球技大会をする風紀委員長

21.中学時代

『先生、槇原君が平田君を泣かせた』


 小学校の時、俺はクラス内でもトラブルメイカーだった。

 当時の俺は、今と同じく……皮肉屋で、口が悪くて、人付き合いも当然苦手。口が悪いところも相まって、人間関係でのトラブルは絶えなかった。


『槇原君、平田君にちゃんとごめんなさいをしなさい』

『ごめんなさい』

 

 ただ、トラブルが起きた際に相手を恨むようなことは一切なかった。

 自分では間違ったことをしたり、言ったりした記憶はない。

 ただ、自分の性格が捻くれていることはわかっていたから……きっとそういう、あまのじゃくな性格が災いしてしまったのだと思って、どんなに不服でも素直に謝罪の言葉を口にした。

 俺の謝罪に対して、相手が許してくれるかどうかは……多分、半々くらいだったと思う。


 しかし、中学生に上がる頃には、そんな皮肉屋な性格も影を潜め始めた。

 性格が丸くなったというわけではない。

 どちらかというと……自分が誰かと会話をすると相手を傷つける恐れがあると思って、交友関係を断絶した格好だ。


 そんな生活を送ったせいか、中学一年生の頃の記憶はあまり多くない。

 しかし、そんな俺に転機が訪れた。


『ねえ、槇原君ってさ。どうしていつも一人でいるの?』


 中学二年の夏。

 中学入学後、それまでずっと独りぼっちだった俺に、初めて友達と呼べる存在が出来たのだ。


 彼の名前は、黒田勝平。


『君、制服のボタンはちゃんと締めなさい』


 彼は、どこかの誰かに似て……校則に厳しい、他者から疎まれやすい男だった。

 そんな彼と友達になった経緯は、イマイチ思い出すことが出来ない。

 彼から話しかけてきてくれて、いつの間にか友達になっていたというパターンだった気がする。


 ただ、彼と友達になったとはいえ、休み時間に少し会話をする程度で、それ以上の仲になったというわけではない。


 お昼休みに一緒にお弁当を食べたこともない。

 体育の時、準備運動のペアを組んだわけでもない。

 校則に厳しい彼と、買い食いなんてことはもってのほか。


 ……果たしてこんな関係が友達と呼べるのか。

 そもそも友達の定義とは何なのか。

 当時の俺は、やっぱり今と同じで、非常に面倒臭い性格をしていた。


『ねえ、槇原君。俺達って友達だよね?』


 俺が黒田君との関係を考えるきっかけになったのは、彼からのそんなセリフだった。

 その日の彼は、いつもよりも暗い雰囲気で、教室内で明るい雰囲気で喧騒としているクラスメイトとは一線を画していた。

 彼の身に何かがあったことは火を見るより明らかだった。


『そうだと思うよ』


 そんな彼の望む答えを、俺は出すことが出来ていたのだろうか?

 今でも時々、あの時の発言に過ちがなかったのかを考えてしまう……。


 それからしばらくして、俺は教室に忘れ物をして、取りに戻った。

 そして、俺は見つけてしまったのだ。


 クラスメイトが、黒田君を虐める現場を……。


 クラスメイトは、黒田君に対して暴力を振るっていた。反撃する意思のない黒田君を、殴って、蹴って、いたぶっていた。

 

『やめろよ』


 ……いつもの捻くれた性格の俺なら、きっと教室に飛び出していくことはなかった。

 しかし、その日は何故か、自然と足が前に出ていた。


『なんだよ、邪魔するのかよ』


 クラスメイト達は、下種な笑みを浮かべていた。


『……何故彼を殴るんだ?』


 俺は尋ねた。


『なんだよ。悪いかよ』

『悪いだろ。悪いから言ってんだ』

『あ? 何、お前、舐めてるの?』

『そうだね。そう聞こえるならそうなんじゃないかな』


 頬に痛みが走った。

 口の中から血の味がした。


『……なるほどな。気に入らないことがあるから暴力を振るったわけか』

『は?』

『よく理解したよ。……お前達、彼が気に入らないから虐めたんだな? そして、俺の発言が気に入らないから俺も殴った。違うか?』

『くくっ。そうだよ。それがどうしたよ』

『しょうもないな。お前達』

『あ?』

『気に入らないから虐める。気に入らないから殴る。蹴る。つまりさ、暴力でしか自分の意思を表現出来ないってことだろ? それをしょうもない以外にどう表現するんだよ』

『槇原、てめえ!』


 また殴られた俺は、バランスを崩して転倒した。

 しかし、どれだけ殴られようが蹴られようが、反撃は絶対にしなかった。


 ……手を出したら、奴らと変わらなくなるから。

 それだけは死んでも嫌だったから。


 その後、見回りに来た先生により、とりあえずその場は収められた。


 黒田君を虐めた連中は停学。

 

 ……そして、虐められた黒田君は学校に来なくなった。

 最初は、虐められた精神的ショックで学校を休んでいるだけだと思っていた。


 しかし、黒田君を虐めていた連中の停学が明けた頃、事態は急変した。


『今日は一日自習です』


 ……その日の担任の先生は、何故だか酷く青ざめた顔をしていて、まるでこれから、とんでもない出来事が待ち受けていることを告げる予兆のように思えた。

 そして実際、それは予兆だった。


 二日、三日と自習が続いたある日、クラス内で噂が流れ始めたのだ。


 黒田君が自殺未遂をしたらしい、と。

 

 ……誰が見ても、原因は明らかだった。

 

『俺が悪いんじゃないっ』


 いじめっ子達は報いを受ける時が来た。

 黒田君の両親はいじめっ子達に対して、警察に被害届を提出したらしい。

 いじめ被害者の自殺未遂はいじめの凄惨さを伝えるためか、最終的には全国ニュースにまで波及した。


『お前っ! 槇原っ! お前が悪いんだっ!!!』


 そして、自業自得にも関わらず、いじめっ子達の怒りは俺へと向けられた。

 連中の言い分は……。


『あの日お前がいじめの現場さえ見つけなければ、問題が公になることはなかった』


 という、支離滅裂な理由だった。


 ふざけるなと思った。

 自業自得で断罪され、罪を俺に擦り付けようなど、到底看過出来ることではないと思った。


 ……しかし、俺に味方をしてくれる人はいなかった。


 そもそも俺に友達がいないことが理由の一つ。

 でも一番の理由は……。


 全国ニュースで学校の不祥事が知れた今、この学校に所属したというだけで後ろ指を刺されることになるから、どんな形であれ事件に関わった人間を、学生達は許すことが出来なかったのだ。


 小学校の時、俺はクラス内でもトラブルメイカーだった。

 当時の俺は、今と同じく……皮肉屋で、口が悪くて、人付き合いも当然苦手。口が悪いところも相まって、人間関係でのトラブルは絶えなかった。

 

 ただ、トラブルが起きた際に相手を恨むようなことは一切なかった。

 自分では間違ったことをしたり、言ったりした記憶はない。

 ただ、自分の性格が捻くれていることはわかっていたから……きっとそういう、あまのじゃくな性格が災いしてしまったのだと思って、どんなに不服でも素直に謝罪の言葉を口にした。

 

 ……今回の一件は、誰にも、謝る気は起きなかった。


 でも、今は少し……あの当時の自分の選択を後悔している。


『今全国ニュースになっているZ中学のいじめ問題の主犯格は槇原大吾です』


 あの時、事態を穏便に済ませるため、謝罪の言葉を口にしていたら、こんな嘘告発はされなかったのかもしれない。

 捨て垢から投稿されたSNSでの投稿は、被害者が自殺未遂。全国ニュースになったことも相まって、真偽不明のまま拡散された。

 センセーショナルな事件の加害者候補というサンドバックに、皆が正義を振りかざしたのだ。


 結果、俺には一生涯消えないデジタルタトゥーが刻み込まれた。

 何も悪くないのに、不特定多数の人間から誹謗中傷を浴びた。


 大手企業の部長にまで上り詰めた父は、職場を追われた。

 家も、引っ越しを余儀なくされた。



 ……そして、誹謗中傷に耐えかねて、母は自ら命を絶った。



 ……高校受験は、いくら好成績を収めても、名前だけを見られて失敗すると思っていた。

 しかし、ウチの高校の校長先生は、件の事件で、黒田君の親から俺に被害届が出されていないことに気付いていた。

 勿論、合格を出す際、噂を聞きつけたPTAとひと悶着あったみたいだが……校長はクレームをねじ伏せた。


 何とか高校受験は成功出来たが、噂を知っている学校中の生徒からの俺を見る目は厳しかった。


『あなたが噂の槇原君ですね』


 そしてそれは……一年秋、風紀委員長に就任した白石さくらさんも同様だった。


 今でも時々、あの時の白石さんの鋭い眼光を思い出す。

 そして、今現在の彼女の変わり果てた姿に、思わず苦笑をしてしまうのだ。

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