第36話 運命の果てで

「運命を受け入れなさい」


私は、生まれた時から

そう言われて過ごしてきました。



物心がついた時、私が知っていた世界は「真っ白」だけでした。

壁も床も天井も、すべてが白い。

その白い部屋に、私はベッドと机と、最低限の食器しか与えられませんでした。


毎日、白衣を着た大人たちがやってきて、同じことを繰り返す。


「運命を受け入れなさい」

「君は選ばれた」

「死を見せなさい」


大人たちは、私に薬を飲ませたり、奇妙な映像を見せたりした。

泣き叫ぶ子供たちの声、血の匂いを連想させるような匂い、そして定期的に「死」を目の前に突きつけてきた。

動物の解剖映像。

事故映像。

知らない誰かが処刑される映像。


気がつけば、私の頭の中には「自己」と「死」が渦巻いていました。

そのせいか、目の前の人間が「止まる」瞬間を、私は見られるようになったんです。



「……動けない……」

実験室で監視していた大人が、私の視線を受けて膝をつく。

大人は顔を青くし、震える唇で「動けない」と呟いた。

私にはわかる。

これは「死の力」だ。


けれど私は、誇らしいとも嬉しいとも思わなかった。

ただ、空虚だった。



――ある日。


轟音が研究施設を揺らした。

遠くで悲鳴が聞こえる。

白衣の大人たちが走り回り、モニターが次々とブラックアウトしていく。


「実験体を保護しろ!」

「いや、もう間に合わない!」


ガラス越しに見たその先――

紫の長髪を揺らした男が、笑いながら大人たちを次々に倒していくのが見えた。

「お前たち、退屈なことをやってるねぇ」


その男は血と炎の中を歩いてきて、真っ白な部屋の前で立ち止まった。

ガラスを蹴り破り、私に向かって手を差し伸べた。


「やあ、君が“天命”か」


「……あなたは?」


「僕は周公。君をここから連れ出しに来たんだよ」


「連れ出す……? 私は“研究のための道具”で……」


周公は笑った。

「運命を受け入れろって言われてきたんだろう? なら、これは君の新しい運命だ」


わかった。

私は、そう答えた。


周公に対する印象は他の大人よりもわかる言葉を使う。

それだけだった。




烈火の前に立たされた天命の視点。


――白い部屋は、もうない。

炎と煙の臭いと共に周公に連れ出され、次に見たのは埃っぽい倉庫のような空間だった。


「彼は、天命と言います。どうぞ、一緒に仕事をしてください」


そう周公が言って、私は烈火という少年と初めて対面した。

烈火は褐色の肌を持ち、筋肉がついた身体をしている。眼光は鋭く、私とは真逆だ。


「おれが?こいつと?」

烈火は露骨に嫌そうな声を上げた。


「……はい。天命です」

私は、言われた通りに頭を下げた。


烈火は一瞬、鼻で笑うように息を吐いた。

「細っこいガキじゃねぇか。足手まといになんだろ」


その言葉に、私は特に何も感じなかった。

誰にも、歓迎されないまま無感動な日々を過ごしていた。

誰にも、好意を持たれないからこちらも好意を持たない。


周公にしても、私は他に選択肢がないために、彼に従っているだけだ。


「物は試しです。天命」

周公の声が合図になる。


「はい」


私は烈火の目をじっと見た。

次の瞬間、烈火の動きがピタリと止まる。

彼の筋肉が硬直し、額に汗がにじんでいく。


――この顔を、私は何度も見てきた。

「死」を想起させられ、身体が凍り付く瞬間の顔だ。


烈火が呻き声を漏らす。

「っ、、なんだ、これ、、体が……」


「もういいです」

周公が声をかけると、私は視線を外した。


烈火は膝に手をつき、呼吸を荒げながら睨んできた。

「……クソ。マジかよ」


周公は楽しげに笑って答える。

「どうですか?優秀でしょう」


烈火は舌打ちしたが、それ以上は何も言わなかった。

私は、ただ淡々と受け入れる。

これが、私に与えられた「運命」だから。


初任務の時のことだ。

「天命、ターゲットはこの先の倉庫に潜んでる。やれるか?」

烈火が確認する。


「……はい」

私は短く答える。


生まれてからずっと、大人に言われた通りに行動してきた。

「運命を受け入れろ」と。

だから今回も、言われた通りにやるだけだ。


倉庫に入ると、粗暴な男が二人。

手に鉄パイプを持ち、こちらを威嚇してくる。


私は視線を合わせた。

「……」

二人の肩が同時に跳ねる。

筋肉が緊張し、硬直して動かなくなった。

ただの人形のように立ち尽くす彼ら。


「今だ」

烈火が地を蹴る。

蹴り一閃で一人を壁に叩きつけ、もう一人の顎を拳で砕いた。


あっけなく、戦闘は終わった。


「お前、やるじゃん」

烈火がこちらを見て、口の端を上げる。


――やるじゃん。


その言葉が胸に引っかかった。

褒められることなど、なかった。

理解できない温かさが胸の奥に広がり、しかしそれをどう表現していいのか分からず、私はただ「……はい」とだけ答えた。


烈火はニヤニヤと笑ったあと、急に真面目な声に変えた。

「けどよ、能力に頼りすぎだな」


「……?」


「格闘がからっきしだろ。もし敵が死を恐れねぇバカだったらどうすんだ?てめぇが動けねぇ間に、俺がカバーできなきゃ終わりだぜ」


死を恐れない人。

「そんな人は存在しない」私は理解していた。

一般的に、「死を恐れていない人」はフリをしているだけだ。

「自殺を選ぶ人」は死を選ぶリスクの方がこのままずっと生きていることよりもリスクが低いと思っただけだ。


「生物である限り私の能力は通用します」

「本当か?」

「運命ですから」

人とは本質的に死を恐れる運命にあるんだから。


◇ そして今――。


目の前の男と対峙した瞬間、私は理解した。

彼には、私の力が通じない。

死を想起させても、身体が止まらない。


烈火の言葉が頭の奥で反響する。

――能力に頼りすぎだな。

その通りでしたね。


「先ほど、あなたは体質とおっしゃいましたが、どういう意味ですか?」

私は、攻防の合間に問いかけた。


男はバットを振り抜きながら、短く答える。

「多分、お前の参考にはならん。再現性はないから安心しろ。」

「そうですか」


胸の奥で、ほっと息をつく。

これで私の商売が潰れずに済みそうだ。


「それでは、あなたの目的は何ですか?」

次の一撃を身を捻って避けながら、会話を続ける。


舌打ちの後、男は言った。

「お前の言う“運命”に抗うことだ」

「運命に抗うこと……。ですが、抗うこともまた運命の一部では?」

「まあ、そうかもな。ただ――お前らのボスが『うまくいく運命』を辿るのを止める。それが俺の目的だ」

「『直感』を掻い潜って?」


私たちの依頼主、黒田社長。

彼は運命を自分のものにする『直感』を持っている。


「ああ、それでもだ」

「面白いですね」


もし本当にそんなことが可能なら――。

私も、幸せになることがあるのだろうか。

死と共に生きる、この私にも。


――油断大敵。

不慣れな体術に気を取られた私は、迫り来るバットを避けきれず、直撃を受けて意識を手放した。





◆(???視点)



言われた場所に彼女はいた。


「あなたを探していました」


私は言葉を口にしました。

しかし、彼女との意思疎通は計れません


私は、こう言いました

「復讐に興味はありませんか?」


彼女がこちらを向いた。




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