第20話 紀子の真実後半
紀子の母久子は愛する夫の忘れ形見の紀子だけを生きがいに、必死で生きている。
あの時代未亡人も多いが、富山大空襲で多くの人命が失われたが、妻を失った夫も多かった。
※太平洋戦争末期(太平洋戦争は第二次世界大戦の一部分)の1945年8月1日から8月2日にかけて、アメリカ軍が富山市に対して行った空襲を富山大空襲という。富山市街地の99.5%が焼き尽くされ、被災者は約11万人、死者は2700人を超え、地方都市としては人口比で最も多くの犠牲者を出した。
あの時代は、父子家庭や母子家庭は多かったので、お互いに傷をなめ合い、やがて結婚に至るケースも少なくなかった。
美しい久子に言い寄る男は多く、久子にもこの人となら人生やり直しても良いと思う男が現れた。
商品開発部のもう直ぐ40歳の課長田中進だ。それは久子30歳の時だ。
職場では檄を飛ばす怖い課長だが、偶然にも帰りの電車が一緒で何度か話すうちに少しづつ距離が縮まっていった。この頃には紀子も8歳になり小学校2年生だ。久子は仕事で忙しいので紀子を今は両親に預けている。
あの頃地方都市砺波でも高岡にある百貨店が人気で、普段遊んでやれなくて不憫に思っている久子は、休みだけは紀子の為に時間を使おうと、百貨店に出掛けるのが日課になっていた。
あの頃は百貨店が唯一の憩いの場だった。まあ今でいうショッピングモールのような場所だ。日曜日に紀子と「大越百貨店」に出掛けることが久子にとっても紀子にとっても唯一の楽しみだった。
いつものお決まりで紀子が屋上にある「屋上遊園」で乗り物に乗りたいと言うので早速屋上に向かった。
すると……どこかで見た事のある男に遭遇した。よく見ると同じ会社のそれも同じ職場の田中課長ではないか?
「あら……どうされたがあですか?」
「子供にせがまれてやって来たがあですっちゃあ」
「私もそうなのです。娘が行きたいと言うので家族サービスでやって来たがあです」
お昼は「大越百貨店」のレストランで一緒に食事を取った。どうも……課長は奥様を富山大空襲で亡くされ男やもめらしい。更には帰りの電車も度々一緒になり否が応でも話す機会が増えて行った
「今日も電車一緒になったね。家はどの辺なんだい?」
「私の家は米農家とチュ-リップの裏作農家です」
「田園地帯に農家が点在する散居村の風景は、山の上から砺波平野を見下ろすと、カイニョと呼ばれる屋敷林に囲われた一面の水田の中に、点々とおびただしい数の家屋敷散らばっているだけだが、まるで大海に浮かぶ孤島が散らばっているように見える素敵な場所だね。小さいころ両親に連れて行ってもらった」
「見慣れたら普通です」
「今度うちの子供にあの景色見せてやりたいのだが、久子さん道案内して下さい」
久子は強引な誘いにムカついたが上司でもあるし、子供さんが一緒だから危険な関係になる事は無いだろう。そして…紀子が極度の人見知りで困っていた。その性格を治してやりたいとかねがね思っていた久子は、以前百貨店で課長の娘とどういう訳かはすんなり話せていたので、これは良い機会になるかも知れないと思いOKを出した。
田中課長の娘も紀子が気に入ったみたいで、一層距離が縮まった2人はいつしか恋に落ちた。
「愛しているよ。結婚しよう」
「本当に……嬉しいわ」
🌷🌹🌷🌹🌷
だが、久子に目を付けたのは田中課長だけではなかった。優秀で美しい久子を狙っていたのは他でもない社長だった。社長は何かにつけて久子を社長室に呼びつけた。
それは彼氏である課長田中が、自分の女可愛さに久子を係長職に就けたことで、益々重要な仕事を久子に任せるようになったので、自ずと社長に会う機会が増える。また久子も社長や課長田中の期待に応えられるだけの実力を十分に兼ね備えていた。
最近では工場に行くのはもっぱら久子同伴で出掛けることが増えている。久子の発案した新商品の説明で社長と工場長と久子で最終的な商品を生み出すためだ。
久子の発案した商品はヒット商品も多いので自ずとそのような事態になる。
帰りは社長の車で帰路に着くのが当たり前になっていたある日、乗用車の中で社長が久子の手をそっと触れて言った。
「最近では君とはいつも2人で仕事ではどこに行くにも一緒だ。それは君を見込んで重要な商品開発の要として君がどうしても必要だからだ。普通だったら批判を浴びるところだが、君の実力を知っているので誰一人色眼鏡で見る者はいない。久子さん僕はあなたが欲しい。その代わりに君に重要な役職を与える。君は否応なしに会社で権力を握る立場になれる。どうじゃね?」
久子は社長には言っていなかったが、田中課長と結婚するつもりでいる。
「社長そんなことを言われましても……私はまだ32歳でして……係長職だけでも出世コースと思い喜んでおりますのに……」
「我が社には一流大学卒の取締役も多いが、やはり我が社は商品が最大の武器。それを生み出し続けてくれている君を未来の取締役にしなくて、誰を取締役に出来るというんだね」
久子は考えた。田中を愛しているが、それより何より子供と両親を守る事の方がもっと重要。ここで社長の要望に応えて関係を持って、その挙句捨てられたとしても未来の取締役にしてもらえるのなら……。
(それでも…田中にはどのように説明しようか?)
久子は社長の手を握り返して、運転中の社長にしなだれた。こうして…車はホテルに消えた。
🌷🌹🌷🌹🌷
「久子どうして……最近会ってくれないんだよ」
「仕事中ですよ。場所をわきまえて下さい」
「君と結婚する約束はどうなったんだい!」
「私両親が持病もちで介護が大変で結婚はできないかもしれません」
「どういうことだよ。俺と結婚したら家庭に入り両親の面倒だけ見ていればいいじゃないか?」
「考えておくわ」
そんな時に僅か33歳の久子が商品開発部の本部長に抜擢された。
たまに飛び級で昇進する人が居るには居るが、田中課長は納得がいかない。
(俺との結婚をうやむやにして、確かに久子の仕事に対する情熱と実力は誰もが認めるところだが、俺との結婚はどうなるんだよ?)
🌷🌹🌷🌹🌷
久子は確たる地位を手に入れたことで収入面でも、家庭環境的にも満足な日々を送っている。
(社長は秘書を愛人にして、更には家のお手伝いさんにも手を出したと聞いている。
私は……これから先揺るぎない地位に就くために、会社にも個人的に社長にも奉仕する覚悟だ)
社長と愛人関係になり10年の月日が流れた。紀子は優秀な娘で富山大学薬学部に合格した。
薬学部から砺波まで電車やバスを使うと1時間以上かかる。そこで富山大学近くにマンションを購入した。久子は車で会社に通勤すれば済むことだ。それから両親宅から会社までは僅かだが、娘の紀子はいささか距離が遠いので、可愛い娘の為に大学近くにマンションを購入したのだ。
「久子愛しているよ。会社に貢献してくれればもう直ぐ常務のポストも約束するよ」
ベッドで重なり合い社長に思い切り抱きつく久子。だが、1つ最近疑問に感じている事がある。今までは結婚をしきりに口にしていた社長からその2文字は消えていた。
いくら薫お嬢様がいると言えども、結婚すれば娘紀子も恩恵に預かれる。可愛い娘紀子の為にも結婚するのも悪くないと考え始めた久子だったが、結婚の2文字はいつの頃からか聞けなくなった。
「マンションまで娘の為に買ってくれて本当にありがとう。ねえ……うっふっふっふ……結婚……結婚よ。考えてもいいけど……ふっふっふ」
だが、博の顔が一瞬濁るのを見逃さなかった。
(どうしたのかしら?)
久子は現在40歳だ。それでも知的で優秀な久子はとても40歳には見えない凛とした美しさは健在だ。知的で仕事熱心な美しい久子を愛する社長の気持ちがよくわかる。
ある日久子は娘のマンションに出掛けた。1人暮らしで乱れた食生活を送っているのではと心配になり駆け付けた。
するとそこには社長博が娘紀子が拒絶しているにも拘らず、覆いかぶさり卑劣な行為をしていた。
「何てことをしてくれるのよ!💢💢💢」
社長博はマンションから一目散で逃げた。
(命より大切な娘をいたぶりオモチャにしていたなど許せない!💢💢💢)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます