第2話 1軒目〜大衆居酒屋〜

//SE ガヤガヤとした居酒屋のざわめき(遠くで食器のぶつかる音、笑い声)


「じゃあ……改めまして、今週もお疲れさまでした!」


「そして……先輩の失恋に、かんぱーい!」


//SE グラスがぶつかる音

//SE ゴクゴクとビールを飲む音

//SE ダンッとグラスを置く音


「……あー、美味しいっ!」


「やっぱり仕事終わりのビールは最高ですねぇ!」


「え? 失恋に乾杯は余計? ……ごめんなさい。でも、私なりに先輩を元気づけたくて」


//SE おしぼりを差し出す音


「ほら、これで顔を拭いてください。……まだ目が、ちょっと潤んでますよ」


//バシッと後輩があなたの肩を叩く音。


「先輩! 元気だしてくださいっ!」


「大丈夫です! 世界の半分は女なんですから! 先輩なら絶対、また魅力に気づいてくれる女性が現れますって! 私が保証します!」


「……いえ? 適当じゃないですよ。 先輩は、すっごく格好いい人ですもん」


「だって、私はずっと先輩のことを、隣で見てましたから……」


「先輩って、いっつも仕事に一生懸命だし、それに気配り上手ですよね。どんなに忙しいときも、周りに気を使っていて……私にも……いつも優しくしてくれて……」


「覚えてます? 私が入社してすぐのとき、発注書の数字を一桁間違えちゃったことあったじゃないですか。あのとき、先輩、取引先までついてきてくれて、一緒に謝ってくれましたよね?」


「そのあと、大泣きする私をフォローしてくれて……〝誰だって最初はミスするんだから、次は気をつければいい〟って、笑って言ってくれたじゃないですか」


「しかも、そのあと、ミスしないためのチェックリストまで作ってくれて……自分も忙しいのに、必ずダブルチェックに付き合ってくれて……」


「正直、あのときの優しさは一生忘れないと思います」


「んーん、大げさじゃないですよ?」


「私は先輩がいたから、今も社会人としてやっていけてるんです」


//SE 少し間、笑みを含んだ吐息


「……そんな先輩が泣いてるの、見たくないんです」


「だから! 愚痴も、弱音も、思い出話も、ぜーんぶここで吐き出して! お酒でキレイさっぱり洗い流しちゃいましょう! 私が何時間でも付き合いますんで!」


//SE 店員が料理を運ぶ音(皿がテーブルに置かれる)


「おー! さっそく唐揚げとポテト来ましたよー!」


//SE 唐揚げを箸でつまむ音

//SE サクッと噛む音


「……んーっ! おいしー! とってもジューシーです!」


「ささっ、先輩もどうぞ! 今日は食べて飲んでしゃべって、そして、忘れる日ですから!」


◇◆◇◆◇◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



//SE ガヤガヤとした居酒屋のざわめき

//SE 氷の入ったグラスを軽く回す音


「……ええ!? いつも帰りが遅くで寂しかったって、そう言われたんですか?」


「そんなの仕方ないじゃないですかー! 先輩が会社でどれだけ真剣に仕事してるか、彼女さんは知らないから、そんなこと言えるんですよー!!」


「それに、忙しい中でも、先輩が、どれだけ彼女さんに向き合おうとしてたか!」


「先輩、私に、よくプレゼントとか、デートコースのアドバイスを聞いてましたもんね。どうすれば彼女さんを楽しませられるか、いっつも真剣で……」


「私、先輩の彼女さんは幸せものなんだなあって、思ってたんですよっ!」


//SE ゴクゴクとビールを飲む音

//SE ダンッとグラスを置く音


「……あ、すいません。先輩の話を聞いてたら、つい私まで……」


「あはは……」


「ところで……先輩、彼女さんとはどれくらい付き合ってたんですか?」//話題を切り替えるように


「……へぇ、三年ですか……結構長かったんですねぇ……」


「……え、今日、誕生日だったんですか!? プレゼントも……準備して……サプライズの、花束も……?」


「……ゆ、指輪ぁ!?」


「…………プロポーズする、予定だった、んですか……? 今日……?」


「あちゃー…………」


「それは……キツイ、ですね……」


「……え? いやいや、そんな、女はもう信じられないなんて、そんなこと言わないでくださいよー!」


「こんなんじゃ一生、誰とも付き合えないって、そんなことありませんから!」


「あーん、泣かないでくださいよー! 先輩、とりあえず、飲んでくださいっ!」


//SE ゴクゴクとビールを飲む音

//SE ダンッとグラスを置く音


「はあ……」


「……でも、彼女さんも見る目がないですよねぇ……」


「先輩みたいに優しくて頼りがいある人、なかなかいないのに……私なら、絶対手放さないのにな……」//独り言のように


「ねえねえ、先輩……」


「たとえば、なんですけど」


「私が次の彼女さんに立候補したいって言ったら、どうします?」//耳元でささやくように


「大人をからかうなって……あの、私だって立派な大人の女なんですけど……」


「もう……まだ、落ち込んでますね。まあ、仕方ありませんけど……」


「……それじゃあ、特別に私が、元気になるをしてあげますね?」


「ふふ……」


//SE そっと手を伸ばす音

//SE 頭を撫でる音


「よしよし……いいこいいこ」


「先輩は頑張ってますよ……」 


//SE あなたが、恥ずかしさで身動ぎする音


「あー、恥ずかしがらないでくださいよー! にしし、可愛い……」


「あ、先輩。グラスが空ですよ! もう一杯行きますよね?」


「寂しさを吹き飛ばすために、今はお酒の力を借りましょ?」


「……あ、もうラストオーダーの時間過ぎちゃったんですね……」


「んー……」


「先輩……まだ、話し足りないですよね……?」


「せっかくだから……、二軒目も、行きません?」


「ほら、前に先輩が言ってた、日本酒が美味しいおすすめの居酒屋……確かこのすぐそばでしたよね?」


「……門限って、子供じゃないんですから〜、そんなの無いに決まってるじゃないですかぁ。そもそも私、一人暮らしだし……」


「もう、ホントに先輩って、私のこと子供あつかいしますよね……」


「大丈夫です。私も、今日はもっと先輩にお供したいんです」


「……れっきとした大人の女として」


「言ったでしょ? 今日はとことん付き合うって……」


「だから、先輩、二軒目もいきましょう!」


「にしし、やった……」


//SE ガヤガヤとした居酒屋のざわめき。フェードアウト。


◇◆◇◆◇◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


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