡すと、そそくさと逃げ帰っていった。
ふう……面倒な客だ。いや、支払いを渋るなんて客ですらないか。
俺はホールに向けて丁寧にお辞儀をしてから裏に引っ込む。支配人は俺のVSをエンタメにしたがっているが、裏方が出張るところなんてあまり客に見せるようなもんじゃない。
VSがカードゲームとして以上に世界的な人気を誇るこの世界では、カジノの人気は相対的に低い。だというのにVSをショウにするようでは、せっかくのカジノの意味がないだろう。
「お疲れ様、ハクト」
「支配人、どーも」
スタッフエリアまで戻った途端、上司から労いの言葉をかけられる。
まだ若い女だが、派手な装飾品をジャラジャラと引っ提げる、いかにも金持ってますという格好。成金っぽい、とも言える。
彼女は当裏カジノ『クレセント・ナイト』の支配人だ。座りなよ、と彼女の前の椅子を勧めてくれたので、遠慮なくそれに従う。
「ラクな仕事で助かりましたよ。初めから実力行使で済ませられたらもっとラクだったんですがね」
「暴力働いて訴えられたら面倒じゃない。その点、VSで勝ったらノーリスク。合理的でしょ?」
「まぁそうなんですが。VSは相手の実力が見た目からは分かりづらいからなァ」
ガキが大人より強い、なんてことが余裕であるのがVSの世界だ。たしか、年齢問わずのマスタークラス世界大会で優勝したのもガキだった筈。
まあ、立ち振る舞いから多少なら相手の実力を読み取れはするが……
「それに、賭けVSで勝てばこういう報酬もあるわよ?」
ほら、と支配人が茶封筒を渡してくる。今回のVSに対するバックだ。ありがたく受け取る。
「あざす。これがあるのは明確にVSの美味い点っすね」
「アンタのVS面白いし、報酬はしっかり渡すからもっとやりなよ。ハクトの使うカードは珍しいのが多いし、効果も派手で華がある」
「……まあ、珍しいカードなのは否定しませんがね」
それなりにレアなカードを揃えているからな。この世界、金や暴力だけでなくVSで色々とカタの着く場合がある。VSの実力に直結する、強いカードを集めておいて損はない。
そして、強いカードとは大抵がレアカード、珍しいカードだ。
「それにしても。ここ最近、あのテのVSプレイヤーが辺りを彷徨いていることが増えましたね。裏に縁もゆかりもなさそうなのが」
「ああ、『闇のVS』とかいうのが流行ってるらしいわね。負けたら魂とレアカードを取られるとか」
「なんだそりゃ。オカルトですか?」
まあ、カードゲームが広く普及し、大きな力を持っているこの世界ならないことはないのか。
カードの精霊も存在するし、と俺はデッキに眠る切り札の姿を思い返す。
「さあ? 事実かどうかは知らないわ。巷じゃ『スイーパー』とか呼ばれてるらしいわね」
スイーパー……掃除屋、ね。気取ってやがる。
「それっぽい奴らの動向は一応把握してはいるんだけど……ウチのシマを荒らしてるわけじゃないから手を出すつもりはないわ。今のところは」
なるほど、事が起きた時のための備えは万全というわけだ。
「素人さんが彷徨いてるのは……闇のVSプレイヤーの尻尾を掴みたい、ってところじゃない? 目的がアンティでレアカードを逆に奪うことなのか、青い正義感のためなのかは知らないけどね」
レアカードの価値はピンキリだが、数十万から数千万、下手したら億を出す物好きもいる。カード一枚に、だ。
そんなレアカードを集めている裏の組織。潰してカードを奪えりゃ一攫千金って訳だ。
レアカードといえば、さっきのヤツから奪ったデッキの中身を検めていなかった。まあ、VSした時に見たカードだけで支払いにはお釣りが来るだろうが。残りは俺のデッキの強化パーツにでもさせてもらおう。
「ま、闇のVSなんてもんは俺には縁がなさそうですがね」
「ハクトもレアカードをたくさん持ってるじゃない。えっと、なんとかって天使とか。狙われるかもよ?」
「その時は逆にレアカードを巻き上げてやります。臨時収入が入ったとでも思っておきますよ」
「頼もしいわね、ソレ関連で何かあった時は頼らせてもらうわ」
「もちろん構いません。ただ、ボーナスは弾んでくださいよ」
さて、話し込んでしまった。今日はホールに出たら目立ちそうだし、今巻き上げたデッキ内容でも確認しておくか。
そんな考えは、表の喧騒とスタッフエリアに駆け込んできた後輩スタッフ『アツキ』の言葉で消し飛んだ。
「ハクトさんッ、VSのカチコミです!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます