第三話 献栄学園図書館 side:七瀬華
大山先生の協力のお陰で学外活動の申請を通すことができた。行き先は高木町で、大野旅館に二泊三日、十二月二十八日から三十日の行程だ。
高木駅は異国情緒あふれる駅舎で、駅前広場は写真スポットになっているようだ。他にも町内には、古民家を改装した資料館や深海生物を展示する小さな水族館がある。また、西側の山には大野旅館などの温泉宿、大小様々な滝があり、人魚が帰る場所としての『竜宮淵』や人魚と竜神が
私は観光ガイドを見ながら、司書の倉田さんを待っていた。
「七瀬先生。お待たせしました。FAXで文字が荒くなっているんですけど、こちらです」
私は倉田さんから文献を受け取る。
「ありがとうございます。無茶なお願いをして、すみません」
私は犬飼誠司先生の残した業績の中で、海綿動物の研究に注目して、その研究を引用した文献のリストを作ったのだが、犬飼先生の研究を引き継いだような、目的とする研究はなく、倉田さんに相談した次第だ。
犬飼先生は昆虫の継代飼育を専門としていたが、なぜかカイロウドウケツという海綿動物の産卵条件について、塩濃度や水温を色々変えて調べていた。そして、高木町で採取されたカイロウドウケツで、通常より低い塩濃度で産卵が誘発されたという論文を残していた。
「はい、二百五十円です」
私はそう言って、倉田さんに複写料を渡した。
「ところで、七瀬先生、旅行ですか。いいですね。どちらへいらっしゃるのですか」
私の持っている観光ガイドを見て、倉田さんが小声で楽しげに尋ねてきた。
「ちょっと、高木町の方まで」
「あぁ、その文献の執筆者のところですね。確か水族館の飼育員さんで、有名な方ですよ。YouTubeに色々動画を上げていて、私もたまに見ますよ」
「それって、この水族館ですか」
私は観光ガイドの小さな水族館を指差した。
「たぶん、そこだったと思います。もし、そちらにいらっしゃるなら、お勧めのお寿司屋さんがあって、新鮮なお刺身がお手頃な値段なんですよ」
倉田さんは、丸メガネの向こうの目を細めて小声で嬉しそうに、ふっくらとした指で観光ガイドの寿司屋を示した。
「ありがとうございます。時間があれば立ち寄りたいと思います」
今回は残念ながら、サークルの冬季合宿だ。あまり贅沢はできない。
しかし、倉田さんのお陰で短報の著者の所在が分かった。冬季合宿のどこかで会えるようにアポイントを取っておこう。
そう思い、私は図書館を後にした。
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