第12話 異界ーエンデー 明かされる指令

看板娘が深々と頭を下げ、「おやすみなさいませ」と小さく呟いて部屋を出ていった。

扉が閉まる音がして、宿の中に静寂が戻る。


修はそのまましばらく無言で座っていた。

やがて深く息を吐き、手元の皮手帳を見つめながら呟く。


「……やっぱり、ただの旅人じゃなかったな」


椅子を引き、鞄を開ける。

中から黒いノートPC、ポータブル電源、そして複数のケーブルが束ねられた解析ツールハブを取り出した。

部屋の明かりを少し落とし、机の上に並べる。

手際は慣れたもので、動作確認を終える頃には、窓の外で虫の声が途切れていた。


「電圧安定。回路チェック……よし」

USBメモリを差し込み、解析プログラムを起動する。

数秒後、モニターに青白い文字が浮かび上がった。



---


《AGENT CLASS 2ND》

CODE NAME:J.D


MISSION FILE:

異界渡り行方不明事件の詳細が判明。

重要人物聖女と接触し、原因を探れ。

なお、重要人物勇者は何らかの要因により錯乱、

もしくは他者によるコントロール下にあるものと思われる。

十分注意されたし。


支給装備:

・現地語学ツール

・特殊迷彩β

・特殊収納S型

・ポータル制御装置


特記事項:

任務に支障をきたした場合、速やかに帰還。

時間軸を変更し、再突入を敢行せよ。

未帰還が確認された場合、Aクラス処置を発令。

原因発生源を排除し、世界の源泉を破壊すること。



---


ー……これって

レイラが小さく息を呑む。


修は画面を睨みつけたまま、拳を握りしめた。


「ふざけてやがる……。“世界の源泉を破壊”だと? 理そのものを潰して、無かったことにするつもりか!」

ー落ち着いて、修

「落ち着いてるさ。じゃなきゃ、俺たちはもう居ない」


レイラの眉がわずかに動いた。

ーそれ、どういう意味?


修はモニターを指で叩いた。

「“未帰還確認によるAクラス処置”。もし本当に発令されてたなら、この世界そのものが消えてる。俺たちがまだここにいるってことは――」


――その処置は、発令“されなかった”?

「いや、誰かが止めたんだ。あるいは、処置の実行そのものを妨害した」


沈黙。

雨が屋根を打つ音が静かに混じる。


ーつまり……

「ポータル破壊の実行犯は、このメモリの主――あの旅人の“同僚”だ。しかもそいつは、エージェント施設ごと吹き飛ばした可能性が高い」


言葉を失ったレイラは、ただ画面の青い光を見つめるしかなかった。

修は椅子にもたれ、額を押さえながら低く唸る。


「……世界を守るための組織が、世界を壊す引き金になるなんてな」


そのまま、時間が止まったように夜が更けていった。


やがて、窓の外が白み始める。

鳥の声は聞こえない。

空は厚い雲に覆われ、静かな雨が落ち始めた。


太陽は――昇らなかった。

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