第32話 アイ・アム・ファン
デスクワークで目が疲れる。
ワタシが、抱えていた悩みはせいぜいそのくらいでした。妻と娘を持ち。大企業と名高いBSSコーポレーションに勤め給料も悪くない。趣味のオタ活は、家族からそこまで歓迎はされていないものの、批判もされていませんでした。
本当に順風満帆な人生だったんです。
その頃のワタシはそんな生活がずっと続くと思っていたんです。
ワタシは、知りませんでした。
幸せな生活の脆さを。
幸せの強度を。
◇
その日、ワタシは社長に呼ばれました。
ワタシは、何で何だろう。という不思議な気持ちと
怖いなぁという、恐怖を同時に感じていました。
社長の黒田さんは、悪い噂が絶えない人物なんです。
入社するまで、全く知りませんでしたが裏社会と繋がっているとか、専らの噂なんです。そもそも、裏社会なんてものがあるんでしょうか?
「きみ、クビだよ」
社長の言葉は、呆気ないものでした。
ワタシはすぐに「何でですか?」と必死に尋ねました。
何度訊いても、理由は教えてくれず。
ワタシは、職を辞しました。
帰り道、ワタシは茫然自失とした精神のまま帰路につきました。どうすれば、いいのか本当にわからなかったのです。
「あなた、どうしたの?こんな時間に帰ってきて」
妻は、ワタシに尋ねました。
ワタシは、正直に解雇された話をしました。
正直に打ち解けることが、正しいことだと思っていたからです。
「そう。大変だったわね」
彼女は、ワタシの言葉を受け止めてくれました。
ワタシは、ほっとしました。
◇
後日、妻が娘を連れていなくなるまでは。
リビングには、一枚の手紙が置いてありました。
『アナタへ
私は、黒田さんの所へ行きます。
娘も、一緒です。
どうか許してください。
私は家族のためを思った行動をしました。』
「あはは」
気がついたら、乾いた笑いをワタシは浮かべていました。
今の、ワタシは誰のために何をすればいいんだ。
◇
ふと、脳裏をよぎったのは亜久屋さんのことでした。
ワタシが、趣味で推し活をしていたグループ
街で、偶々。亜久屋さんと出会うことがありました。
「あんた、宮園のファンよね?」
亜久屋さんが、開口一番。ワタシに問いかけます。
「あ、亜久っち!?」
「キモい呼び名で呼ばないで。」
ワタシはそのとき、すっかり気が動転していました。
亜久屋さんと会うなんてすごい偶然!
でも、なんで亜久屋さんワタシなんかに話しかけて、、
そんな、疑問で頭がパンパンになっていたワタシに亜久屋さんは予想だにしなかった、提案をし出しました。
「あんた、宮園に嫌がらせできる?」
◇
ワタシの中で、不思議と亜久屋さんの言葉が反響しました。
「嫌がらせ、、」
間違ったことなのは、分かっていました。
しかし、正しいことをして妻も娘も失った。
いまさら、、ワタシは心のどこかでそう感じていたのかも知れません。
後日、亜久屋さんの出待ちをして亜久屋さんの依頼を受けました。
◇
イベント帰り、音でわかる。
宮園さんは、マンションに帰った私は家でテレビを観ていた。
彼女の出演する番組がちょうど帰った時にやっていたからだ。
亜久屋さんのためだ。
悪いことでも、間違ったことでも、
その、文句さえあれば強引に実行に移せました。
ドアから変な音が生じる。そのギリギリを攻める。
ドアをこじ開けるふりをする。
彼女が、テレビ消してドアのレンズを見る。
レンズ越しに、彼女の視線を感じる。
視線を感じ、緊張の所為なのか、熱を感覚が体を駆け巡りました。。
いいや違います。これは緊張なんかじゃありません。
ワタシは、興奮していました。
◇
ワタシの悪行は、長く続くことはありませんでした。
篠宮蓮との出会いで、ワタシは再び正常に戻ることができました。
その日の前日。
ワタシは、宮園さんの家に男が出入りする所を見てしまいました。
ワタシは、ワタシを裏切った妻と宮園さんを重ねてしまい。
はらわたが、煮えくりかえるほど憤慨しました。
そして、彼女に突撃しました。
「男がいるのか、、、男が?」
彼女は、怯えます。
良い気味だ。
ワタシの心の悪魔がそう囁きました。
その時です。
篠宮くんが、ワタシを止めにきたのは。
篠宮くんを一目見た時、黒田社長を思い出しました。
何もかもを知っている。彼は、そんな目をしていました。
一つ違う事を挙げるならば、彼の目にはずっしりとした優しさがありました。
彼は、言います。
「お前、家族との縁を本当に復帰できないものにしたいのか?」
ワタシは崩れ落ちました。
「……ワタシは、何をしてたんだ」
ワタシのやっていたことは、お角違いでした。
不満をぶつけるべき相手も、ぶつけ方も。
◇
ワタシは、就活をしタクシードライバーになりました。
もちろん、収入は以前の会社よりかは低いと言わざる負えないしかし、ながら
毎日の規則正しい生活と
ちゃんとした、身だしなみ。
それが、今の自分にとってはかけがえのないものです。
今にして思うと、ワタシはなぜあんな事をやっていたんでしょう?せめて、黒田社長に、鬱憤をぶつけるべきでした。しかし、当時のワタシにはそんなことは思いつきもしませんでした。
◇
『会おう。<アンリミテッド>に来れるか?』
篠宮くんから、昨夜こんな連絡をいただきました。
ワタシは、彼の提案を受け入れカフェ・アンリミテッドへと向かいました。
カフェ・アンリミテッドは、ワタシが亜久屋さんの事を告発した場所です。
ご年配の店主が、一人で経営している趣きのあるお店で一人でも度々コーヒーを飲みに行くことがあります。
「こっちです!」篠宮くんが発見し手を振っています。
ワタシは、篠宮くんの座席へと向かいました。
「こんにちは、篠宮くん」
「すみませんね。わざわざご足労いただき」
「いや、全然。」
今のワタシは篠宮くんあってこその存在だ。
「そうそう、佐伯も来るんですよ」
「佐伯くんも?」
佐伯悠馬。
確か、篠宮くんとの高校時代の同級生。
一見、気が弱そうに見えるが中々に芯が通った男だ。
「今日は何の用事で呼んだんだい?」
「黒田の事と聞いたらどう思います?」
黒田、、?
◇
ワタシは、ワンボックスカーを運転していた。
「どうして、、キミが」後ろの出来で夢咲さんがそう呟く。状況を飲み込めていないようだ。
「篠宮くんから聞いたんだ。先輩の状況を」佐伯が答える。
「篠宮くんから、、」
後ろの座席には血まみれの少年。
忠野ケント少年が、体を伏している。
この車、借り物なのになぁ。
俗物的な悩みを抱くワタシが、憎らしい。
◇
喫茶店でのことだ。
「黒田社長が、どう関わっているんですか?」ワタシは尋ねる。
夢咲セイラという篠宮くんや、佐伯くんの学生時代に先輩だった人物を助けるために、ワタシに車を出して欲しいそうだ。
ワタシは、車を出すことは構わなかったのだがどうしてその先輩の話に黒田社長が出てくるのかさっぱりわからなかった。
「縁談相手が、黒田社長なんです」
「え?でも年齢が大分、離れていないか?」
「そういう、人なんですよ。黒田は。思い当たりありませんか?」
ある。思い当たりしかない。
「まぁ。そう言うことなら分かった。しかし、車をどうするかだな。流石に私用でタクシーは使えないしな」
「そうですね」
ワタシと篠宮くんは二人して頭を抱える。
そんな時だった。
「貸しましょうか?」
「「え?」」ワタシと篠宮くんの声が重なる。
声の主は、カフェ・アンリミテッドのマスターだった。
◇
「こっちの道は、まっすぐ行きましょう。」
「はい!」
助手席に座るマスターが、ワタシにルート案内をする。
「『相手を巻くための運転』はナビで出ないから私がしますよ。」とのこと。
「しかし、大変なことになりましたね」ワタシは、マスターに呼びかける
「そうですね。もしも夢咲くんが逃げなかったら私たちの仕事はありませんでしたからね」マスターの言葉にワタシは溜息をつく
「とにかく、先に進みましょう。烈火に追いつかれるのは時間の問題ですよ」
烈火。
裏社会でなのしれた何でも屋とのこと。
マスターから教えてもらった。
マスター、篠宮くん。
彼らは、何者なんだろう?
そんな事を考える暇もなく。
ワタシは、無我夢中で運転をする。
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