20.校長先生

 ウチの高校の校長先生が喫茶店に入店してきたことで、白石さんはあわあわし始めた。

 さっき彼女は、この喫茶店での仕事はあくまで手伝いだと強調し、自らの行為が校則違反であるアルバイトではない、と主張していた。


 その姿はさながら、ニュースで見た政治家が定義変更をすることでGDPが回復したと言い張るあれに似ていた。


 ただまあ、実際問題、白石さんはその論調でこの喫茶店での手伝いがバレた時には言い訳をするつもりだったのだろう。金銭の授受はないし、何の文句がある。と言い張る姿さえ目に浮かんだ。


 しかし、相手がことウチの高校の校長ともなれば、話は別。


「槇原君、あたし、退学ですかね……?」


 いつの間にか俺の背後に回っていた白石さんのブツブツ声が聞こえた。


「……君は確か、白石さくらさん。ニ年生の」

「ひゃぃ……」


 校長先生の呼びかけに、白石さんは弱々しく返事をした。

 まったく、臆病な癖に怖いもの知らずなんだから。


「あの、こうちょ……」

「白石さんは、こんなところで何をしているんですかな? もしかして、アルバイトとか?」


 よく見たら、白石さんの顔は汗ダラダラだった。


「……あの」

「んん?」

「……はい」


 この子、認めちゃったよ。

 権力者に簡単に屈しすぎだよ。


「違うでしょ。今日は仕事を手伝ってもらってただけです。アルバイトではありません。金銭の授受はなかったので」

「あ、そうだったんですか」


 校長は納得した様子だった。


「白石さん、そんなに怯えなくていいから。校長は多分、アルバイトしてる学生がいる、みたいな通報があったからここに来たわけじゃないよ」

「え、そうなんですか?」

「そうだよ」


 そもそもの話、だ。


「……校長先生、ウチの喫茶店の常連なんだよ」

「槇原君、いつものをよろしくね」


 いつの間にか、校長先生は勝手に作った彼指定の席に腰を下ろして、通い詰めた人特有の注文をしてきた。


「ええっ!?」


 白石さんは驚いた様子だった。


「槇原君、学校サイドとズブズブということですか!?」

「なんで一々悪印象を与える言い方をしてくるの……?」


 別に、校長先生を丸め込めるなんてすごいです、とかでいいじゃん。

 それも十分悪印象を与える言い方か。

 

「はい。校長先生に持って行って」

「あ、はい……」


 白石さんはカップを取って、校長先生の方へ持って行った。


「……お待たせしました」

「はい。どうも」


 校長先生がオレンジジュースを飲む様子を、白石さんは凝視していた。


「白石さん、どうかしましたか?」

「……校長先生は、どうしてこの喫茶店の常連になったんですか?」

「このお店のオレンジジュースが美味しくてね。きっと産地にもこだわっているのでしょう」

「……えぇと」


 白石さんは困っていた。

 それもそのはず。ウチのオレンジジュースはスーパーで買ってきたパックをそのまま出している。


 ちなみに、俺が前に白石さんと同じことを聞いた時も、校長先生は同じことを答えていた。

 多分、相当な味音痴なんだろう。


「それでは、逆にこちらからも質問してもいいでしょうか?」

「……あ、はい」

「白石さんは今日、どうして槇原君のおウチが経営している喫茶店でお手伝いをしているんですか?」

「……そ、それはぁ」

「もしかしてお付き合いをしているとか?」

「ぎくっ」


 白石さんはおろおろしていた。

 いやまあ内心、俺もおろおろしていた。


 白石さんと俺が交際をしていることは秘密事項。

 にも関わらず、ウチの喫茶店で手伝いを頼んでしまったら、付き合っていると悟られるのも無理がなかった。


 失敗した。

 やっぱり今後、白石さんにウチの仕事の手伝いを頼まない方がいいか……?


「そうですか。お二人が交際を……いやはや、とてもお似合いだと思います」

「あ、ありがとうございます……」

「校長先生、あの……」

「勿論、他言は致しません。そういう趣味もありませんので」


 ……ほっ。


「ただ……そうですか、この前まであんなにいがみ合っていた君達が交際ですか」


 校長先生は何だか感慨深そうだ。


「……それではもう、誤解は解けたのですかな?」


 ……誤解。


「はい。槇原君は、皆が噂するような問題児ではありません。……決して」


 それは、俺にまつわる誤解。


「そうですね」


 ……俺は今、学校中の人間から問題児として扱われている。

 風紀委員の身だしなみチェックで、毎朝のように引っかかっていたから。


 だから、問題児として扱われている……というわけでは決していない。


 普通に考えて、たかだか毎朝の身だしなみチェックで引っかかる生徒がいるくらいで……学生達はその人間を問題児だと認識するだろうか。

 認識はするかもしれない。

 でも、ヒソヒソ話で畏れるような、畏怖する対象として見ることは決してない。


 ……俺が問題児として扱われているようになった主原因は、もっと昔……それこそ中学時代に遡る。


 正直、思い出したくもない話だった。

 忘れてしまいたい話だった……。


 でも、未だに俺はあの日の光景を忘れることが出来ずにいる。


「……槇原君?」

 

 中学時代、俺の学校で、警察に被害届が出されるような陰惨ないじめが発生した。

 全国ニュースにもなるセンセーショナルな大事件だった。


『今全国ニュースになっているZ中学のいじめ問題の主犯格は槇原大吾です』


 そして俺は……そのいじめの主犯格として、実名付きでネット告発された。

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