第七話 高木駅前 side:七瀬華

 特急に乗り、電車をさらに二本乗り継いで、私たちは高木駅に降り立った。ここまで来るのに四時間程度。駅前の大時計は午前十時を指している。

 駅舎は赤レンガ造りで、古い外国映画のオリエント急行のような蒸気機関車が停まりそうな、そんな雰囲気がある。駅前の広場も駅舎の色に合わせて敷石が複数の赤い正方形を形作っている。

 周りを見ると駅舎に向かって記念撮影をしているカップルや老夫婦などがいる。

 十二月末で外の風は冷たいが、日が出ているのでそれほど寒くない。

 卜井さんと遠藤さんは「うわー、綺麗」といって広場の中央に出て、スマートフォンで写真を撮り始めた。

 飯田君は、自慢の一眼レフで楽しそうに駅舎や広場を撮っている。

 大山先生とは広場で待ち合わせということになっているので、私は広場にいる生徒から目を離さないように注意する。

 佐藤さんは、物部君に頼んで、スマートフォンで鈴木君とツーショット写真を撮ってもらっていた。その後、何故か物部君と鈴木君のツーショット写真を佐藤さんが撮影していた。私は、二人の関係がどうなっているのか、よくは知らないが、少なくとも佐藤さんは鈴木君に好意があるように見える。

 卜井さんと遠藤さんに再び目を向けると、見知らぬ外国人に話しかけられていた。私は念の為に彼女らの近くに行く。

「あっ、七瀬先生。折角だから、集合写真撮りませんか、ミハエルさんが撮ってくれるって」

 卜井さんが、そう提案してきた。

 私は少し悩んだが、記念なので生徒たちを呼んで提案に乗ることにした。

「はい。いきますよー。いちたすいちは」

 飯田君の一眼レフを構えたミハエルさんは流暢な日本語で掛け声をかける。

「にー」

 私たちは声を揃えて、笑顔を作った。

 写真を撮った後、一眼レフを受け取った飯田君は中の写真を確認していた。

「ありがとうございました。日本語お上手ですね。どちらのご出身なんですか」

 私は興味本位でミハエルさんに尋ねる。

「ロシアです。来日八年ですね。皆さんは、高校生ですか。どちらの高校からですか」

 ミハエルさんは反対に尋ねてくる。

「私たちは献栄学園高等学校から来ました。ミハエルさんは、お花屋さんなんですか」

 卜井さんが、いつもより高いトーンの声に上目遣いでミハエルさんに質問する。金髪碧眼の美丈夫は爽やかな笑みで

「そうなんですよ。お嬢さんたち、少し安くしますから、買っていきませんか。今はシクラメンがお勧めですよ」

 と花の購入を勧めてきた。

「えー、どうしようかな」と卜井さんが迷っていると、「ロシアの花屋って、よく知らないんですが、日本の花屋と違いがあるんですか」と佐藤さんが上手く話をそらしてくれた。

「ロシアでは、普段から花を送ることをよくやっています。それこそ、二十四時間、花を売っているお店がたくさんあります。自動販売機でも花を売っているくらいに、花はポピュラーなんです。祖国にならって、私もこのワゴン車で二十四時間、電話があれば花を配達していますよ」

 私の荒涼な大地と森林の国という勝手なイメージは崩れた。日本でも急な不幸事があったりした時に二十四時間営業の花屋は需要があるかもしれないなと思った。

「ミハエルさんは、何かスポーツされているんですか。なんかガッチリされているので」

 卜井さんは、ミハエルさんのプライベートに踏み込んだ質問をする。私が会話に割って入ろうとすると、

「あぁ、これですか。猟師をしていますので」

 ミハエルさんは力こぶを作って見せる。気分を害していなくて、ホッとする。すごく気さくな青年だ。

「漁師ですか?海で魚を釣るほうの」

 卜井さんが質問する。

「いや、ハンティングの方ですよ。ここらへん、イノシシが多くて、畑が荒らされるので、たまに山でイノシシを狩るんです。マダニにしょっちゅう噛まれるので、お陰で、いつきクリニックの常連ですよ」

 ミハエルさんは、笑いながら頭の後ろを搔く。その時、フワッとシトラスの混ざった香りがした。汗臭さを誤魔化すためなのか、私はわずかに違和感を覚えた。

「おーい、ミハエル。うちのお客にちょっかい出さないでくれるか」

 ロータリーからやって来た大山先生がミハエルさんに声をかける。

「すみません。七瀬先生。ミハエルが失礼なことしませんでしたか」

 大山先生はミハエルさんをちらりと見て、小さな声で申し訳なさそうに言った。

「いえ、別に大丈夫でしたよ。楽しく、色々教えてもらいました」

 私は大山先生に、そう言って、

「ミハエルさん、ありがとうございました」

 と彼に別れを告げた。

 そして、私たちは、大山先生の運転するマイクロバスに乗り込んで、大野旅館に向かった。

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